一度目と二度目が偶然でも三度目なら運命

月之影心

幼馴染との別れ

 あの時、アイツと出会わなかったら……


 あの時、アイツと話さなかったら……


 あの時、アイツと……




*****中学生時代*****




「あれ……?何で?」


 隣の席の子が鞄をひっくり返して何かを探している。


「どうした?」

「数学のね……教科書が……入れた筈なんだけどなぁ……」


 中身を全部出して空っぽになった鞄の中に手を突っ込み、俺の方へは見向きもしない。

 俺は机を寄せてくっつける。


「もう授業始まるから片付けな。俺の見せてやるから。」


 ようやく俺の方に顔を向けて情けない表情を見せる。


「うん……ありがと……でも何でだろなぁ……」


 諦めきれない顔で鞄を机の横に引っ掛ける。


「何でだろって美優みゆが持ってくるの忘れたからだろ。」


 川畑かわばたけ美優。

 小学校に上がる時に隣の家に越してきてから付き合いのある幼馴染。

 大きな目と二重瞼に長い睫毛、小振りな鼻と小さな口、髪はちょっと赤毛混じりのサラサラロングと、一言で言ってしまえば『可愛い子』だ。

 子供の少ない田舎だったのもあって、俺と美優はずっと同じクラスだった。

 中学に入って3つの小学校が集まったがそれでもクラスは4つしか無く、中学1年2年と同じクラスになっていた。


「まぁいいや。涼太りょうたくんが隣りの席で助かったよ。」


 沢村さわむら涼太。

 俺の名前だ。

 明らかに俺が美優を意識し始めたのはこの頃……思春期と呼ばれる年になってきて、長い付き合いがあろうと『異性』を気にしだす辺りだった。

 だが、その想いを伝えるには、俺は思春期過ぎたのだろう。

 表向きは『幼馴染』『兄妹みたいな関係』を装い、決して好意を見せる事はしなかった。


「次の席替えの時は離れるだろうけどな。」

「えぇ~?涼太くんは私の隣は嫌なの?」

「い、嫌とかそういうんじゃないだろ。今の席だってくじ引きなんだからよ。」

「うふふっ。」


 こういう事を言うから(ひょっとして美優って俺の事好きなんじゃ?)とか自惚れた事を思ってしまい、それが余計に美優へ向ける意識を大きくしていた。


(うぅ~……美優の奴……いい匂いさせやがるぅ~……)


