第20話 軋轢

 アルトを殺す。トーヤはそう言ったのだ。


「ええ」


 指摘されたトーヤは、悪びれる様子も無く、かといって考え無しな様子も見せず、ただ淡々と返した。


「あのマサトって奴を殺したときもそうだった。おまえはなんで異世界人を殺したがるんだ」


「逆にお伺いします。どうしてラドル様は異世界人共を殺さないのですか」


 これまでそこそこ気が合っていたような様子を見せていた両者。しかしその根底には、互いに譲れない確固たる信念があった。


「それは俺の親の遺言だったからだ。俺の親は“奴らに仕置きしてくる”そう言って姿を消した。だから、俺は奴らを殺さない」


「そうですか・・・・・・しかし、コイツらが害悪なのは明白ではないのでしょうか?」


 そう言ってトーヤは有人が手にしていた散弾銃を拾い上げる。


「こんな武器はこの世界にありますか?私の記憶では無かったはずです。こんな武器を持ち込んで良い訳がありません。そんな事をすれば文明が汚染され、経済にも、政治にも悪影響を及ぼします。この禍根は断たなければなりません」


「だからといって、こいつを殺したらどうなる。ブギースプーギー王国の奴らが路頭に迷うことになるぞ。良かれ悪しかれ、こいつが国の政治を動かしていたのも事実だ。そんな奴を失えば、国はどうなる?」


「本来あるべき姿に戻るだけです。少なくとも、まだコイツが本格的に周囲に圧力をかけ始める前です。今ならばまだ取り返しがつくはずです」


 普段激情に駆られることが少ないラドルだったが、このときばかりは妙に気が立っていた。









「どうして殺す事しか考えられないんだ!!」


「この世界に異世界人が居るのがそもそも間違いだというのが、なぜわからないんだ!!」









「珍しい・・・・・・・ラドルさんがあんなに激昂するなんて・・・・・・」

 両者一歩も譲らない。その様子をゼロに隠れながらサルサは見ていた。普段寡黙なラドルだったが、別段冷酷なわけでは無い。普通に笑いもするし、普通に怒りもする。ただ、それが不器用なだけなのだ。


 そんな彼がここまで感情を露わにするのはサルサも殆ど見たことがなかった。こんなに怒鳴りつけているのはガルファンを亡くしそうになったときや、レティシアの自殺行為を止めたときぐらいだった。


「・・・・・・・・・・・いいからそこをどけ」


「そうはいきません」


「次は無いぞ」


「上等ですとも」


 ラドルはグッと拳を握り込んで、低く構えた。トーヤも半歩引いた形でさりげなく体勢を整える。


 そして刹那、ズギャンッ!!と凄まじい勢いで両者は衝突した。ラドルの右拳とトーヤの右脚が正面から激突する。


「フッ!!」


 ラドルはすかさず左拳をトーヤの右側からたたき込むが、それをトーヤは華麗に回って避けてみせる。


「ラドルさん!!」


「こいつの前でその名を呼ぶんじゃ無い」


 アルトに名前を知られたくないラドルは不機嫌そうに返しながら、タンッと、跳び上がる。


「ここじゃ暴れるのには不都合だな」


「同感です」


 両者は互いに人間離れした跳躍を見せながら森の中を駆けていく。しばし両者が跳びはねる音が連続した後、円形に広がった空間に出た。


「ここならやり合えるな」


「お言葉に甘えて」


 それだけ返すと、すぐさま戦いを再開した。再び両者の拳と蹴脚が交差する。


「異世界人を相手しているって言うから相当なものだと思っていたが、案外そうでもないんだな」


「ラドル様からすればそうかもしれませんね」


 ラドルは異世界人に揺さぶりを掛けるように、敢えてトーヤを煽った。だが彼はそれを意外にも否定しない。


「だが、俺の目からはおまえは何か隠しているように見えるけどな」


「おいそれと余所の世界では振るうわけにはいきませんからね」


「そんな余裕も言えなくしてやるよ」


 そしてラドルはさらにトーヤの力を見極めるために、もう少し力を解放してみせる。


「ナパームストリーム」


 ラドルは両手を突き出して炎を灯し、思いっきり炸裂させた。いつもだったら加減をするラドルだったが、今自分たちがいるのは「暴れられる場所」。目の前の異世界人をけしかけるのに遠慮は要らない。


 ラドルの眼前が炎で包まれる。冒険者などは勿論、下手をすれば異世界人ですら正面から受ければ無傷では済まない威力だ。だが、もうもうと燻る炎を吹き飛ばすように、内側から猛烈な勢いで吹雪が辺りに吹き荒れる。


「ようやく見せたな」


「私は見せたくありませんでしたけどね」


 中から出てきたのは、一見無傷のトーヤだった。だが彼の左手の甲には雪の結晶を思わせる紋章が浮かび上がっており、彼の「ブレイブワールドプログラム」を受け付けないという体質を補って余りある力の所以だ。


 その宿した力は「絶氷の龍紋」。トーヤの世界に居るドラゴンの一角「氷獄龍ヘル」の力の一旦を宿した証となっている。これが輝くとき、トーヤはヘルの力をごく一部ではあるが操れるようになるのだ。


「ウォーム・ストリーム」


 ラドルは間髪入れずに第二位階炎魔法を繰り出した。セイジという異世界人は比較的弱い部類ではあったものの、それでも第六位階魔法「フリージング・ヘルズパーク」を相殺するほどの威力を持っている。


 だが、その放射した熱波がトーヤに殺到するも、突如として荒れ狂い始めた。


「なっ!?」


 荒れ狂った熱波は一瞬で氷の結晶煌めく真っ白な冷気に飲み込まれ、逆にラドルに襲いかかってきた。すかさず腕をクロスして魔力結界を張る。だが、それの上から強引に塗りつぶすようにバキバキバキバキッ!!と周囲が凍てついていく。


「(成る程・・・・・・・・こんな奴は今までに居なかったな)」


 単純な規模や威力で言えば「トウヤ」の方が上だった。適当に振るっただけで周囲が火の海になり、初級魔法ですら上級魔法を凌駕する火力をたたき出す。そんなものをお遊び感覚でまき散らすのだから、災害といっても過言では無い。


 だが、ラドルは感じていた。「トーヤ」が身に宿す「絶氷の龍紋」の魔力は、そもそもの性質が違った。規模を抑えている分攻撃に密度があり、生半可な防御では太刀打ちできないと実感させられる。しかもその上でラドルの魔力を「取り込んで」反撃してきた。様子見などではたちまちの内にやられる。そう感じていた。無作為に振るわれるよりもよほど厄介だ。


 ラドルは凍てついた四肢に魔力を込めて、強引に叩き割る。


「凍れ!!」


 トーヤがダンッと地面を踏みならすと、辺り一帯が氷漬けになった。それだけでは無く、ラドル達が居る空間を猛吹雪が包み込んだ。ラドルは凍らされないように全身に魔力を纏い、いよいよ本来の実力を発揮し始める。









「そんな大仰なものを振りかざしやがって、やっぱりおまえも異世界人だな!!」


「ああそうだよ!!殺す気でやらなきゃ、アンタには勝てなそうだ!!」


 これは戦いでは無い。殺し合いでもない。ラドルと氷河﨑凍耶ひょうがさきとうやの、

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