第9話 アルト王子

「・・・・・・・・・・・・?閉店しているな」


 目の下に隈のある男は路地裏でつぶやいていた。中肉中背で黒いマントを羽織っている、黒い髪を短めにカットしている男。異世界人だけが持っている職業、その中でも「暗殺者」の男は自分が行動しやすくするために奴隷を探しに来たのだ。特に異世界人がお世話になると噂のこの奴隷市場では質の高い奴隷が多いとのことだったのだが、当てが外れたようだった。


「チッ・・・・・・仕方がないか」


 あわよくば器量の良い獣人の少女でもいたら良かったのだが、と舌打ちして踵を返す。


 奴隷市場の悪事を暴いたラドル達は、奴隷商達を警察に突き出していなかった。サルサは王国の騎士団に報告しようとしたが、ラドルとトーヤから「これだけ身の保証が確保されていると自信満々なことが不可解だ」として、敢えて通報していなかったのだ。


 しかし女奴隷達は解放されたため、商品を失った奴隷市場は事実上の閉店まで追い込まれていた。


「噂通りだったな」


 その様子を影から覗いていたラドルは暗闇の中でぼそりとつぶやいた。誰かが来る度に様子をうかがっていたのだが、訪れるのは皆異世界人ばかりだった。成る程、噂通り異世界人には評判が良いらしい。


 だが、それも閉店していれば意味の無いこと。奴隷欲しさに押し入ってまで求めてくる者は流石に居なかった。


「続きを聞かせてもらおうか」


 そう言って明かりのともっている部屋に戻ってきたラドル。中央にはテーブルがおいてあり、椅子が向かい合って置いてある。そのうち一つには魔族の少女が座っていた。


「まず確認させてもらおうか。おまえはドラテアと言う名前で、カティウスと言う魔族の娘。先日魔王城に押し入られ、城ごと壊滅させられた。そして魔王も殺され、独り身になったおまえは拘束され、奴隷商につれていかれたと」


「・・・・・・・・・・・はい」


 魔族の少女——————ドラテアはこくりと頷いた。気丈に振る舞っているが、その目にはうっすらと涙がたまっている。


「何があったか、詳しく教えてくれ」


「はい、あれは紅い月が出ていたときのこと———————」


 ドラテアはゆっくりと、時折深呼吸しながらラドルに話し続けた。連れ去られた当時、大勢の人間達に突如城を攻撃され、余りの火力に城が持たなかったこと。崩落した城に巻き込まれる形で多くの兵を失ったこと。そして単身迎え撃とうとした王が何者かに攻撃され、そのまま殺されてしまったこと・・・・・・一夜にして全てを失った彼女の心境は計り知れない。


 ラドルはどうしても気になることがあった。


「その肝心の攻撃だが、一体どんな感じだったか?」


「はい。城を落とされたときは、何やら筒状のものを担いで、そこから何か魔法を撃っているのは見えました。ですが、お父様が受けたものは全く解りませんでした」


「傷跡とかは見なかったのか?」


「本当に解りません。ただ、襲ってきた者達に立ち向かおうとしたとき、急に頭から大量に血が噴き出して、そのまま・・・・・・・」


 そこまで言うと、ドラテアは声を上げて慟哭を上げはじめた。種族が違うとは言え、女の子が目の前で泣くのを見るのは2度目だ。


「(勘弁しろ。こんなものを見せられても嬉しく無い)」


 心の中で唾棄しながらドラテアを見守っていると、横からトーヤが声を掛けてきた。


「お疲れ様です。いかがでしたか?」


「まあ、多少なりとも収穫はあった」


 そう言って、ラドルは泣きじゃくるドラテアを気まずそうに見つつ、得られた情報を事細かにトーヤに伝えた。すると、トーヤはそれらに心当たりがあるという。


「心当たり・・・・・・?そんな魔法があるのか?」


「魔法ではありません。極めて暴力的な物理攻撃です」


 そう言って、トーヤは倉庫の奥から引っ張り出してきたものを床に並べた。一つは既に見ていた「ロケットランチャー」と読んでいた円筒形の武器と、もう一つが細長い円筒形の武器だった。持ちやすいように一端に取っ手が付いていて、なぜか小さな望遠鏡が取り付けられている。


「一つはこの“ロケットランチャー”・・・・・“バズーカ”と呼ばれているもので間違いないでしょう。円筒状の武器から魔法を撃って、というのはこの武器から射出される弾薬—————爆弾のようなものです。問題の不可視の攻撃は、恐らくこれではないのでしょうか?」


 トーヤが手に取ったのは、120センチほどの細長い方の武器だった。一見ロケットランチャーよりは短く細いもので、これが脅威となるとは思えなかった。


「私も詳しくはありませんが・・・・・・恐らくこれは“スナイパーライフル”かと思われます」


「スナイパーライフル?」


 聞き慣れない単語に、ラドルは首をかしげる。


「ええ。この武器は遠距離から標的に細くされる前に攻撃するための武器です。威力はこのロケットランチャーに比べれば大したことはありませんが、これが腕利きの手に渡るとそれ以上の脅威となります」


