第16話 本性

「お疲れ様でした、王子」


「うん、お疲れ様」


 アルトは給仕係のメイドに答えながら椅子に座り、ぐぐっと体を伸ばしていた。若干15歳の彼は昔から王族としての立ち振る舞いを心得ているが、それでも疲れるものは疲れる。


 給仕係のメイドに紅茶を煎れてもらったアルトは、優雅にカップに注がれたそれを仰いだ。ついでにこっそりと大きく開かれた胸元を見ながら。


「それにしても多忙ですね。作戦決行まであと1週間ほど・・・・・王子も現場に向かわれるのですよね?」


「大丈夫だよ。僕の親衛隊が守ってくれる。確かに彼らはならず者達だけど、過酷な環境の中で生きてきた実績がある。それに僕は、昔から逃げるのが得意だからね。皆には悪いけどヤバくなったらさっさと逃げちゃうよ」


「王子は王子なのですから、寧ろそれぐらい出なければ困ります」


「ハハッ、ありがと。それじゃあ次の仕事まで時間があるから、それまでゆっくり休ませてもらうよ」


「かしこまりました。では、お時間になりましたら参ります」


 失礼します、とメイドは頭を下げて部屋を出る。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 アルトは辺りを見回した。そこに訪れるのは静寂。外から誰かが歩いてくる音もしないし、こちら側からの物音も聞こえない。


 ふう、とアルトはため息を吐くと、










「うははははははは!!異世界ってやっぱり楽しいぜ!!上手くいきすぎて怖いぐらいだ!!」


 品性の欠片も無い笑い声を上げた。










「王族に生まれた時はどうなるかと思ったが、自分の手で国を創っていけるってのは楽しいもんだ!!それに好きなだけ女をそろえられるし、やっぱシュミレーションゲームよ!!」


 アルト———————前世の網沢有人あみざわゆうとはヒキニートのロクデナシの乞食だった。20代で就活に失敗し、どうにか派遣会社に勤めるも結局退職し、死ぬ間際まで親元で暮らし続けた。狂ったようにオンラインゲームに明け暮れ、食事はジャンクフードやカップラーメンなどばかり、風呂にも入らないし着替えもしない、そんな絵に描いたような社会不適合者に成り果てていた。


 人間性も血肉も腐り果てた頃、そんな生活が続くはずも無く、完全に見切りを付けた家族に文字通りたたき出された。父親から死ぬほど暴力を受け、母親に「アンタなんか生まなきゃ良かった!!」と号泣され、網沢は惨めに路上生活を送ることとなった。元々生活習慣がなってなかったのもありすぐに病にかかり、寒さに震えながら息絶えることとなった。唯一の救いは、姪の「アンタなんか大っ嫌い!!」という言葉だけだった。


 しかしそんなクズの元にも女神が舞い降りた。彼女は網沢に「一国の主となり世界を救う」という目的と共に「アルト=フォン=ブギースプーギー」という「役割」を与えられた。生まれた当初から当時の記憶を持っていた網沢は、赤ん坊離れした理解力を発揮しつつ魔法の扱い方や「スキル」の使い方を独学で学んでいき、10歳で実際に王子としての権威を振るい始めてからは誰もが目を見張る活躍を見せてきた。


 そして現在、15歳となった彼は「次の」人生で最初の大仕事を成し遂げようとしていた。


「くくく・・・・・・・親父もまさかこんな能力を持っているなんて思っちゃ居ないだろうしな・・・・・・・・実際にお披露目するのはこれが初めてだし、きっと目ぇ向いて驚くだろうぜ」


 そう言って手柄杓を作り出すと、ポウッとパイナップルのような物体が現われた。網沢が生きていた世界の武器の一つ「手榴弾」だ。


「俺のチートスキル“WWWX”。このチートスキルさえあれば自分の手で好きなように国を作り替えられる。裏で奴隷の手引きをすれば好きなだけ好きな女を手元に置ける・・・・・・・今の俺は最強だ」


 網沢が女神からもらい受けた職業は「兵士」。字面だけ見れば地味な印象を受けるが、この職業は網沢が生きていた世界基準、つまり戦争などで銃火器を扱うような兵士達のことを指すのだ。


 そんな職業故に与えられたものは「WWorldWWideWWarXX(Cross)」というチートスキルだ。これは網沢が生前プレイしていたゲームの一つで、最もはまり込んでいた時期が長かったものをそのまま再現したものだ。これは言ってしまえば陣取り合戦の様なもので、自陣で様々な物資を調達しそれによって武器や兵器、施設を「錬成」し、最終的に他のプレイヤーの陣地に攻め入り、攻め落とせばその際に物資や兵力を奪い取ることが出来るというものだ。


 つまり今、網沢はそのゲームでやっていることをそのままやろうとしているのだ。それは国の発展のためではない。自分の力がどこまで世界に通用するか試すためだ。


「おっと、ヤバイヤバイ。興奮してつい素に戻っちまった。王子も楽じゃないぜ」


 そう言って、上機嫌で網沢—————アルトはベッドの上に寝転んだ。










「・・・・・・・・・・・・・・」


「大方、予想通りでしたね」


 サルサはアルトの部屋の外の壁に張り付いたまま絶句していた。王宮の壁は遮音性が抜群ではあるが、流石に窓にまで適応されては居なかったようだ。


 トーヤの胸元には六角形のこぶし大の金属が貼り付けてあった。これは彼の世界の発明の一つで「サイレンサー」と言うらしい。一定範囲内にある者の物音や魔力を完全に遮断する事が出来ると言う優れもので、何かと常識破りな異世界人さえも出し抜くことが出来るらしい。とは言えまだまだ改良途中で、今後これを無効化する異世界人も現われないとも言い切れないので完成はまだ見えてこないらしい。


「これで確定しましたね。アルト王子は異世界人、しかも正真正銘の“転生者”だったと言うわけでしたか」


「冗談じゃ無いです」


 サルサも薄々気付いていた。何も考えずにラドルと行動していたわけでは無い。情報屋として培ってきた経験から、アルトが異世界人だという可能性を感じていた。

 だが、その実態は予想を遥かに上回るものだった。今耳にしたアルトの言葉。最初に奴隷市場を抑えていたときの彼など欠片も存在せず、この国の闇を如実に示していた。


 彼らが目の当たりにした事実は4つ。


 一つは最初に自分たちが見つけた奴隷商が異世界の武器を手にしていたということ。彼らは様々な集落を襲撃し、その先々で奴隷となる女を見繕っていた。


 二つ目はアルトがドラテアの姉であるエキドナを召使いとして従えていること。エキドナはカティウスの元を離れた後音信不通となった。彼女が国を作ろうとしていた時に襲撃され、奴隷に成り下がったと考えればつじつまが合う。


 三つ目はトーヤが耳にした、アルトの親衛隊が奴隷市場の男達を手引きしていたということ。奴隷商の中でも地位の高いであろう太った男が言っていた「身の保証は担保されている」というのは、この親衛隊と内通していたことを言っていたのだろう。


 そして四つ目は今耳にした——————————









「さあ、尻尾を捕まえたぞ。この糞野郎が」


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