第21話 ラドルVS「凍耶」

「うひゃあ・・・・・・・・あれ、ラドルさんでもやばいかもしれない」


 目の上に手をかざして眺めているサルサは、引きつった笑いを浮かべていた。いくら既にゼロが当たりに吹雪を吹かせているとはいえ、ラドルとトーヤが激突しているところからも少なからず冷気が漂ってくる。オマケにその風に乗ってキラキラした氷の結晶がこっちまで飛んできている。


「情報屋。あれは止めようとしても無駄だと思うぞ。ああなったらとことんまでやり合うしかない」


「あれを止めようなどとは思いませんよ」


 異世界人の及ぼす影響は凄まじいものではあるが、常人離れした魔力をもつ「トウヤ」でさえこのレベルでは無かった。何よりも魔法云々に関してはさほど精通していないサルサでさえ、はっきりと解る。トーヤの宿す魔力はそもそも性質が違う。彼自身と言うよりも、彼の中に「ドラゴン」でも宿っているのかと言うほど異質だ。


「なあ、俺はどうなるんだ?殺されるのか?」


「さあな。オマエが下手に抵抗しようとすれば、それなりの対処も止む無しと答えるが」


「・・・・・・・・・・・」


 暗にいつでも殺せるぞ、という言葉にアルトは表情をこわばらせる。すっかり民衆に見せていた人畜無害そうな振る舞いなど消え失せていた。










 ラドルが選んだ円状に空いた荒れ地は、すっかり様変わりしていた。大地は凍てつき、大気は吹雪が荒れ狂う。その中心で、トーヤとラドルは激しく衝突していた。


穿撃せんげき・・・・・・ヴァンガード・ヴァイパー」


 ラドルは鋭く素早くこぶしを突き出し、螺旋状に渦巻く衝撃波を撃ち出した。吹雪をも飲み込んで猛進するそれを、トーヤは目にも留まらぬ速さで避けた。


「凍て刺せ!!」


 下から上へ、空気を巻き上げるように腕を振るうと、鋭くとがった氷塊が連続して撃ち出される。それをラドルは拳で殴りつけて相殺する。

本来殴り合いのほうが得意なラドルだったが、現状遠隔攻撃を強いられていた。理由は今まででは考えられないものだった。


「(とんでもない冷気だ・・・・・うかつに近づけば氷漬けにされる)」

 全身に魔力を纏っているため耐えられることが出来ていたが、うっかりこれを解けばたちまちラドルは氷漬けにされてしまうだろう。トーヤと離れている今でさえそれだ。うかつに近づいたらそれだけで凍らされてしまいそうだ。トーヤが繰り出してくる蹴脚ですら、下手に受けたらこっちが凍ってしまいそうだ。


 そしてもう一つ、ラドルを苦戦させて居る要素があった。


「(しかもこいつ、魔法の挙動がまるで読めない。そもそもこいつが使っているのは魔法なのか?)」


 異世界人は勿論、ラドルでさえ「ガン・ブラスト」や「ウォーム・ストリーム」といった魔法を使っている。魔族さえも例外では無いのだが、トーヤはそういった魔法を使っている様子がない。まるで魔力そのものを手足のように扱っているような感覚だ。今ラドルが居る空間の天地を、彼の掌の中で弄ばれているような感じがするのだ。


 そして真に恐ろしいことが、「弄ぶ」と表現することが誤りだと言えるほど、ただ淡々と、ただ冷酷に、しかし油断なくこれを扱っているということだ。


 だが、苦戦を強いられているのはラドルだけでは無かった。


「(流石に異世界人を相手取ってきた人なだけはある・・・・・・もう俺の魔法に順応し始めて居る)」


 トーヤは森の中に広がったこの空間の中で、様々な方向からラドルへ攻撃を仕掛けていた。あるときは地面から氷柱を突き出して、あるときは頭上から氷塊を降らせて、あるときは全方位から吹雪を巻き起こして。そうしてラドルを追い詰めては居るのだが、それを一つ一つ的確に対処している。フェイントを織り交ぜてもそれを瞬時に見破られるのだ。


