第10話 王国に蔓延る影

「犯人は異世界人、か・・・・・・・・・」


 ラドルは仄暗い部屋の中でつぶやいていた。


 ドラテアの取り調べを始めとし、奴隷にされていた女達に事情聴取を受けてもらっていた。彼女らから出てくるのは、領地や軍に攻め入られて壊滅させられ、そのまま売り飛ばされてきたと言うことだ。その犯人はこの奴隷市場に雇われている賊だったが、彼らは異世界の武器を用いていたのだ。


 ただ、その武器の提供者が不明なままなのだ。この奴隷市場のオーナーが支給したのかと思ったのだが、実際の彼は「鑑定」スキルを所有する「商人」。残念ながらこの武器を生産するような能力は無かった。


「気になるのが、その“狙撃手”?の存在ですねぇ。いくら爆音飛び交う戦場の中と言えど、気付かれずに魔王の頭部を狙い撃ちするなんて、相当な手練れでしょう」


「そうとも限りません」


 サルサの考えを否定したのは、トーヤだった。


「恐らく皆様もご存じかとは思いますが、異世界人は彼らのみが受けられる“加護”なるものがあります。それによって補強されているのであれば、たとえ素人でも問題なく扱えてしまうのです」


「そう言えばそうだったな」


 ラドルは以前「シン」という名の異世界人と対峙したことがある。彼は同じ異世界人を殺し、彼らの持つスキルを奪うという蛮行を働いていたのだ。そしてその中の一つに「剣聖」というものがあり、これによって本来シンには扱えないはずの剣技を軽々と扱えていた。彼らにとって技能の習熟など必要ない。あるのはスキルの存在だけだ。それさえあれば彼らはその異常で過剰な力を存分に振るえるのだ。


「オイラはこの国について色々調べてみましたが、やっぱりおかしな点がいくつかありますねぇ」


「なにが、どういう風におかしい」


 ラドルはいらだたしげに机を指でトントンと叩いていた。


「なんでも、当時スラム街にたむろしていた孤児や破落戸の多くはアルト王子直属の親衛隊に所属しているとのことです。元々ならず者ばかり故に騎士としては全く態度がなっていないようですが、その分型にはまらない戦術でなかなかどうして強力だそうです」


「なんだ、それなら良いじゃ無いか」


「いえ、そういうわけにもいかないんです。彼らは時折極秘任務とか言って席を外していることがあるんです。“アルト王子からの指令”との事ですが、オイラとしてはその当たりが気になるかなぁと」


「極秘任務、と言う名の何かという可能性はあるだろうな」


「それもあるでしょうね。次に、アルト王子のパレードの時に、ドラテアさんにそっくりな魔族の娘が居たんです」


「ドラテアに?」


 ラドルの質問にサルサは首肯する。


「流石に細部の特徴は違いましたけどね。使用人みたいな服を着ていたりなどの相違点はありましたが、角の形や髪の色などは彼女にそっくりでした」


「俺の方も、ドラテアにはエキドナという姉が居ることは聞いていた。しばらく前に自分の国を作ると言って魔王カティウスの元を離れたそうだが、以来音信不通だとからしい。状況にも依るが、その線は疑った方がいいだろう」


「そのようですね」


 それからですが、とサルサは続ける。


「そのアルト王子について気になる情報が。どうやら彼ですが、時折真夜中に姿を消すそうです」


「お忍びか?」


「そうですねぇ・・・・・・ただ、残念ながらその行き先はわかりません。まあ、それが解ってしまったら大事ですしねぇ。そもそも真偽不明ですし、確かめようがありませんが」


「成る程。一応気にしておくか」


 そう言ってラドルはトーヤの方を向く。


「で、そっちはどうなんだ?」


「残念ながら、今のところ不明です」


 トーヤが取り出したのは、金庫から取り出した「予約標」だった。この奴隷市場に集められる奴隷達の内、貴族階級などのお眼鏡にかなったものは前もって「予約」され、後ほど実際に引き渡されるという。この「予約標」はそのための必要書類だったのだ。


 だがその表記は全くの出鱈目に書かれており、そのままでは読むことが出来なかった。


「暗号化されていて、全く読むことが出来ません。奴ら、“スキル”を用いて解読しているようですが、仮に翻訳の仕方を教えられたとして、その通りに読めるかというと・・・・・・」


「恐らく、我々では無理でしょうね」


 サルサははあ、とため息を吐いた。恐らくこの書類を読むことが出来るのはオーナーの異世界人だけだ。ラドルも死ぬほど痛めつけて解読するようにせびっては居るが、頑として読んではくれない。よほどの他人に漏らしたくない情報なのだろう。


