第12話 侵略宣言
奴隷市場を制圧してから数日後、ブギースプーギー王国から知らせが入った。
「この前パレードを開いたばかりだよな?なんでまた人の前に出るんだ?」
「それは流石に解りませんねぇ」
ラドルとサルサ、ドラテア、そしてトーヤは王宮の中庭に居た。ここの王族は数日前にパレードを開いていたのだが、サルサもまさか再びアルトを目にする日が来るとは思わなかった。
「キャー!アルト様ー!!」
「今日も素敵ですわー!!」
王宮から金髪の少年が姿を現すと、一斉に黄色い悲鳴があちこちから上がる。
「前もこんな感じだったのですか?」
「そうですねぇ。お嬢様がたには随分人気なようです」
けたたましい叫び声に顔をしかめるトーヤ。ラドルもそうではあるのだが、どうやら人混みが苦手なようだ。
そしてアルトが姿を現した後、彼の後ろから数人の少女達が顔を出した。すると、急にドラテアが泣き声を上げた。
「ああ、あれはお姉様!!」
「何?」
ドラテアは目に涙を溜め、口を覆っていた。その視線の先には、彼女とそっくりな魔族の少女がいたのだ。メイド服を着たその魔族は背丈や角の形などは若干違うものの、ぱっと見の印象はドラテアに非常に近い。
「お姉様・・・・・・なぜ、なぜこんな所に・・・・・うう・・・・・」
「ドラテアさん、落ち着いて」
その場に泣き崩れてしまったドラテアをサルサがなだめる。
アルトが姿を現してしばしたった後、大臣と思しき老人が右手を挙げた。それを見た民衆は声を上げるのを止める。
「ドラテアさん、落ち着きましょう」
「はい」
ドラテアは目をこすりながら立ち上がった。涙声ではあったが、一先ず様子は落ち着いている。
「これより、アルト=フォン=ブギースプーギー第一王子からお言葉がある!!静粛に!!」
大臣の声を合図に、アルトが一歩前に出る。
「先日のパレードに参加してくれて有り難う。あれから数日しか経っていないけれど、僕の方から重大発表がある。心して聞いて欲しい」
「(・・・・・・・・妙だな。これが王族の言葉遣いか?)」
トーヤはアルトの言葉遣いに疑問を抱いていた。世界が違う以上文化が違うと言ってしまえばそれまでなのだが、王族にしては余りにもラフすぎる言葉遣いには眉をひそめずには居られない。
「この国は言い国になったと思う。数年前まで都市の大半が荒廃していたとは思えない程に、今は綺麗になった。皆が健やかな生活を送れるようになり、僕は非常に嬉しく思う。そして僕は———————ここで次のステージへ脚を踏み入れるべきだと思う」
そして、アルトは一呼吸入れてから言葉を紡いだ。
「1週間後、我々ブギースプーギー王国は魔族集団“アルテミス”に侵攻を行うこととする!!かの“龍帝ゼロ”を討伐し、森を我が領地にするのだっ!!」
「・・・・・・・・・・は?」
端正な顔立ちをさーっと青くするサルサ。訝しげにラドルは耳打ちした。
「(おい、どうしたんだ?)」
「(どうしたもなにも、とんでもない事ですよ!!ブギースプーギー王国の周囲の魔獣を抑止しているのは、このアルテミスが采配しているからです!!その首領であるゼロは魔族の中でもかなり珍しい穏健派・・・・・・そんな彼を怒らせるような事をしたら、大変なことになります!!)」
恐ろしいことを口にするサルサに、ラドルの表情も穏やかで無くなる。しかしそんな彼らを置いてけぼりにするように、民衆からは口々に賞賛の声が上がる。
「おお・・・・・・・・流石はアルト様だ。考えていることが違う」
「この国はどこまで進むのかしら・・・・・・・」
ラドル達は視線だけで周囲を見渡すが、皆アルトに心酔しきっていて疑問に思っていない。この状況はかなり異常だ。
「(兎に角、後でじっくり話をしましょう。落ち着いてから色々と考えるべきです)」
「(そうだな)」
「(ええ)」
民衆が解散した後、帰路につきながら4人は話をして居た。
「ドラテア、あいつは本当にお前の姉なんだな?」
「はい。間違いありません」
ドラテアは深刻そうな面持ちで答えた。
「あいつは確か自分で国を作るって言って魔王の元を離れたんだろう?なんであいつの元に居るんだ?」
「わかりません・・・・・・なんの連絡もありませんでしたから」
「まあ、連絡できないでしょう。人間と魔族の間には隔たりがあります。いくら使用人としておかれていたとしても、魔族と人間の間でやり取りをするのは容易ではないでしょう」
それよりも、とトーヤは続けた。
「問題なのは、その龍帝とやらにちょっかいを出すってことです。ラドル様も、この手の事件に関して覚えがあるのでしょう?」
「ああ。思い出しただけで腹が立ってくる」
ラドルは以前、ガルファンという友を亡くしかけた。切っ掛けは人間達が希少な鉱石を求めて無断でガルファンの領地に侵入したことだった。元々ガルファンは好き好んで人間を襲うような性格では無かったが、このような無法者に対して無抵抗で居るほど寛容でも無かった。しかしそれを「獣人王が鉱石を独占している」と嘯いて異世界人のトウヤをけしかけ、彼に殺されかけた。これによって均衡が崩れ、保たれていた治安が急激に悪化したのだ。
