第15話 不穏の影

 アルト王子が侵攻宣言を出した翌日、ラドルとドラテアは二人でアルテミスと呼ばれる国を目指していた。


「ラドル様、良かったんですか?あのお二人と離れてしまって」


「問題ない。サルサだって自分で考えて行動するぐらいの頭はある。年がら年中一緒って訳じゃない。それに頭を使うような事は俺は苦手だ」


 今回アルトが攻め込むと言って居たアルテミスは、隣国と言うだけあって比較的早く着くことができた。魔族の治める国のため発着する便は無いが、途中の村による馬車から途中下車し立ち入ることが出来た。


「おい、貴様は何者だ」


 ラドルの目の前に現われた魔族は、一見人間にも見える。世間一般では整った顔立ちと形容すべき容姿を持つ男は、コウモリのような翼とトカゲのような尻尾が生えている。


 人々は彼らを龍人と呼ぶ。


「龍帝ゼロに会いに来た。話をしたいことがあってな」


「話をしたい?どこの馬の骨とも知らない輩をそんな理由で通すわけが無いだろう」


「無論、俺もそんな事は承知だ。だからこいつを連れてきた」


 そう言って、背後に控えていたドラテアを前に出した。


「こいつはドラテア。先日討たれたカティウスの娘だと言うが」


「はい」


「ドラテア嬢・・・・・・・なぜここに?」


「それの説明もある。だからここを通せ」


「しかし、そういうわけには・・・・・・・・」


 流石に魔族の王同士が通じている中ならば、ここを通さない理由はない。だが、目の前の龍人はなおも拘泥していた。


 だが、その時だった。三人の頭上からバサリ、バサリという音が聞こえてきた。


「何事だ?」


「ゼロ様!!」


 降りてきたのは一見すれば華奢な男性だった。真っ黒なコートを身に纏った赤髪の長髪をたなびかせたゼロは、目の前の龍人よりも遥かに巨大な翼と尻尾を持っていた。特に翼は不釣り合いな程に大きく、折りたたんでも翼膜がマントのようにたなびくほどだった。


「(こいつは・・・・・・・・?)」


 だが、その容姿には見覚えがあった。勿論服装などは違ったが、氷の様に冷徹な目つきに中性的な顔立ち。それはまさに


「お前はカティウスの娘・・・・・・・確か姉妹が居たはずだが、その妹君と言ったところか」


「はい。ゼロ様にお伝えしたいことがありまして」


「わかった」


 ゼロはそれだけ答えた。


「いいのですか?どこの輩とも知らない者ですが・・・・・」


「わざわざカティウスの娘が来ているんだ。何か事情があるんだろ」


「ああ。実は————————」


 そして、ラドルはゼロに何が起こるのかを伝えた。ブギースプーギー王国のアルトという王子がアルテミスに攻め入ろうとしていること、そのアルトという王子にはドラテアの姉のエキドナが召使いとして就いていると言うことを。


「成る程な」


「いや、ゼロ様!成る程なじゃないでしょう?」


 この話を聞いても至って冷静なゼロに見張りの龍人がツッコミを入れる。


「ゼロ様はここら一帯の治安を維持されていると聞きます。そんなあなた様の身に何かあったら・・・・・・・・・」


「まあ、そんな事を聞いたら黙っているわけには行かないがな。何なら今から奴の元に殴り込みに行っても良いが」


「正気か?」


 ラドルは思いも寄らないゼロの返答に眉をひそめた。


「あんたは魔族の中では穏健派だと聞いていたんだが」


「俺はわざわざ他人に喧嘩を売る趣味が無いだけだ。喧嘩を売りつけられたら喜んで買ってやるし、舐め腐られるのも癪だしな。それに、俺の方にも気になる情報が入ってたところだ」


「・・・・・・・・どういうことだ?」


 ゼロの気になる言葉にラドルは反応する。


「オマエらの所だとどうかは知らないが、魔族の間だとアルトって奴の評判は良くないんだよ。何でもアイツ、いろんな小さな魔族の集落やらなんやらを襲撃して居るって話だ」


「その話を詳しく聞かせてくれるか?」


「詳しくも何も、カティウスをやったのはアイツの指示だ」


「えっ!?」


 ドラテアはゼロの思いも寄らない言及に驚きを隠せなかった。


「カティウスの所に攻め入ったのは、恐らく奴の指示で動いていた兵士共だ。奴がどう見ても騎士には見えないならず者を指揮しているのを、ちょうど俺の部下が見ていたんだよ」


「だが、そのカティウスを襲ったのは異世界の武器を使う集団だとこいつから聞いているが・・・・・・・まさか」


 ラドルの中でガチリ、と歯車がかみ合った。


「お父様を殺したのは・・・・・・・・」


「十中八九、あいつアルトだろうな」


 ドラテアはラドルの言葉を聞いて、その場にへたり込んだ。彼女もまさか姉を付き従えている王子が自分の親を殺したなどと思いもしなかっただろう。


 そしてラドルもまた、至った結論に顔をしかめるしかなかった。


「そういうことか・・・・・・・・」


 アルト=フォン=ブギースプーギー。彼もまた異世界人——————もっと言えば、その「転生者」だという事が解ってしまった。









「そういうことなら、もう遠慮は要らないな」


 ラドルの中で、次の仕置き相手が決まった。













 同時刻。ブギースプーギー王国の城壁沿いの木々に隠れる二人の人影が居た。


「どうですか?」


「予想通りですよ」


 そう言って、トーヤは目にあてがった双眼鏡型の道具を放した。その視線の先には訓練を行っているアルト王子の親衛隊達が居る。彼らは皆剣や槍を振るっていて、如何にも騎士団の様な訓練を行っている。


