第23話 迎え人

「もう、次は何なんですか。森は凍っているし、空にはとんでもない化け物が居るし・・・・・」


『失礼だねぇ。これでもボクは次元を司る龍なんだけど』


「コイツの世界には、こんなものがいるのか・・・・・・・・」


 戦いが収束したのを見計らい、サルサとゼロが現場に駆けつけた。しかしそこにはとんでもない惨状が広がっていた。


 辺り一帯には氷点下の冷気が渦巻いており、地面も、木々も氷に覆われていた。しかもその上空では体高だけで数十メートルはありそうな超巨大な魔獣—————否、ドラゴンが空間に入った巨大な亀裂から身を乗り出しているのだ。ヤマアラシのように全身が紫がかった黒い甲殻が逆立っていて、甲殻の隙間や目が紫色の不気味な光を発している。本当にこれが生物なのか、と疑問にせざるを得ない様な異様な姿だった。


「何の用だ。おまえは誰だ」


『向こうの世界では“ヨルムンガンド”って呼ばれているね。トーヤくんを迎えに来たんだよ。こっちの世界に退避させたはいいけど、あの糞鳥に追い回されちゃってさ。なかなかこっちの世界につなぐことが出来なかったんだよね』


 ヨルムンガンドは流暢に話しかけてくる。否、話しかけてくると言うよりも思念か何かで語りかけている方が近い。


「ていうか、ラドルさん大丈夫ですか?いつにも増してボロボロですけど」


「どうと言うことは無い」


「って言って、無事じゃ無いじゃないですか。ほら、腕が折れているし」


「・・・・・・・・・・・」


 ラドルは先ほどヨルムンガンドを殴りつけた事を思い出した。勢いに乗った拳はいつもであれば容赦なく相手を吹っ飛ばすが、ヨルムンガンドに対しては全くと言って良いほど刃が立たなかった。それどころか、殴った方の自分がダメージを受けていた。ただの防御では無く、受けた攻撃をそのまま反射しているような、そんな感覚だった。


 目の前に居る存在は、そう思わされた。


『それからだけど、瀬久原って奴は無事に処分できたみたいだよ』


「本当、か・・・・・・・・?」


『うん。うっかり能力でシュヴァルツ君の毒に触れて弱り切っていたところをとどめ刺されたみたい」


「そうか、よかった・・・・・・・・・・・」


 そうつぶやくと、トーヤはその場にガシャン・・・・・・と倒れ込んだ。瞳の輝きは失われ、氷の翼も砕け、さらに辺り一帯を覆っていた氷も一斉に砕け散る。中からは青々とした木々や地面が元通りに顔を出す。


「(凍った中身は新鮮そのもの・・・・・・なるほど、セイジって異世界人の魔法なんかとは次元が違いますね)」


 トーヤの宿す「絶氷の龍紋」の強力に改めて肝を冷やしたサルサだった。


「で、どうするんだ?これでもあいつを殺すって言うのか?」


「いいえ、諦めましょう。正直ブギースプーギー王国がどうなるのかは不安ではございますが、これ以上私が介入する隙は無さそうですし」


 トーヤはフラフラと起き上がりながら悔しそうに答えた。立ち上がった彼はそのままヨルムンガンドのほうに歩いて行く。


「おい、どこに行くんだ」


「帰るんですよ。これ以上余所者の私が居るわけには行きませんから」


「いや、あなたはラドルさん以上にボロボロですよ。最初に傷の手当てをしてから・・・・・・」


「そういうわけにもいきません。この世界を荒らして回った私にその資格はありません」


「壊すだけ壊して帰るのか」


「ここで直したら、それこそ私がこの世界を“作り替える”事になります。私の知る異世界人はそうやって自分のやりたいように作り替えてきました。そんな奴らと同じになるのはまっぴらご免です」


「オイラはトーヤさんが荒らして回ったとは思えませんけどねぇ」


 サルサの言うとおり、トーヤは他の異世界人がしているような破壊行為はしていなかった。強いて言うならば魔獣を多数狩ったぐらいだが、あれは元々依頼としてやっていたことのため、破壊工作などとは呼べない。今でこそ辺りを氷漬けにしていたが、余りの戦いの激しさから来るようなものだろう。ラドルでさえ少なからず似たようなことをして居るので、そこを追求するのは自分たちに虫が良いと言われても仕方が無い。