 さらに厄介なことに、この場に巻き起こしている吹雪は決してアドバンテージを得るためでは無く、寧ろディスアドバンテージを埋めるためであった。


「(兎に角、この吹雪を絶やさないようにしなければ・・・・・・・確実にやられる)」


 確かにこの場に巻き起こしている吹雪がラドルの体力を削り反応速度を鈍らせては居るのだが、逆に言えばそれをしなければ対等に渡り合えないほどだった。ラドルが攻撃と同時に放つ魔力を絡め取って返す刃でカウンターを繰り出しては居るが、肝心のラドルにまで完全に魔力が届いていない。彼の強固な魔力の鎧が阻んでいるので、トーヤの十八番の「体内氷結」を繰り出すことが出来ないのだ。尤もトーヤはほぼ一撃で片付いてしまうこの技を使うのはポリシーに反するし、殺す気でかかっていても本気で殺すつもりがないのだが。


 だが、いつまでも対局が拮抗するはずも無かった。ごく一瞬、ほんの一瞬だけ吹雪が和らいだところを見計らい、ラドルは一気に距離を詰めた。


「フッ!!」


「グフッ・・・・・!!」


 ラドルが繰り出した殴打が、トーヤの脇腹に突き刺さる。バキン、と何かが砕ける音がしてトーヤは吹き飛ぶが、常人では考えられない体勢制御で持ち直し踏みとどまった。


「(機動戦に切り替える)」


「(こいつ、氷で俺の拳を受け切りやがった)」


 殴り合いでは勝てない。既にそう看破しているトーヤは瞳を蒼く輝かせて、常人離れした跳躍を見せた。そしてパァン!!パァン!!という破裂音を響かせながら空を駆け回り始め、その軌道を二本の蒼い残光がなぞる。


「させるかっ」


 ラドルも両脚に魔力と力を込め、跳び上がった。ラドルが扱える超高位魔法「スウ・アロー・バード」と対を成す「バグ・フロート・デュラ」という超高位魔法だ。前者が飛行速度に優れるのに対し、後者は急停止や急旋回を可能にする小回りが利くものだ。魔力の消費は輪を掛けて激しいが、ラドルは出し惜しみする訳にはいかないと踏んでいた。


「傷を負ったら急に逃げ出しやがって。怖じ気付いたか」


「生憎、臆病者の精神でないとやってられないんでね!!」


 トーヤの言葉はあながち間違いでは無かった。ラドルと違って真正面から異世界人と対峙できるような実力者が乏しいトーヤの世界では、防御するのにも一工夫する必要があった。しかし防御能力が著しく低いトーヤは、思い切って機動力に極振りすることで対抗してきた。緊急時には氷で防御することも出来るが、真骨頂は他を寄せ付けない圧倒的機動力だ。


「いい加減倒れてくださいよ!!アンタの世界を荒らしたくないんだよ!!」


「だったらおまえが倒れろっ!!」


 トーヤは氷でランスを作り出し、それでラドルに対抗し始めた。足技と突撃槍と魔法という変則的な戦闘スタイルでラドルに対抗し、ラドルは飛行魔法と格闘奥義でそれに食らいついていく。端から見れば戦闘機のドッグファイトにも見えかねないほど戦いは激しさを増していく。


 トーヤが真上に跳び上がると上下逆さになり、一気に急降下してくる。空を蹴った勢いと重力加速度が乗った氷のランスの刺突を、ラドルはわざわざ身をひねって避けた。


「(危ねぇ。あれを受けたら逆に氷漬けにされるところだった)」


「(この速度でも見切られるのか)」


 両者、ギリギリの戦いを繰り広げていた。辺りの温度が凍てついていくほど、戦いは白熱していく。

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