第8話 奴隷市場潜入捜査

「遅いじゃ無いか。予定よりも1日後れだぞ。顧客が逃げたらどうするんだ」


「も、申し訳ありません」


 ブギースプーギー王国に着いた荷車は正門の反対側から回り、明らかに人が出入りするような雰囲気では無いところから侵入する。


「どれどれ、今回の収穫は・・・・・・・おお!!」


 男を迎え入れたのは、でっぷりと太った男だった。男は荷車の扉を開けると嬉しそうに驚いた。


「これはただの村娘だが、特に器量が良い。それ以外にエルフの貴族に魔族の娘!!確かに依頼通りの品揃えじゃ無いか!!・・・・・・・・・・ん?」


 男は望み通りの「品物」が手に入り大喜びの様子だった。だが、ふと荷台の奥に居る謎の女を見て顔をしかめた。


「おい、こんな女はオーダーに無かったはずだが」


「へへぇ、それですが・・・・・・道中で良い感じの奴だったので、つい持って帰ってしまいました」


「ほほぉ、なかなか良い感じの女じゃ無いか」


「で、でしょ?思わず逃げるこの女を追いかけ回しちまいましたよ。おかげで随分遅れちまいましたが」


『・・・・・・・・・・・・・』


 荷台の奥に息を潜めていた女は、こちらを不機嫌そうににらみつけたまま黙っていた。色あせたような金髪に雪のように白い肌。何やら高そうな金の刺繍で縁取られた白いコートの下に短パンを穿いていた。スラリと伸び引き締まった脚は白いサイハイブーツに包まれている。


「近くで見ればさらに良いじゃ無いか。胸が無いのが難点だが、まあいいだろう」


『・・・・・・・・・・・ッ』


 女は顔を近づけてなめ回す様に見てくる男から顔を背けた。無口だが気の強そうな様子から、男は益々期待を高まらされる。ただ従順な女奴隷も良いが、このようなプライド高いのもいい。このような高慢な女を躾けることに幸福感を見いだす顧客も多い。


「さて、さっさと持ち帰るぞ。俺たちの身の安全は保証されているとは言え、一般市民に見つかると厄介だ」


「へ、へい!!」


 奴隷馬車を引いていた男はヘコヘコしながら奴隷商の男の言いなりになっていた。女達に猿轡をかませ、首輪につながれた鎖を引きながら夜の路地裏を進み始める。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 黒のケープを纏った何者かが、その様子をじっと見ていた。










「ふふふ、村娘にエルフの貴族、さらには魔族の娘!今回は随分な収穫じゃ無いか!!」


 奴隷市場の奴隷倉庫にて、男は高笑いしていた。部下達から詳細を聞き出した男だが、予想以上の成果に笑みを浮かべずには居られない。


 村娘たちはケージのような檻に入れられ、悲しそうな表情を浮かべていた。口枷こそ外されているものの首輪には魔力を封じる機能があるため、高い魔力を持つエルフや魔族でさえ脱出できなかった。