「まあいい。どうせ俺たちがここを潰した事はまだ公になっていないはずだ。恐らくこの予約標に書いてある奴は閉店中だろうが押し入ってくるはずだ」


「なぜです?」


「そりゃ、わざわざ高い金を払ってまで奴隷を買おうって言う奴だ。知らない間に閉店してて奴隷の引き渡しが出来ません、で済ませられる訳がないだろう」


「確かにその通りですね」


 ふむ、と顎に手を当てて頷くサルサ。しばらく考えた後、サルサはラドルに質問した。


「ラドルさん。今更と言えば今更ですけど・・・・・・・なんでここまでして異世界人をお仕置きしようとするんですか?」


「なんでと言われても、俺は異世界人に好き勝手されるのが嫌だからだ」


「まあ、それは知っていますけど・・・・・・今回は依頼じゃ無くて完全に私用じゃないですか。報酬も出ないのに、なんでこんなことを・・・・・・・」


「そうでもしないと気が済まないからだ」


 ラドルは至極当然のように答えた。


「確かに俺は異世界人共が嫌いだ。だが、あいつらとて自分の意志でこっちの世界に来ているわけじゃ無いことは解っている。その根源は女神にある。その女神を仕置きしなければ、あいつらだってやって来れない。だからイザベラだったか?あいつをぶん殴った時だってあの時は依頼なんて受けていなかっただろう?でなければ・・・・・・・・俺の100年の清算を出来ない」


 ラドルはつい先日、女神イザベラを殴り飛ばしていた。と言っても彼女は「ウイルス」だとか「プログラム」だとか、そんな訳のわからないものに汚染されていた聖女だったのだが、元々ラドルはそういった女神に「仕置き」するためにあちこちを駆けずり回っていた。勿論「女神イザベラを討伐せよ」などといった依頼など出るはずも無く、やっていることで言えば100%ラドルの私情だった。


「(成る程。うすうすは感じていたが、やはりこの世界に“転生者”が蔓延っているのも女神が関わっているのか)」


 トーヤは「対転生者特別防衛機関」に所属している。この組織は「転生者殺し」とも呼ばれているが、実際の所は真に敵として定めているのは女神、特に元凶である「エリス」という女神のことだ。トーヤがここ数年で改革を進めて、かなり「転生者」相手に善戦できるようになっては居るものの、未だに「女神エリス」に対して有効打を見つけられずに居るのも事実だ。


 そんな彼の思考を察するように、ラドルは質問をぶつけた。


「俺はおまえが協力する理由が知りたいがな」


「私ですか?」


「ああ。いくらおまえが“対転生者特別防衛機関”の者といっても、俺たちに協力する理由は無い。どうしてなんだ?それになんとなくではあるが、俺はおまえが力を隠しているように思えるんだが」


 ラドルは言葉通り、トーヤがまだ何かしらの力を隠していることに気付いていた。樹海でのベニダイショウとの一戦もそうだし、マサトを手に掛けたときもそうだった。他の異世界人の「スキル」などとも違うを持っているのは目に見えていた。


 だが一方で、彼らには無い謎の謙虚さを不自然に感じていた。他の異世界人が我が物顔で「スキル」だの何だのを振るいかざすのに対し、逆にトーヤはそれを押さえつけているような感じがする。


 しばらく長考した後、トーヤは口を開いた。


「まあ、贖罪しょくざいですかね」


「贖罪?おまえは何もしていないだろう?」


 トーヤの言い分にラドルは眉をひそめた。


「・・・・・・・・・いくらやってきた世界が違うとは言え、同じ異世界人として申し訳ないのですよ。こんな傍若無人に振る舞う奴らと同じだと思うと恥ずかしくてたまりません」


「やってきた世界が違う・・・・・・・そう言えば、おまえってなんでこっちの世界に来たんだ?」


「オイラもそれが気がかりでした。あの時は意識が無かったでしょうけど・・・・・・」


 いつ話を聞こうかずっと悩んでいたのだが、ラドルもサルサもトーヤがなぜこっちの世界に来たのか疑問に思っていた。これはリンカから聞いた例だが、こちらの世界に召喚された際にはサンフィード村の近くの湖にいたそうだ。彼女を利用していたシンという男も、どこかの国の応急の地下室に召喚されたのだという。つまり、現われるときは必ず地上(もしくは地に足が着くところ)だった。だから空からトーヤが落ちてきたのには些か疑問に感じていた。


「そうですね・・・・・・・まあ、隠す必要も無いのでお話ししましょう」


 トーヤは軽く咳払いをして話し始めた。









「あの時私は・・・・・・・・・・・“女神エリス”と対峙していました」

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