 隣の席から漂う美優の香りで、俺はその時間の授業の内容が全く頭に入ってこなかった。




「沢村ぁ!帰りゲーセン寄ろうぜ!」


 曽我部そがべりょう

 中学に入って仲良くなった友人で、常に高いテンションが時にウザく感じるけど意外と男気のある奴。

 一日の授業が終わり、帰ろうと鞄を持って立ち上がった瞬間にお誘いが来た。


「おぅ。そういや駅前に新しくラーメン屋出来たらしいぞ。ひと遊びしたら寄ってみないか?」

「おっいいな!じゃあ勝負して負けた方の奢りな!」

「財布空っぽにしてやるから覚悟しろよ。」

「その言葉……そっくりそのままオマエに返してやるぜ!」


 曽我部は俺の肩を掴むようにして教室から連れ出そうとする。

 俺は美優の姿を横目に探し、クラスメートと話し込んでいたのを見て教室を後にした。




 ラーメンは曽我部の奢りだった。


「くっそぉ!次こそ勝つ為の投資だチクショウ!」

「はっはっはっ。何度でも受けて立ってやろうじゃないか。」


 湯気を湛えるラーメンは(この店は長くないな……)という印象の味で、曽我部も微妙な顔をしながら麺を口に運んでいた。

 店の雰囲気自体は良いので勿体無い気もした。


「ところでよ。」


 ラーメンを食べ終わった曽我部が少し声のトーンを落として話しだした。


「沢村って川畑のこと好きなの?」

「は?何で?」

「ん~、何でって訊かれるとは思わなかった。見たまんまなんだけど。」

「え?俺ってそんなオーラ出してんの?」

「他の奴等は知らんよ。でも俺には見える。」

「いつの間に能力者になったんだ?」

「親友だからに決まってんだろ。」


 いつの間にか親友になってた。


「ただの勘かよ。まぁそりゃ美優は幼馴染だし付き合い長いからな。好きは好きだけど兄妹みたいな感じよ。」


 曽我部はレンゲで器に残ったスープをすすって再び微妙な顔になっていた。

 分かってるんだからもう口に入れるな。


「俺もそんな幼馴染が欲しかったぜぇっ!」


 ずっと一緒だとそんな有難味もあまり感じないのだが、居ないより居た方がいいとは思うし、俺にとってその幼馴染が美優だった事は他人に対する優越感を持つのに十分過ぎた。


 だがその優越感は、中学3年の秋が終わろうとしていた頃、音を立てて崩れた。




「引っ越……す?」


 『寝耳に水』とはこういう状況を言うのだろう。

 昼休みにクラスメート数名で進路について話をしていた時、美優は笑顔で皆の話を聞いてはいたが、自分の事は妙にはぐらかしてハッキリ言わなかった。

 それが何となく気になり、下校途中に理由を訊いてみたら……


「パパの仕事の関係でね。引っ越す事になってね。だから高校はそっちで行くことになるんだ。」


 と、少し沈んだ声で言っていた。


「聞いて……ないぞ……」


 その時、俺は相当ショックを受けていたのだろう。

 瞬きも忘れるほど美優の顔を見詰め、喉はカラカラに乾いていた。


「ごめんね。ママに『まだ誰にも言っちゃダメ』って言われてたから。あ、だから皆にはまだ言わないでね。」

「そ、それなら仕方ない……な……」


 本当に思春期というやつは厄介だ。

 意識した相手に格好の悪いところは見せたくないという安っぽいプライドが、後少しで美優とこうして顔を合わせられなくなるという現実に勝るのだから。


「うん。一応2学期はこのままで年末にパパの所に行くんだ。受験勉強は環境に慣れる為に向こうでする事になるの。多分その次は卒業式の日かな。」

「そうか……」


 美優から顔を逸らして無愛想に言う俺は、内心美優があと2ヶ月もしない内に引っ越してしまう事に動揺を隠せないでいた。


 それから俺は何となく美優との距離を置くようになっていた。

 美優と昔話なんかしたらすぐにでも涙腺が崩壊しそうだったし、そんなところを意識している女に見られるのだけは避けたかったからだ。




「何も言わないのか?」


 昼休みに教室でぼんやりしていると、自称親友の曽我部が話し掛けて来た。

 それが『美優へ気持ちを伝えないのか?』と言っていることは重々承知だった。


「言ってどうなるもんでもないしな。」

「川畑はいつ引っ越すんだ?」

「2学期の終業式済んで次の日……12月21日だっけか。」

「ふぅん。」


 俺の心中を察してか、曽我部はそれ以上何も言わなかった。

 こういう気遣いが出来る奴は嫌いじゃない。


 授業が終わり、ブルゾンを羽織って帰路に着こうと教室を出たところで視界の隅に美優を捉えたのだが、俺は気付かなかった振りをしてそのまま学校を出た。

 本当に思春期と言うやつは厄介だ。


 家では母親から『最近疲れてる?』『元気無さそうだけど何かあった?』と気遣われ、その都度『大丈夫』『何でも無い』と素っ気なく答えていたが、気を遣われれば遣われる程、その都度美優の顔が頭に浮かび、俺の中に居る美優の存在は大きくなっていく一方だった。




 結局、2学期の終業式まで美優とまともに話す事無く、美優が引っ越しをする当日が来てしまった。

 自分の部屋でベッドの上に寝転がり、何度も溜息を吐きながら、ただ天井を眺めていた。


 と、携帯電話がメールの着信を教える音を鳴らした。

 (あぁ、そう言えばこの頃はまだスマホなんか普及してなかったな。)


 携帯をパカッと開いてメールを見た。


 差出人:美優

 本文:話って何かな?


 話?

 何の事だろう?

 俺はそのまま返信した。

 すると1分も経たない内に返信が来た。


 差出人:美優

 本文:え?曽我部君から『沢村が話があるらしい』って言われたよ?


 あのヤロウ……余計な気遣いを。

 後で全力でお礼言ってやる。


 宛先:美優

 本文:今からちょっとだけ会えるかな?


 少し緊張しながら送信ボタンを押す。

 返信が来るまでの時間が異様に長く感じられたが、多分3分も掛かっていない。


 差出人:美優

 本文:あとでパパとママと一緒にご挨拶に行くからその時でもいい?


 おじさんとおばさん美優の両親が一緒に居る時に俺の想いなんか伝えられるわけない。

 これが美優と会える最後のチャンスだと分かっていたのに、何故こうも思春期というヤツは素直になれないのだろうか。


 宛先:美優

 本文:構わないよ。


 ホント素っ気無い。

 俺は携帯を机の上に置くと、再びベッドに寝転がって目を閉じた。




「それで話って?」


 階下からお袋と美優の両親が話をしている声が微かに聞こえて来る中、俺の部屋に来た美優は少し首を傾げて俺の顔を覗き込んでそう訊いてきた。

 さっきのメールから美優が来るまで1時間ほどあったと言うのに、曽我部が気遣って手回ししてくれたと言うのに、何を話すかなんて全く考えていなかった。

 俺は馬鹿か。


「あー……いや、その……向こう行っても……その……頑張れ……よ……」

「うん。涼太くんもね。」

「俺は……環境変わるわけじゃないんだから……大丈夫だよ……」

「それもそっか。」


 長い沈黙。

 時々俺や美優が姿勢を変える時に出る服の擦れる音と、階下から聞こえる親同士の小さな声が聞こえるだけだった。


『美優ぅ!そろそろ行くよぉ!』


 階下から美優の母親の呼ぶ声が聞こえてきた。


「はぁい!」


 俺の心臓が大きく鳴った。


「じゃあ、行くね。今までありがと。」


 鼻の奥がツンとする。

 俺は美優から顔を逸らした。


「あぁ……元気でな……」

「うん。あ……」

「何?」

「向こう着いたらメールするね。」

「あ、あぁ……分かった。」


 美優はすっと立ち上がると、無言で部屋を出て階段を降りて行った。

 玄関の閉まる音が聞こえると同時に、俺の両頬を熱いものが流れ落ちた。

 本当に俺は馬鹿で、そして思春期というやつは実に厄介だ。




 数時間後、美優から言っていた通りメールが届いた。


 差出人:美優

 本文:到着しました。随分都会だよ。慣れるまで大変そう(笑)


 俺はそのメールを何度も読み返し、再度涙を流した。

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