「だが、この女のことを調べなかったのはうかつだったな。場合によっちゃ大変なことになるぞ。良くも悪くも、な」


『・・・・・・・・・・・・・・』


 しかしその中で、一人だけ違う眼差しを向ける者が居た。如何にも高貴そうな衣類を身に纏うその女は、未だに怒りのこもった視線を男達に投げかけている。


 そんな女にニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた男が視線を合わせて、檻の前にかがみ込む。


「さて、商品情報がわからなければ商売にならないんでね。まずは話を聞かせてもらおうか」


『・・・・・・・・・・・・』


 そして、女がついに固く閉ざした口を開いた。









『俺はトーヤ・グラシアルケイプ。テメェらの大好きな“異世界人”だ!!』


 そう叫びながら、女は男の顔面もろとも思いっきり檻の扉を蹴破った。









「ぶげぇっ!?」


 男の鼻っ面に鉄の塊が激突し、元々不細工な顔立ちが更に歪む。


『ふう、普段ヒールなんて履き慣れないから、歩くのもしんどいぞ』


「旦那!!」


「嘘だろ!?首輪はつないでいるはず!!」


 トーヤは首輪と手枷でつながれたまま、しかし悠々と檻から歩み出た。コツ、コツと優雅な足取りで男の前に出る。


『ああ。魔力を遮断する首輪だろ?残念ながら俺の“絶氷の龍紋”はこの程度じゃ無効化できない。って言っても、こっちの世界じゃよっぽどな事が無い限り振るうつもりは無いが』


「この女!!引っ捕らえろ!!」


「うぉおおおおおおおおおお!!」


 男の号令で、この奴隷市場のスタッフと思しき者達がトーヤに殺到する。如何にも野蛮な感じで、チンピラと形容できそうな風貌の者ばかりだ。本来であれば圧倒的不利な状況だ。


 だが、彼らは知らなかった。目の前に居るのが「対転生者特別防衛機関」の中でも特に戦闘能力の高い「執行部隊」の隊長だと言うこと、そして彼らは災害レベルの脅威である異世界人を相手取る集団だと言うことを。


『フッ!!』


「ガアッ!?」


 トーヤは首輪も手枷もされた状況だが、何と脚を使って対抗し始めたのだ。女性さながらに細く引き締まった健脚から、檻をも蹴破る強烈な蹴りが炸裂する。


「怯むな!!やれ!!」


 そう叫ぶ男だが、更に殺到する者達をトーヤは文字通り一蹴する。まるで踊るように回転しながら次々に蹴りを繰り出し、近寄る者全てをなぎ倒していく。時には複数人同時に蹴り払い、時には蹴り飛ばした敵を別の敵にぶつけたり、体の大きい相手は敢えて踏みつけて跳躍し、重力加速度と合わせて踏み抜いたりと、本当に足技だけで戦っているのかと言いたくなるような獅子奮迅の活躍を見せた。


「オーナーだ!!オーナーを呼べ!!」


「お、オーナーを?!」


「ああ。オーナーなら対抗できる!!なんたって取り沙汰されている異世界人なんだからな!!」


 ガハハハハ!!と勝ち誇ったような高笑いを上げる男。その背後から、黒い影が現われる。


「ほらよ」


「どうだ!!オーナーのお出ましだぞ!!これでお前なんか・・・・・・・・ん?」


 しかし、知っている声と違うことに違和感を覚えた男が振り向くと、そこにはボコボコに殴られ、襟首を掴まれてぶら下がっている異世界人が居た。


「ぎょぇえええええええええええええ!?」


「おい、化け物を見たみたいな声を上げるな」


 そう言いながら地面に異世界人を放り出すのはラドルだった。生半可な異世界人では太刀打ちできない程の実力を持つラドルの前には、オーナーと思しき人物は手も足も出なかったようだ。


『ラドル様。その異世界人はどうでしたか?』


「フン、シンやトウヤなどとは比べものにもならなかった。どうやら“商人”に近い能力を持っていたみたいだな。奴らに比べれば取るに足らん。・・・・・・・・それから、おまえはいつまでその声で話すんだ?正直やりにくい」


『ああ、失礼しました。戻すのを忘れていました』


 ううん、と軽く咳払いをして、トーヤは声を元に戻す。


「しかし女装もこなすなんて、おまえはどんな環境で戦っているんだ?」


「生憎、普通では考えられないような状況にも対応できる様にしていますので・・・・・・」


 本当に何者なんだ、と男はトーヤを見ていた。間近で見ても男だと気付かなかった。立ち方や仕草も完全になりきっていて、全く違和感が無い。


 元々多くの人に性別を間違われるトーヤだが、メイクをしたり正しく着こなしたりすればもはや見分けるのは至難の業だ。元々魔力による身体能力強化を常人以上に引き受けているため、筋肉を必要以上に発達させる必要がない。そのため必然的に女寄りの体つきになるため、トーヤはかなり女性的な見た目をしていると言われる。


