第11話 女神エリス
「このクソ女神!!とうとう追い詰めたぞ!!」
トーヤは宇宙空間のような世界「亜空間」で、白い菱形が大量に集まって形作られた翼をはためかせていた。
「なんですの?!しつこいですわね!!」
「俺はしつこいぞ。“転生者”共を呼び寄せて回っているのはテメェなんだからな!!」
トーヤが対峙しているのは「女神エリス」。彼女は白いヴェールに身を包み、純白の翼を背中から生やしている。まさに絵に描いたような女神像ではあるが、その所業は身勝手そのものだった。
トーヤの居る世界では「召喚の儀」なるものを執り行うことで、異世界から勇者の素質がある者を呼び寄せるのだ。もちろんそれを節操なく行う者達にも問題はあるのだが、真に厄介なのはこの女神の方だ。何せ彼女は意図的に人格面が破綻している者(或いは明らかに知性が足りていない者)をトーヤの世界に寄越すので、その異常且つ不条理な力を思うままに振るい文明や経済・環境に大打撃を与え続けているのだ。
さらにその理由を意訳すると「クズ男が大成していくのを見たいから」と最低なものだったのだ。これ故にエリスや彼女の分身は「発見次第即刻討伐」として最も危険視しているのだ。
「今回もそうだ!!“瀬久原サグル”をこっちの世界に寄越したのはテメェだろう!!あんなセクハラ野郎を押しつけやがって!!おかげでこっちの世界はえらいことになったんだからな!!」
トーヤの言っている「
だが、瀬久原はそれをセクハラとして悪用し始めたのだ。あるときには村娘の胸を触り、あるときには女戦士の尻を触り、女騎士の服を鎧ごとはぎ、シスターの下着をずり下ろして奪い取り、そして一国の王女の○○を○○するなど、数々の凶行に走っていた。
事態を重く見た「転生者殺し」は男性のみで班を編制し、瀬久原を追い詰めた。女しか触りたがらない瀬久原にとっては地獄のようで、「タッチ」の能力を駆使して妨害し続けるも、最後はトーヤの圧倒的な機動力によって取り押さえられた。
・・・・・・・・・ここまでは良かったのだが、そこに何の気まぐれか「エリス」が乱入してきて、再び瀬久原を取り逃がした。今は「重機動部隊」のクルトアイスと「隠密機動部隊」のシュヴァルツの両名を筆頭に捜索を続けているが、トーヤは単騎でエリスを追っていたのだ。
「こっちに来ないでください!!」
「瀬久原だったら許してくれるんかね?」
エリスは翼を大きくはためかせて羽根を飛ばし、それを火球としてトーヤの方に浴びせかけてきた。菱形が寄せ集まって出来た翼を携えたトーヤは、それを華麗に避けながら徐々にエリスに肉薄する。
「ハッ!?」
エリスは何かを察知すると急に身を翻した。殺気までエリスが居たところを、ギュボアッ!!と紫の光が貫いた。光は一瞬だったものの、暗闇のような空間にしばし歪みが残った。
「ギィィイイイイイオオオオオオオオオオオン・・・・・・・・・・」
ふと、エリスが周囲を見渡すと紫色の光が当たりを取り囲んでいた。まるで深海生物が光ながら泳いでいるような、そんな妖しい光り方だ。
「ヨルムンガンド・・・・・・・叛逆者たるこの人間の見方をするというのですね!!」
「ォオオオオオオオオオオン—————————」
鯨の歌のような恐ろしくも神秘的なこの鳴き声は、「淵龍ヨルムンガンド」のものだ。彼は余りの体長故にトーヤ達の世界に収まりきらず、この「亜空間」に体の大半を埋めているという伝説がある。一説によると地球半周分の体長を持つと言われているが、その余りの長大さと目撃例の少なさから非常に曖昧である。下手をすればもっと長い可能性もある。そのヨルムンガンドの甲殻からは紫の光が漏れ出ており、つまりエリスをヨルムンガンドが包囲していることを意味する。
そんな彼の能力は「空間を引き裂き自由に移動する」というもの。ヨルムンガンドはこれを生かして様々な世界に文字通り首を突っ込み、荒らして回るという噂がある。単純に体格が大きい上に高すぎる防御性能、そして空間ごと引き裂くことで獲物を即死させる事すら可能で、「最強のドラゴン」と呼ばれている。
「凍れ!!」
「しまっ・・・・・・・・・・」
エリスがヨルムンガンドに気を取られている間に、トーヤはエリスを氷漬けにした。そうして動きを止めた瞬間に、すかさずヨルムンガンドが大口を開けて口腔を光らせていた。
「ギェリェリェリュリュリュリュロォオオオオオオオオオオァアアアアアッ!!」
おぞましい咆哮とともに紫の光が放たれ、エリスを消し飛ばした。光が収束したそこには、「無」が残っていた。
「・・・・・・・・・・・・やった」
普段冷静なトーヤだったが、このときばかりは口元を緩ませずには居られなかった。
「やったぞ!!ついに、ついにエリスを仕留めた!!これでもう、これ以上この世界に“転生者”どもはやってこられない!!」
歓喜の余りガッツポーズをとるトーヤ。しかし刹那、どこからか火球がぶつかってきて、トーヤは炎上した。
「ガアッ・・・・・・・・・・!?」
「してやられましたね。流石にヨルムンガンドのホームグラウンドで戦うのは無謀だったようです」
トーヤの視界の先には、ぼうぼうと燃えるエリスがいた。姿はよく見えないが、鳥のような形をしているように見える。
「でも、いくら“ヘル”の力を借りているとは言え、所詮はただの人間。女神たる私に楯突くなんておこがましいです」
「ギィイイイイイイ・・・・・・・・・」
炎の塊は羽ばたいたような動きをすると、トーヤをつかんだ。そして目の前の空間に丸い穴を広げる。その先にはコンクリートと鉄筋で出来た建物が建ち並ぶ世界が広がっていた。
「うふふ。あなたは“異世界転生”が嫌いなのでしょう?でしたら、その身を以て存分に味わいなさい」
そして、トーヤがその開かれた穴から突き落とされそうになった瞬間、限りなく黒に近い紫色の何かがトーヤを弾き飛ばした。
「ガハッ!?」
「ああっ!!」
トーヤはそのまま真横に突き飛ばされると、突如バキィン、と空間に走った亀裂に突っ込み、そのままその中へ落ちていった。
「ダメ、だったのか・・・・・・・・俺は、まだ・・・・・・・・・」
遠ざかっていく空間の切れ目を見つめながら、トーヤは意識を放り出した。
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