第7話 奴隷馬車

「さて、急げ急げ」


「マスターの加護があるとはいえ、時間との勝負だ」


 馬形馬に荷車を引かせているのは、2人の男だ。


「フフフ、今回も上物が手に入ったぜ。全く、心が痛むなぁ」


「それを言うなら、懐が暖まるじゃないのか?」


 ギャハハハハ!!と笑い合う男たち。だが、突然パキパキパキパキッ!!と乾いた音が鳴り、荷車の車輪と馬が氷漬けになる。


「ヒヒィイイイイン!?」


「な、なんだぁ!?」


 馬が悲鳴を上げ、慣性を受けて前方にすっ飛んでいく男。文字通り目と鼻の先に厳つい青年が立ち塞がっていた。


「おまえ、何者だ?」


「はぁ!?お前こそ何者だ!!」


 いきり立つ男。立ちはだかったラドルの隣にスタッと軽やかに着地したのは、白い衣を纏うトーヤだった。


「“対転生者特別防衛機関 執行部隊隊長”トーヤ・グラシアルケイプだ。オマエらのその積荷のことで、事情聴取させてもらおう」


「おい、ここはおまえの世界じゃ無いぞ」


「・・・・・・・・・職業病とは厄介なものですね」


 はあ、とイマイチ格好が付かないトーヤ。目の前で寸劇を見せられて、男は怒り心頭だった。


「何なんだてめぇらは!!俺たちの邪魔をするんじゃねぇ!!」


「てめぇらなんか、こうしてやる!!」


 そう言って、男達は背中に背負っていた円筒形の何かを肩に担いだ。それを見たトーヤは即座に動き出す。


「凍れ」


 ダンッ!!と思いっきり地面を踏みならすと地面を氷結が這い、男ごと円筒形の何かを凍てつかせた。


「う、動けねぇ・・・・・・・」


「これじゃあ・・・・・・・・」


「手は離しておけよ。粉々になるぞ」


 ラドルは警告しながら、男の持っていた物体をバキッと剥ぎ取った。このまま握りしめたままでいたら手が砕けていただろう。と言ってもトーヤが氷結の範囲を操作しているので、どのみち問題は無いのだが。


「よくわかりましたねぇ。オイラじゃ全然見えませんでした」


「私の体質のおかげですね。あと、ラドル様は素で気付いていたと思います」


 トーヤは女神の課した加護———————という名の呪い、この世界では「ブレイブワールドプログラム」などと呼ばれているものを受け付けない。レベルアップもしないしチートなスキルも得られない。そして「職業」も与えられないのだ。

 しかしそれと引き換えに、彼はその「ブレイブワールドプログラム」の一切を無視する事が出来る。仮に「クリティカルキャンセラ―」で致命傷を免れようとも平気でそれを貫通してしまうし、「HP」と言うものに命の肩代わりをして居ても何の意味も成さない。ラドルが力押しで強引に対抗しているのに対して、トーヤは彼ら異世界人に対し完全なメタを取っている。


 黒の印象を与える者と白の印象を与える者。不器用ながらも優しさを持つ者と冷淡に構える裏でどす黒い闇を抱える者。圧倒的なフィジカルと魔力で力押しを得意とする者と圧倒的な機動力と氷結魔法の二点特化で翻弄する者。そのフィジカルで強引に転生者に抗う者と特異体質で完全なメタを取っているもの。そして異世界人の「仕置き人」と「処刑人」。ラドルとトーヤはありとあらゆる意味で真逆だった。


「さて、何が入っているのでしょうかねぇ・・・・・・・・ん?」


 ラドルがその物体を回収している内に、サルサは荷車の扉を開けて中をのぞき込んだ。すると予想だにしないものが目に飛び込んできた。


「んー!!んむー!!」


「うううううー!!」


「え?これって・・・・・・・」


 サルサの目に入ったもの、それは手足を縛られ猿轡を咥えさせられ、首輪につながれた少女達だった。ただの人間の少女からエルフ、魔族と思しき者までいる。さらにその服装もバラバラだった。ボロボロの布きれ一枚で見るからに奴隷と言った格好をして居る者から、ぱっと見で上物なドレスを纏った貴族階級と思しき人物まで、千差万別だった。


「まさか・・・・・・・・人身売買?」


「だろうな」


 そう言いながら荷車に乗り込んだラドルは手近な所に居た少女の猿轡を引きちぎり、目線を合わせて問いかける。


「おい、聞こえるか。俺たちはおまえたちを助けに来た」


「は、はい・・・・・・」


「どうした。何があった」


 ラドルが問いかけると、少女は怯えたように語り始めた。


「私は訳あって奴隷となったのですが、こうやって連れて行かれている間に同じように何人もの女の子が連れてこられて・・・・・・・」


「見るからに貴族階級や魔族も居るな。何か知らないか?」


「いいえ・・・・・・・・・・」


「他の奴の話も聞かなければならなそうだな」


「ラドルさん、トーヤさんから話があるそうです」


 サルサに呼ばれたラドルは一度荷車を出ると、男が背負っていた円筒形の物体を地面に並べていた。その中には楕円形の鉄の塊もあり、矢で言うところの矢羽根のような羽根もついていた。