「な、何なんだコイツらは・・・・・・・・」


「さあ。オイラにも解りかねます」


 男はサルサに縛り付けられながら、呆けたようにぼやいた。







「さて、これで全員か?」


 そう言いながら、ラドルは檻の鍵を引きちぎり中の娘達を解放した。


「あ、ありがとう、ございます」


 ぎこちなく頭を下げるのは獣人の少女だ。背が低く頭頂部に耳とお尻に尻尾がついていて、胸と尻が大きい。


「(こうしてみると、異世界人共の好みってのは似たり寄ったりなんだな)」


 檻から解放された女達を見てラドルは思った。人種や細かな違いはあれど、集められた女達の特徴はほぼ一致していた。髪が長くやや童顔寄りで、そのくせ胸が大きい。身長は良くて平均ぐらいの背丈しか無い。まるで判を押したようだ、とラドルは評価した。


「サルサ。この女どもの“購入先”の情報は見つかったか?」


「ダメですねぇ。探せる場所は全て探しましたが、見つかりません」


 奴隷市場の隅々まで探してきたであろうサルサは、ぐったりとうなだれていた。奴隷市場はサルサの予想していた以上に広かった。路地裏に構えている以上当たり前ではあるが、ぱっと見ではただの一軒家程度にしか感じられない。だが実際は複数の建物をつないでいるので、結果としてちょっとした商店街ほどの規模にまで広がっていた。サルサも情報屋としては腕の立つ方ではあるが、この規模を探索するのは骨が折れた。


 ぐるぐる巻きにされ地面に倒れている男は、喉の奥で笑っていた。


「くっくっく・・・・・・馬鹿な奴らよ。そんな情報を残しているわけが無いだろう?俺たちの“お得意様”の情報を流すわけにはいかない。そんな事をしたら信用問題に関わるからな」


「こんな店を開いているところで、信用も糞もないだろ」


「ふん、言っていれば良い」


 男はラドルにすごまれて、なお得意げだった。


「女どもを失うのは痛いが、俺たちを騎士団にでも突き出すがいい。俺たちの身の安全は保証されている」


「なに?」


 男の言い分にラドルは眉をひそめた。こんな状況だというのに、この目の前の男には明らかに余裕がある。何かしらの後ろ盾があると言うのか。


「それはどういうことですか?」


「さあな。それこそ機密情報だ。これは拷問されたって言えないね」


 そして男は倒れたまま、三度高笑いを上げた。


「がははははは!!そうして無い物ねだりをしていろ!!」


 その時だった。暗がりからコツコツとヒールを鳴らしながらトーヤが出てきた。


「確かに、彼女たちの購入履歴は無かった」


 その手には、何やら書類が握られていた。


「そりゃあおいておけないよな?その“お得意様”とやらのご身分を晒す羽目になるようなものを残しておくなんてリスクが高すぎる」


 だが、とトーヤは続ける。彼を見上げる男は余裕綽々の表情から一変、恐怖と絶望に染まった表情を見せた。


「過去のことを闇に葬っても、未来に起こる事が予言されている」


 そう言って、トーヤはラドルとサルサに紙を渡した。


「これは・・・・・・・!!」


「予約票とでも言うべきでしょうか。ロックされた金庫に入っていました。おそらくは“スキル”か何かで隠していたようですが、割と簡単に開きました」


「あ、ああ・・・・・・あああああ・・・・・・」


 怯えた目をして男は見上げていた。その視線の先には非常にセクシーで、しかし嗜虐的な笑みを浮かべたトーヤが居た。









「女の奴隷は高く売れます。全財産を投げ打ってまでってことは、相当な金額になるはずです。しかし、どうせ売るなら高く売れた方がいいじゃないですか」

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