第14話 奇襲

 その夜、誰もが寝静まった宿にいくつかの黒い影があった。その影は闇に紛れる全身黒い服に身を包み、物音ひとつ立てずに扉や窓を開けて侵入する。そして、ある者が泊っている部屋へと向かっていく。暗雲によって星明りすらない限りなく漆黒に近い闇の中、抑えられていた殺気は尖った刃物の先端にのみ集められて——————


「いやぁ、予想通り過ぎてビックリです。って、まさかこの台詞をここ最近で二回も言うなんて」


「?!」


 声のした方を一斉に向いた暗殺者達。しかしその瞬間にパキパキパキパキッ!!と乾いた音を立ててみるみるうちに凍り付いていく。


「サルサ様、まさか同じような事があったのですか?」


「ええ。女神イザベラのことで嗅ぎ回っていたのを快く思わなかった連中に」


「なんだ、俺の出る幕も無かったな」


「ふぇぇ・・・・・・な、なんれふか・・・・・・・」


 反撃の隙をうかがっていたラドルと唯一眠っていたドラテアが布団から起き上がった。サルサは適当に流しながら氷漬けになった侵入者達に視線を合わせた。


「今度は逃がしませんよ。誰の差し金ですか」


「・・・・・・・・・・・・・・」


 侵入者は黙ったまま必死に身をよじって氷から抜け出そうとした。だが氷は少しも割ることが出来ず、ただ体力を消耗するだけだった。


 そして極めつけが、氷の様に冷たく鋭いトーヤの視線と言葉だった。


「さっさと答えろ。殺すぞ」


「・・・・・・・・・ッ!!」


 決して威圧するわけでも無く、その瞳の奥に渦巻く確かな殺気を感じた暗殺者は、仕方なしに、という感じで答えた。


「・・・・・・・・雇われたんだよ」


「雇われた?」


「ああ、そうだよ。異世界人向けの奴隷市場を取り仕切っている男だ。そいつにテメェらが目障りだから排除しろって言われたんだ」


「ほう。なるほど。ここでもつながるわけですか」


 納得したように頷くサルサ。だが、トーヤは無言でその暗殺者の目を注視し続けていた。そして。



「!!」


 暗殺者はわかりやすいほどにビクッと怯えた。


「う、うそなんか、つくわけ・・・・・・・・」


「目の動き、呼吸、脈拍、そして魔力の乱れ・・・・・・お前が見せる反応は、どれも嘘くさいぞ」


「おまえが脅すからじゃ無いのか」


「それも加味した上での話です」


 そう言うと、トーヤは氷の中に手を突っ込んでそのまま暗殺者の腕を引っ張り出した。まるで水の中に手を突っ込むかのような自然な動きに、サルサは面食らう。


 そしてトーヤは懐から細い針のようなものを取り出すと、暗殺者の腕に思いっきり突き刺した。


「ガッ・・・・・・・・!!」


「オイ、暗殺者。潜入する者がこれぐらいの痛みで声を出すんじゃ無い」


 トーヤはしばし針を突き刺したままにして、針の中の溝に紅いラインが伸びきると引っこ抜いた。


「お前もだ」


「うぐっ・・・・・・・!!」


「アガッ・・・・・・・!!」


 残る二人にもそれぞれ別の針を突き刺して、トーヤは血を採った。こうして3人分の血を回収したトーヤは、何と3人を氷の中から解放しご丁寧に窓を開けた。


「もういい。さっさと帰れ。ちゃんとママに報告するんだぞ」


「くっ・・・・・・・・・・」


 暗殺者は悔しそうに歯がみするが、トーヤの言葉通り窓からスタコラサッサと逃げ出した。


「おい、なんで逃がしたんだ」


「逃がしたのではありません。泳がせるんです」


 不満げに問いかけるラドルの目の前で、懐から両手で抱えられるぐらいの箱を取り出した。


「今、私は侵入者の血液を採取しました。この3人分の血液から、あの侵入者の魔力の波形を抽出、データとして残します」


 そう言ってトーヤは蓋の箱を開けた。中には金属で出来た筒や板やガラスが貼り付けられた金属板などが入っていて、これらはワイヤーで複雑につながれている。トーヤはその中にあった細長い箱形のパーツの一端を開けると、今採取したばかりの血液が入った針を差し込んだ。さらに懐からもう一つ、双眼鏡型の道具を取り出してそれもワイヤーにつなげた。


「トーヤさん、これは・・・・・・・・?」


「採取した血液に含まれる魔力を抽出する機械と、レンズを通して魔力を映し出す機械です。私が所持しているのは簡易的なものなので魔力の波形しか確認できませんが、もっと大がかりな装置を使えばそれ以外のものも分析できます」


 そう言いながら、トーヤはガラス板の表面に映し出される画面を指で叩き、操作していく。すると箱の中の機械がフィィイイイイ・・・・・と不思議な音を立て始める。


「おまえの世界ではそんなものがあるのか」


「流石にこんなものは普及していませんよ。我々は常に常識外れな奴らと相対しなければなりませんからね。こういった機械を使って入念に下準備を行い、目標の討伐に向かうのです」


「こんなものを持ち歩かなきゃいけないなんて、大変だな」


「別の世界でこういうものを使うのは余り気乗りしませんがね」


 向こうの事情を知らない者達からすれば十分に大がかりな作業を行っているが、ふと、ドラテアがトーヤに尋ねてきた。


「トーヤ様、今の人たちは何しに来たのでしょうか」


「恐らく理由は二つあります。一つは我々がこの国の闇に触れつつあるため、その口封じのためかと。そしてもう一つは・・・・・・・」


 そう言って、トーヤは画面から目を放しドラテアの方を向いた。


「恐らくあなたを捉えるためでしょう」


「わ、私・・・・・・?」


 恐怖に怯えるドラテアの言葉に、トーヤは頷いた。



「先ほど言って居た“奴隷市場の男に雇われた”という言葉ですが、正確に言えば正しいことを言っていないと言うべきでしょう。恐らく奴らを仕向けた者は別に存在していますが、そのついでにあなたを捉え、奴隷にしてしまおうという魂胆かと」


「あのアルトってアホに姉妹で売りつければ、相当な額になりそうだもんな」


 なるほど、とラドルは唸っていた。考えてみれば、あの奴隷市場を手引きしていた連中にドラテアの姿を見られている。もしもエキドナを捉えたのがあの奴隷市場の関係者であれば、ラドルの考えも至極当然だろう。


「まあ、これで今の3人の魔力も見えるようになりましたし、一先ず問題ないのでは無いかと」


「一度追い返しているんだ。しばらくはちょっかい出しには来ないだろう」


「さて、一眠りしましょうか」


 そう言って、今度こそ3人は床に就いた。就寝中に襲撃を受けても無傷で居られるラドルに、近づいた気配を察知できるサルサとトーヤは警戒を解いている。しかし今の話を聞いてしまい、一人得体の知れない恐怖に怯えるドラテアは眠りに就くことが出来なかった。

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