第13話 作戦会議

 アルトが侵攻宣言を発表した日の夜。ラドル達は王国内の宿屋に泊まっていた。


「さて、どうしたものですか・・・・・・・・」


 気が滅入ったように唸るのはサルサだった。


 以前ラドルはトウヤと言う名前の異世界人を懲らしめたことがある。切っ掛けは王国の大臣に「獣人王のガルファンが襲い始めたので討伐して欲しい」とそそのかされたことだ。何の疑いもしなかったトウヤは言葉を鵜呑みにしてガルファンに瀕死の重傷を負わせ、それによって獣人達と人間との間で保たれていた均衡が崩壊、無法者と化した獣人達が本物の暴徒となってしまったのだ。サルサは直接その場に居たわけではないが、そんな阿鼻叫喚の光景を目の当たりにして居る。このような背景がある以上、どこかに攻め入るというのは非常に危険な行為である事は身にしみていた。


「サルサ、ゼロって奴の影響力はそれほどでかいのか?」


「でかいといいますか・・・・・・・・ブギースプーギー王国の周囲を取り囲んでいる森林地帯は、そのアルテミスという魔族の集団の縄張りになっています。彼らが魔獣を抑制して居るからこの国は平和なので、もしも彼らの機嫌を損なうことをすれば、この森中の魔獣をけしかけてくるでしょう」


「それだけではないな。森林の魔獣を抑制するって事は、それだけアルテミスの奴らの戦力も相当なものになるはずだ。数もそうだが、奴ら自身の地力もかなりのものになるだろう」


 ラドルはガルファンの二の舞にならないか気が気で無かった。勿論このまま事が進んでしまったときの被害のこともそうなのだが、ラドルはそれ以上に懸念していることがある。


「問題は、あのアルトって奴が保有している戦力だな」


って事でしょうか?」


 トーヤの質問にああ、とラドルは答える。ラドルの経験上、異世界人がもたらす被害というのは尋常では無い。彼にそっくりな名前のトウヤという人物は、本来初級魔法として扱うものでさえ最上級魔法を軽々超える威力を持つ。それは彼が特別強力な「個体」だったからかもしれないが、最悪の場合はそれに比類する威力を持つと考えなければいけない。


 しかも厄介なのは、これらが「武器」として再現されていることだ。武器という道具として再現されていると言うことは、つまり他人にも扱うことが出来ると言うことだ。満足に扱えるかはさておいて、一人一人が森一つを焼き尽くすような威力の武器を携行していると考えると、それは想像するだけでも背筋が凍りそうだ。


「どうにかして、あのアルトという王子、その親衛隊の兵力を抑える術を見つけないと・・・・・」


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


 ドラテアは胸に手を当てて、心配そうにつぶやく。しかし誰も何も言わない。得られている情報が限られている以上、今ここで推敲していても事態は何も進展しない。


 すると、トーヤがドラテアに問いかけた。


「ドラテア様、あなたのお父様のカティウス様はゼロ様とは交流はありませんでしたか?」


「お父様と?確かにお父様とゼロはお互いに面識はあります。もしかしたらゼロはお父様よりも強いかもしれませんし・・・・・・・・・」


「成る程。であれば、ドラテア様はゼロ様に今起こっている状況を伝えに行っていただいても大丈夫ですか?」


「トーヤさん?!」


 トーヤの突拍子も無い案にサルサが驚いた。


「いくら何でも、面識のあるカティウス様の娘と言うことであれば、追い返されるような事は無いはずです。流石に彼女一人で行かせるわけにはいきませんから、ラドル様かサルサ様・・・・・出来ればラドル様と向かっていただく形になるかと思います」


「いや、流石にそれはどうかと思いますよ?」


「おまえはわざわざ戦いを煽りに行くのか?」


 ラドルは不満げに顔をしかめた。


「今ゼロにあの馬鹿王子が攻め入るって伝えたらどうなる?いくら穏健派の奴であっても黙っていられるわけが無いだろう。下手したら即刻向こうから攻め入ってくるかもしれない。そんな事になったら、この国の奴らはどうなる?」


「では、?」


 トーヤの冷たく鋭い口調に、一瞬ラドルは口を閉ざした。


「私は異世界人に手玉に取られている魔族を数多く見てきました。何人、何十人?何百人?・・・・・・・いいえ、。異世界人共の振り回す力や、勝手に持ち込んできた技術、それらに良いようにされているのを私は嫌と言うほど見てきたんですよ」


「今異世界人は関係無いだろう?」


「ありますよ。現に奴隷市場から“ロケットランチャー”と“狙撃銃”が見つかったじゃ無いですか。これらはこの世界には存在していないように見受けられますが」


 ただならぬ緊張感に、サルサとドラテアは心臓の鼓動を早める。


「それにラドル様は、ゼロ様が即刻襲撃しに行くかもしれないとおっしゃっていましたが、それをさせないためにもドラテア様が必要なのですよ。どこの馬の骨とも知らない輩がただ情報を伝えに行くのと、少なからず交流があったであろう者の娘が説得しに行くのと、どっちの方が話を聞き入って貰えると思います?」


「それも正論だな」


 成る程、とラドルはため息を吐いた。自分がゼロの立場に立って考えれば、確かにトーヤの言っていることは筋が通っていう。実際それで説得できるかというのは今議論するべきでは無い。


「だが、おまえはどうするんだ?俺とこいつが説得しに行っている間待ちぼうけして居るのか?」



「「「・・・・・・・・・・!?」」」


 トーヤの口にした事に、流石のラドルも動揺を隠せなかった。


「おまえは本当に正気か?自分が何を言っているのかわかっているのか?」


「ええ。解っておりますとも」


「見つかったら、ただじゃ済みませんよ?」


 ラドルとサルサが異を唱えるが、トーヤは断固として譲らない。


「先ほどちらっと見てきましたが、あの程度であれば問題なく潜入できます。アルト王子の親衛隊の裏の顔を暴いてやりますよ」


「あの程度で問題ない?確かにオイラもちらっと見ましたが、あんなの熟練の暗殺者でも難しいですよ」


「まあ、そうでしょうね・・・・・・・」


「おまえ・・・・・・いや、おまえたちも随分と大変だな」


 異世界人であるトーヤの言葉に、ラドルは普段ならかけない同情の言葉を口にした。いつもだったら内容だけなら余裕たっぷりのスカした発言に内心見下すところだったが、トーヤの気苦労を感じさせる表情と、何よりも彼が「対転生者特別防衛機関」という組織に所属しているという事からその事情を容易に察することが出来た。


「わかった。俺とドラテアはそのゼロの所に行く。お前とサルサは王宮であのアホ王子の内情を暴く。それでいこう」


「それで行きましょう」


「ええ?オイラも行くんですか?」


「当たり前だろ。何を一人サボろうとしているんだ情報屋」


「じょ、情報屋はこんなことしませんよ」


 とほほ、と肩を落とすサルサ。今までに情報を得るために忍び込んだりすることはあったが、本職が暗殺者であるとは言え、まさか王族相手にこれを働くこととなるとは思わなかった。


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