 だが、トーヤには全く違う者が映っていた。


「親衛隊の内3人からあの侵入者の反応が出ています。奴らが我々を警戒しているのは間違いありませんね」


「やはり、あの奴隷市場は————————」


「アルト=フォン=ブギースプーギー・・・・・・・・・この奴隷市場を立ち上げたのは、紛れもなく奴だと言うことです」


「トーヤさんが確保しておいてくださったこの“予約票”・・・・・・・まさかこれがアルト王子のものだったなんて・・・・・・・・」


 サルサがトーヤから受け取った「予約票」。トーヤは苦心しながらようやく解読できたのだ。ギミック自体は至って単純で、異世界の言語「日本語」を使った言葉遊びみたいなものだった。そして解読したこの書類に記されていたのは——————アルトが奴隷を予約していたという事実だった。道理で「手入れ」が入るのが異様に早かったわけだ。


 アルト=フォン=ブギースプーギーは治安を改善させた裏では、異世界人のための奴隷市場を設立していたのだ。しかもただそこを立ち上げるだけで無く、自らもそこを利用していた事になる。エキドナを雇ったのも、この市場を経由して手に入れたのだろう。


「しかしトーヤさん。まさかとは思いますけど————————」


「あのアホ王子が異世界人なのではないかと言うことですか?」


「ええ」


 これはサルサも身に覚えがあった。過去にラドルが直接対面した相手に「レティシア=ガルボ」という女が居た。ぱっと見は清純そうな見た目で、それでいて当時メキメキと腕を上げていた女冒険者、しかも元貴族と言うことで有名になっていたのだ。だが、ラドルも実際に相対して解った。彼女も異世界人だったのだ。正確にはそのものでは無かったのだが、異世界人特有の思考ルーチンで彼女の正体を半ば察していた。


 厳密に言えば彼女は本当の意味での異世界人では無い。彼女の前世はこの世界の小国で生まれ、病に倒れ、ロクに人生を謳歌できずに無くなったのだという。その魂が転生し、生まれたのがこのレティシアという女だった。このような存在を「転生者」と呼ぶらしい。皮肉なことに、トーヤの世界で呼んでいる「転生者」とは意味が正反対だった。


 しかし異世界人が「転生者」という形で現われているのも事実である。そうした以上、アルトが異世界人の生まれ変わりだとしても全く不思議では無い。


「だとしても、オイラには理解できません。なんで一国の王子でありながら奴隷市場を立ち上げたのか・・・・・・・・」


 ふむ、とトーヤは顎に手を当てて思考を巡らせ、


「————————ハーレムを築き上げたいからじゃないですかね?」


「は、ハーレムを・・・・・・?」


 余りにも馬鹿馬鹿しい理由に、サルサは呆れてあご髭を撫でるしか無かった。


「確かに王族なら好みの召使いを仕入れることなど用意でしょう。しかしそれだと女の子達を無理矢理使役している感じがして嫌なんでしょう。そこで奴隷ですよ。彼女たちを解放する、という名目で自分の元に引き入れれば存分に扱えます。そうすれば自分は気に病む必要が無いし、女の子達も自然と忠誠を誓うようになる、互いにWin-Winの関係のできあがりです」


「でも、だからって奴隷を自分で作るなんて・・・・・・・」


「まあ、


 トーヤは表情を厳しくして語る。


「異世界人の男というのは、基本的に性欲に忠実です。好きな女の子に囲まれたい、だけど彼女たちに離れられたくない、だから奴隷にする。そういう考え方です。奴隷にすれば半ば強制的に従えることになりますから、逃げてはいけないと暗示を掛けることが出来ます。そしていざ逃げようとするときに、“いいよ、逃げても良い”、“君は自由にして良いんだ”そう言って精神を揺さぶり、心の鎖で縛り付けるのです——————すみません。この話はもう終わりにさせてください」


 怒りが抑えられなくなりそうなのだろう。トーヤは今にも人を殺しそうな表情でそっぽを向いた。


「ですが、どうやってアルト王子が異世界人かどうかを判断するんです?オイラ達に向けられた刺客達と同じように何か判断する方法があるんですか?」


「いいえ。残念ながらそれはありません。まだ異世界人特有の魔力の波長を検出する技術が確立されていませんし、そもそも何らかの検体をサンプリングしなければいけません」


「では、どうするんですか?」


 困ったようなサルサに、トーヤは嗜虐心たっぷりな笑みを浮かべた。









「だったら、


 懐から出した第三の器具「録音機」を弄びながら。

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