第22話 羨望

 凍えるような極低温の中、ラドルとトーヤは激しく衝突していた。拳と蹴脚、魔法と魔法がぶつかり合い、魔族も顔負けのドッグファイトを繰り広げている。


 その中で、ラドルは考えていた。


「(なんでこんなにイライラするんだ)」


 トーヤと言葉を交わし、戦う中で疑問に思っていた。いつもだったら声を荒げるほど苛立ったことはないし、こんなにも感情的になることも無かった。ただ淡々と、異世界人に仕置きをして来たのだ。


 思えば、トーヤは他の異世界人とは随分かけ離れた特徴ばかり持っていた。自分の能力をひけらかすようなこともなく、他人を虐げるようなことも無く、ただ淡々とした態度で獲物を狩っていく。かと思えばその心の内には驚くほどの激情が渦巻いており、相応に人間らしさも兼ね備えている。


 能力だって、きっと自前のものでは無いのだろう。いくら彼自身が「ブレイブワールドプログラム」なるものを有していないと言えど、あの左手に宿る紋章が本人が元来持っていたものだとは考えられない。今まで見てきた異世界人はそれを使いこなそうとして、逆に使わされている感があった。それがトーヤには見られない。あれほど強大な力だというのに、それを制御下において居ているのだ。


 話を聞く限り、彼は組織ぐるみで動いているらしい。異世界人を専門に取り締まる機関の中で、特に直接異世界人と相対する部署に居るのだとか。そんな部署に居るからか、ラドルの目の前でも数々のテクノロジーを見せつけてきた。ゼロに手渡していた「ワンタイムシールド・トリプル」などは典型的で、尋常ならざる力を持つ異世界人に対抗しうる手段を数多く所持しているのだろう。


 だからこそ、思うのだ。


「(なぜ、この力を殺す事にしか生かせないんだ)」








 トーヤも戦いの中で、ラドルに対して憧れのようなものを感じていた。


「(ラドルさんから相当な“憎しみ”を感じる・・・・・・それを抑えているのは負担だろうに・・・・・・・・)」


 左手の甲に宿す「絶氷の龍紋」の力であらゆる身体能力や五感をオーバーヒート寸前まで酷使して、ラドルの一挙一足を瞬時に知覚する。その動きや気迫から、ラドルが心の奥底に抱いている「憎悪」を感じ取っていた。


 トーヤの世界では災害にも等しい異世界人の存在。それに己の身一つで真っ向から対峙し、あまつさえねじ伏せるまでのラドルの実力はトーヤの世界では考えられない程だった。それこそ「対転生者特別防衛機関」の総帥と同等かそれ以上だろう。


 その圧倒的すぎる力の根底には、凄まじいまでの「鍛錬」が感じられる。恐らく数年程度では決して身につかないほどに鍛え上げられたその肉体と魔力。それを身につけるまでに至った年数と、それを可能にしている精神的原動力は計り知れない。


 そして、その根底にあるものは決して明るいものでは無い。ラドルは「母親の遺言だから」と言う理由で異世界人を仕置きしているが、もしもこれが無ければラドルは異世界人を殺して回る「異世界人ハンター」になっていただろう。実際にトウヤという異世界人を相手にしたときは殺さないように気をつけていた。それほどまでに異世界人を嫌悪していた。


 それなのに、だ。


「(それほどの力を持ちながら、あなたは不殺を貫いているなんて)」









 ラドルも本音を言えば、異世界人を殺してやりたかった。ガルファンという友人を瀕死の重傷に陥れたトウヤは、力が入りすぎて殺して仕舞わないかと思っていた。


 トーヤはそんなラドルに憧れていた。自分たちが手にしている力を、殺す事ばかりに使っている。相手が抵抗するから止む無しと言えば聞こえは良いが、それを理由にして居るのも事実だった。


 ラドルは本音を言えば憎くて仕方が無いのだ。異世界人を仕置きするために100年もの間鍛錬を続けてきた。その中で積もり積もった鬱憤は、到底晴らしきることなど出来ない。女神のせいだと解っていても、目の前で惨劇を作り出す張本人を見れば自ずと怒りが湧いてくる。