「それ以上の脅威とは・・・・・・・」


「“狙撃”です」


 そう言って、トーヤは手に取ったスナイパーライフルを構え、スコープを覗く仕草をしてみせた。


「この“狙撃”とはその遠距離攻撃を行うことで、腕利きはこれを用いて標的を確実に仕留めるそうです。いくら屈強な魔族が相手だとしても、急所——————それこそ、ひとたまりもありません」


「頭を—————————」


 そう言って、ラドルは思わずドラテアの方を見た。彼女も驚いたような顔でこちらを見ている。彼女も心当たりがあるようだ。


「問題はこの狙撃銃を誰が使ったか、ですね。残念ながらここのオーナーはこういった武器を調達するような能力は持っていなかったようですから、奴が魔王様を殺害したとは考えにくいでしょう」


「一体誰がやったんだ?」


「まあ、どんな人物かは大体予想が付きますけどね」


 そう言って、トーヤは手に取ったスナイパーライフルを軽く叩いた。









「この武器を作った者でしょう。敵に察知される前に的確に急所を撃ち抜ける腕がある者は、よほどの熟練者か“ブレイブワールドプログラム”とやらで補強してある者しか考えられません」


 トーヤは暗に「犯人は異世界人だ」と告げた。












 一方その頃、サルサは人で埋め尽くされた城下町の大通りに人に紛れていた。


「キャー!アルト様ー!!」


「今日も素敵ですわー!!」


 けたたましく喇叭が鳴り、黄色い悲鳴が飛び交っている。その大通りを悠々と闊歩しているのは、この王国を治める王族達を乗せた馬車だ。そこから顔を出して手を振っているのは、15歳くらいの金髪の少年だった。


 この少年こそアルト王子。彼が10歳になり本格的に政治に参加するようになってから、劇的に治安が改善され裏社会組織は撲滅したと言われている。


 だが、先日奴隷市場を潰したサルサからすれば不可解な話ではあった。


「(おかしいですね・・・・・・噂では随分治安が良くなったと聞いていましたが、あんないかがわしい店があるとは)」


 彼も一度はこの国の治安維持組織に奴隷商などを突き出してやろうかと思ったのだが、トーヤが示唆した可能性に危機感を抱き、敢えて奴隷商の男、そして彼らを雇っている異世界人のオーナーを匿ったままにして居るのだ。


『男の主張から、私は彼らが裏で国とつながっていると考えられます。下手に警察や騎士団に突き出すと、彼らの悪事をもみ消されるでしょう』


「(となると、少なくともこの国の騎士団は黒だと思って置いた方がいいでしょうね)」


 トーヤが口にしていた言葉を思い返しながらサルサはアルトの姿を目に捉える。


「(アルト=フォン=ブギースプーギー。噂に聞けばこの国の治安が乱れた地域を悉く潰し、そこに過ごしていた孤児や奴隷を解放したとのこと。噂ではその一部が彼になつき、使用人として仕えているのだとか)」


 かつてこの国は荒れ放題だった。都市の半分以上がスラムと言っても過言では無く、騎士団も怠慢なもので治安維持に積極的では無かったという。


 しかしこのアルトという王子が10歳になり権威を振るうようになってから、瞬く間に治安が改善されたのだという。王族でありながら自ら現場に赴き、彼に容赦なく襲いかかってくる連中を片っ端からひねり潰したと言われている。恐らく王族の秘める聖なる力の類いだろうか。彼らも聖女達と同じく常人には持ち得ない力を持っているのだとか。


 そして解放した奴隷の一部は、そのまま彼に付き従っているという。解放してくれた恩義を感じた彼女らは、その恩に報いるために自ら彼の元に就くことを選んだらしい。


「(まあ、流石に全てを潰すというのは難しいのでしょうが———————)」


 と、考えていた時だった。サルサの目に予想外のものが飛び込んで来た。


「(あれ?あれはあの馬車で見た魔族の娘・・・・・・?)」


 アルトが乗る馬車の周囲に居る護衛部隊と思われる騎士。彼らが囲んでいる馬車に近い所に、見知った顔があったのだ。流石に着ているものや背丈などが違うのだが、そのぱっと見の印象はラドル達と共に救った魔族の少女と瓜二つだった。


「(嘘でしょう?なんであんな所に————————)」


 などと考えているとき、不意にこちらを向いたアルトと目が合ってしまった。


「!!」


 慌ててサルサは人混みに身を潜めた。別になんと言うことは無いのだが、まるで心の内を見透かされているような気がしたのだ。


「ふう・・・・・・・兎に角、騎士団の周辺を調査するとしますか」


 サルサはそのまま、こっそりと町に溶け込むように姿を消した。

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