いくら獣人王とて魔王ほどの力は無い。しかし統率者としての影響力があるのは確かだ。それを崩されればどうなるか———————
「どうにかしてあの馬鹿王子の蛮行を止めなければ・・・・・・ん?」
など話していた時、ラドルは何か異変に気付いた。
「あれ?奴隷市場が・・・・・・・・・」
ドラテアの言うとおり、何やら奴隷市場が慌ただしいことになっていた。中に騎士と思しき者達が出入りして、荷物やらなんやらを運び出していた。家宅捜索、と言ったところか。
「おい、おまえ勝手に通報したんじゃ無いだろうな」
「ち、違いますよ!!オイラじゃありません!!」
とんでもない、とサルサは大慌てで否定する。するとそこに、さっきまで目にしていた顔がそこにあった。
「やあ。もしかして君たちがここを押さえていてくれたのかい?」
「あ、アルト王子!!」
サルサは気が動転しながらも頭を垂れた。ラドルやトーヤ、さらにドラテアもサルサに倣ってその場に跪く。
「いや、そんな仰々しいことをしなくていいよ。立ち上がってくれ」
アルトはそう言って手を差し伸べた。流石にそこまでされては立ち上がらない道理は無く、いそいそと頭を上げる。
「いやぁ、申し訳なかったね。まさかこんな所にもこんな店が残っていたなんて。うかつだったよ。押さえていて暮れて有り難う。・・・・・・・・・でもね」
そう言って、アルトは厳しい眼差しをラドル達に向ける。
「こういうのは、ちゃんと報告してくれなきゃダメじゃ無いか。せっかく僕が治安維持組織を整備しておいたんだから、有効活用してくれよ」
「はい、申し訳御座いません」
黙っている一行を代表して、サルサが再び頭を下げる。アルトはそれを見て満足そうにしていた。
「よろしい。次に何かあったら、直ちに通報してくれよ」
それじゃ、と言ってアルトは数人の親衛隊の者を引き連れてその場を去った。完全にアルトの姿が見えなくなってから、ふう、とサルサが大きく息を吐いた。
「予想外でしたよ。まさかこんな所に王子が来るなんて」
「ええ・・・・・・あの方がお姉様をお手元に・・・・・・」
一目見て何か感じるものがあったのか、ドラテアはうっとりしたような表情を浮かべていた。
「しかし困りましたねぇ。手元に資料を置いていたら無くすとマズいと思っていたんですが、ここに来て裏目に出てしまいました」
「しかもここの従業員の方々も多分、捕まったんですよね?だとしたら、もうお話も聞けないのかも・・・・・・・・・・」
サルサとドラテアは困ったようにため息を吐いた。サルサは重要な書類は持って歩くようにして居たのだが、今回に限ってはおいてきてしまった。何しろ元々異世界人が施した鍵付きの金庫に入っていたものだ。いくら何でもここに入れておけば問題ないだろうと高をくくっていた。しかしアルトの声明があった直後に、まさか本人が探りを入れに来るとは思いも寄らなかったのだ。金庫ごと持って行かれたら為す術も無い。
「どうしましょうかね、ラドルさん?」
そう言ってラドルの顔色をうかがうサルサ。するとラドルは何やらぶつぶつ言いながら考え事をして居た。
「・・・・・・・・・ラドルさん?」
「サルサ。おかしいと思わないか?」
サルサが問いかけると、逆にラドルから質問が返ってきた。
「さっきまであの王子は王宮に居たはずだ。俺たちが駄弁りながら来たとは言え、あそこからここまでは最短距離のハズだ。いくら何でも早すぎる」
「まさか・・・・・・・・アルト王子は、この場所を知っていた?」
身も凍るような事実にサルサは戦慄する。
「あいつの言うとおりだ。いよいよキナ臭くなってきたぜ」
一方奴隷市場の建屋の中では。
「ったく。お前の事だ。どうせ美人局か何かに遭ったんだろう?」
「面目ねぇ。まさかあんなに完璧な女装をしやがるなんて思いもしなかったんだ。何よりも大事なマスターのための品物も失って・・・・・・散々だったぜ」
チンピラじみた口調の騎士はでっぷりと太った男の縄をほどいていた。
「しょーがねぇ。ほれ、次だ。次は上手くやれよ」
チンピラ騎士は男に地図を手渡した。男はそれを手に取りまじまじと眺める。
「ほう。次はここか。慣れるまで大変そうだな」
「幸いこの国は廃屋がしこたまある。旨いことやればすぐにでもデカくなるさ」
「ぐへへへ、そうだな。まずは目玉商品でも仕入れるか・・・・・・・」
喉の奥で下品な笑いを上げながら両者は馬車の荷台へ乗り込む。護送車に見せかけたそれは、次なる奴隷市場の拠点へと向かうだろう。
「成る程、やはり予想したとおりだったか。相変わらず妙なところで鼻が利いちまう」
物陰から一通り聞いていた白い青年は、手に「予約票」を握りながら邪悪な笑みを浮かべていた。ただしその目は笑っていない。
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