 トーヤもそんなラドルを尊敬していた。憎くて仕方が無いはずの相手を殺さずに置いておくことが、どれほど苦しくて辛いものか。一度敵対心を抱けば殺す事さえも躊躇しないトーヤだからこそ理解しうるのだ。それが出来る彼の精神は崇高なものだった。



「(ああ)」



「(そうだ)」









オレはこいつがうらやましいんだ。


俺はこの人がうらやましいんだ。









咬撃こうげき・・・・・・デッドリー・タイガーバイト!!」


 ついに、ラドルの一撃がトーヤを捉えた。トーヤの魔法を真正面から貫いた形象魔法闘技が捉え、そのままトーヤに食らいつく。


「ガハッ・・・・・・・・!!」


 トーヤを捉えたラドルは地面に激突し、そのまましばし引きずった。ようやく一撃入れた、とラドルが手応えを感じたのもつかの間、トーヤに異変が起こった。


『コァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


「?!」


 これまでの彼の叫び声とは明らかに違う、まるで吹雪がこだまするような咆哮を上げたのだ。トーヤの体の中心からこれまで以上に強烈な魔力があふれ出し、ラドルを撥ね飛ばしたのだ。


「ぐっ・・・・・・・うう・・・・・・・」


 地面を転がったラドルは何とか体勢を立て直すが、トーヤに食い込ませていた両腕が凍り付いていた。


「ハァ・・・・・・・ハァ・・・・・・・・」


「ゼェ・・・・・・・ゼェ・・・・・・・・」


 ゴホッと咳き込んだトーヤの口から血が滴り落ちる。だが、それ以上に変貌を遂げていたのは、彼の背中に不完全ながら形成されつつある氷の翼だった。彼を中心に銀世界が広がっており、生半可な魔法では融けそうに無い。


「なんだ、その力は」


「知りませんよ。私だって知りません」


 既に意識がもうろうとしているのか、言葉が言葉になっていない。だが、その瞳は今まで以上に爛々と輝いており、彼を中心に渦巻く吹雪は一層激しくなっている。


「(こいつは本当に人間なのか?)」


 今まで見てきた異世界人は、まだ人間として見えていた。死ぬほど胸糞悪い所業を働く者は大勢居たし、性根が完全に腐っているような者も居た。そんな彼らでも、オーラを見ればまだ人間らしさを残していた。


 だが、目の前に居る色あせたブロンドの長髪の青年は違った。言ってしまえば、龍。全身を氷に覆われ巨大な翼を掲げた龍が、まるで子を守る母親のように、トーヤに覆い被さるように身構えている。そんなイメージを与えてくる。幻影でも形象魔法でもない。ただのオーラでここまで鮮明に見えるのか、と思わされる。


「使うしかねぇか」


 つぶやいたラドルの肌が褐色に変わっていき、双眸が紅く灯る。ラドルのその身に流れる血のうち、半分は魔族のものだった。ラドルはそれを解放し、トーヤを徹底的に叩き潰そうとする。両腕にまとわりついていた氷がバリバリと剥がれていき、その内側から燃えるような闘気があふれ出してくる。


 黒と白、紅と蒼、炎と氷、そして「仕置人」と「執行人」。対極の二人の戦いは佳境へ突入する。


「「うおぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 両者の叫びが重なり、互いに距離を詰める。トーヤは左手に氷のランスを構え、ラドルは右腕に炎のようなオーラを纏って突撃する。

 そしていざ衝突しようとする間際、両者の間に突然黒い物体が現われた。


「ガアッ・・・・・・・・・・」


「ぐおっ!?」


 両者はバチィンと弾かれて、面白いように地面を転がった。特に直接物体を殴りつけたラドルの右腕はゴキン、という嫌な音を立てて折れてしまった。


「なんだ・・・・?」


 その物体は奇妙なものだった。紫がかった黒く逆立った甲殻に覆われた触手のようなそれは、甲殻の隙間から紫色の不気味な光が迸っていた。さらに触手は地面から生えているように見えたのだが、よく見ると地面が真っ黒にひび割れていて、そこから突き出しているようだった。


 そして唐突に空が暗くなった事を訝しんだラドルが見上げると、今までに見たことがない生物が自分たちを見下ろしていた。









『いやぁ、ごめんごめん。やっと見つけられたよ』


 空間に入った亀裂から身を乗り出しているのは、鯨もかくやというサイズの、触手と同じ甲殻に身を包んだ龍だった。

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