 ヨルムンガンドが広げた空間の亀裂に入ろうとするトーヤ。それをラドルは呼び止めた。


「おい、だったら帰る前に一つだけ言わせてもらう」


「何でしょうか」


 いったいどんな警告を与えるのかというラドルだったが、


「俺たちに様付けは止めろ。敬語も無しだ。やたらかしこまった言葉遣いをされると無性に腹が立つ」


「・・・・・・・・ラドルさん?」


 意外な要求にサルサは目を丸くする。


「なんだ。おかしいことでも言ったか?」


「いえ、てっきりもう二度と来るなよとかいうとか言うんじゃ無いかと思いましたよ」


『へぇ、随分トーヤくんが気に入ったんだね』


「止めろ。俺はただ単にこいつの言葉遣いが気にくわないだけだ」


 そう言ってぷい、とそっぽを向くラドル。


「わかりま・・・・・・いや、わかった。ラドル」


「・・・・・・・・・・・・」


 顔を背けたまま何も言わないラドル。


「だが、どうするんだ?俺はこのクソガキに喧嘩を売られたままなんだが」


 不服そうに告げるのはゼロだった。ゼロは引きずっていたアルトを地面に放り投げた。


「もし問題ないんだったら俺がこのガキの首をねじ切って王宮にでも投げつけてやるところだが、オマエはどう考えているんだ?」


「ひっ・・・・・・・・・」


 遠くからでもトーヤとラドルの激しい戦闘を肌で感じていたアルトはすっかり尻込みしていた。


「だったら、おまえはもう二度とその力を使うな。おまえ自身がどう思っているかはわからないが、少なくともろくな結果にならないのは目に見えている」


「ろくな結果って・・・・・・・・」


「あいつに聞け。その手の道の専門家だ」


「どっちかって言うと殺す方の専門だけどな」


 親指で指さされたトーヤは、ヨルムンガンドの触手を支えにしてアルトに語りかける。


「見た限りテメェが使っているその能力は、おそらくは兵器を作るか、或いは戦闘そのものに特化した能力だと思う。確かに他国に攻め入るのには有効ではあることは間違いない。実際数々の魔族や村々を攻め落としたって居る情報は耳にしている。だが、それを繰り返せばいずれは自分に返ってくる」


 アルトはまさに今、その状況に陥っていた。自分の能力を過信し、無謀にも魔族の大組織を敵に回してしまったのだ。今考えれば、至近距離では破壊力抜群の散弾銃でさえ、ゼロには刃が立たなかったのだ。トーヤやラドルが居なくとも逆に圧倒されていた可能性さえある。


「それに、テメェは安易に異世界の武器を作りすぎだ。今はテメェだけの武器かもしれないが、いずれは必ず真似される。場合に依ってはオマエのもの以上に強力なものを発明されるかもしれないぞ」


「うっ」


 痛いところを突かれ、アルトは言葉に詰まった。自分の武器、もっと言えば自分の世界の武器が真似されるなんて考えもしなかった。言われてみれば今回だって、トーヤやラドル達の手によって銃火器の特性やその対策を暴かれていた。


「異世界の技術や文化が流入し、それに元の世界の文明が取って代わる。その現象を俺たちは“文明汚染”と呼んでいる。オマエの世界では在来種が外来種に住処を追われているのを知っているのか?」


「あ、ああ・・・・・・」


 ラドルはトーヤの持つ道具について聞いたことがある。彼らの技術の大半は異世界から流入したものを元にして居ると。アルトが作り出していた銃火器の存在を知っていたのも元々は彼らもこれらの銃火器を扱っているからであり、先日の刺客の血液から魔力を抽出したのも異世界の技術が元になっているらしい。


 そう考えると、トーヤの世界は随分文明汚染が進んでいるようだ。彼が別世界のくせに異世界人を排除したがる理由も納得がいく。


「そうだろう?それが解っているなら、これ以上は追求しない。いいな」


『それじゃあ行こうか』


 それだけ言うと、トーヤは返事も待たずに亀裂の奥へと歩を進める。その最中に一旦脚を止め、ラドルの方を振り向いた。


「それからアンタらにも忠告しておく。もしも俺の世界に来るようなことがあっても、変な事はしないでくれよ。アンタを処罰する羽目になるかもしれないからな」


「俺が召喚なんかされるかっ」


 それだけ言葉を交わすと、トーヤはそのまま亜空間の先へ消えていった。

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