「ラドル様。あなた様のご意見をお伺いしたいのですが、これは何だと思われますか?」


「さあな。さっぱり解らん」


「これは・・・・・・?」


 ラドルは腕組みをして答えた。が、なんとなくトーヤが言いたいことを解っていた。


「これは異世界の武器です」


「異世界の武器?」


 見たこともない武器にサルサは目を丸くする。


「ええ。向こうの名称では“ロケットランチャー”とか、呼ばれている武器ですね。元々は大型兵器を破壊するための武器です。ですから普通は人間に向けるような武器ではないのですが・・・・・・・・」


「異世界の武器か。成る程」


 ラドルは何かを言いたげに頷きながら氷漬けの男をにらみつけた。


「ひっ!!」


「まだ何も言っていないだろ」


 そう言いながらも悲鳴を上げた一人にラドルは詰め寄る。


「教えろ。この奴隷共はどうするつもりだ」


「どうするつもりって・・・・・それをしゃべる訳ないだろう?!」


 詰め寄られた男はそう言い返す。流石に企業秘密と言うことだろうか。


「言わないのか。そうか・・・・・・・」


「(あれ?)」


 そう言って腰を上げるラドルに拍子抜けする男。しかしその直後、ビキッと全身に何かが突き刺さるような痛みが走る。


「いてぇっ!?な、何が起きているんだ?!」


 首から下が氷漬けになっている男。その目の前に今度はトーヤが目線を合わせた。


「今、俺はお前の皮膚に氷柱を食い込ませている。もしこのまま話さないのであれば、この氷柱を一本ずつお前に刺してやる。解ったか?」


「つ、つららを・・・・・・?」


 相手の体内の水分に魔力を干渉させ、体内から氷の棘で相手を突き刺す。トーヤの十八番の技だ。魔力を流し込みさえすれば防ぐ手段は無いため、いかに理不尽極まりない能力を持つ異世界人相手でも決定打となり得る攻撃手段となる。その魔力を流し込むのをどうやってするのかが問題なのだが。


「馬鹿め!!そんな事が出来るわけが・・・・・・・イテテテッ!?」


「いい加減しゃべれ。次は無いぞ」


 なおも減らず口を叩いて悪態を吐く男だったが、より強く食い込む氷柱に悲鳴を上げる。トーヤの警告はただの威嚇では無い事、そしてこのままでは死よりも辛い目に遭わされることを悟り、男は観念した。


「解ったよ、話すよ!!これからブギースプーギー王国にこの女どもを売りに行くんだ!!」


「ブギースプーギー王国・・・・・・・?」


「最近若い王子が台頭してきて、実験を握り始めて居る国家ですねぇ。確かアルト王子とか言いましたか。最初は非常に治安の悪い国だったのですが、彼が政治に関与するようになってからかなり改善されまして。今では有数のホワイト国家だとか。ですが、そんな国に奴隷なんて・・・・・・・・」


「それは・・・・・・・・言わなきゃダメか?」


「ダメだな」


 すっかり怯えた目でトーヤを見上げる男。このままでは串刺しにされかねないので、仕方が無い、とため息を吐いて語り出す。


「異世界人に売るんだよ」


「「「異世界人?」」」


 三人の声がそろった。


「ああ。元々女の奴隷は人気があるんだが、中でも異世界人には高く売れてな。中には全財産を投げ打ってまで買おうとする奴も居るんだ。なかなかに悪食な奴らよ。魔族の娘だろうが何だろうが、器量さえ良ければ平気で喰っちまう。そんな奴らだ」


「それ以外にもあるだろうな」


 トーヤは嫌悪感をあらわにして付け加える。


「奴隷って言うのは、言ってしまえば自分に従順なペットみたいなものだ。自分の好みの女を良いなりに出来るし、性欲のはけ口に出来る。いくら嫌われようが、主人と奴隷の上下関係を築けば命令を拒むことは出来ない」


「・・・・・・・・・・・・・・」


 トーヤの言葉を聞いて、ラドルは黙っていられなかった。


「・・・・・・・・その奴隷市場まで案内しろ」


「ラドルさん、正気ですか?!」


 余りにも無茶な事を言うラドルに、サルサは顔を青くする。


「確かにラドルさんは、異世界人を単独で相手取ることが出来るほどに強いです。しかし、その奴隷市場は異世界人が好んで集まると言うことでしょう?そんなところに飛び込んだら、いくらラドルさんでも・・・・・・・」


「あんな奴らに後れなど取るか。チートだとか訳わからん物に頼り切りになるような奴らなど、たかがしれている」


「だとしても危ないですよ!!一対一にならまだしも、複数人に囲まれたら・・・・・それに、今回は依頼でも何でもありません。こんなことをしても一銭にもなりませんよ」


 そう言ってラドルを説得させようとするサルサ。そこにトーヤが口を挟む。


「ラドル様。その奴隷市場を潰す、という案には賛成しかねます。サルサ様の言うとおり、異世界人が一斉に集まるという事態は避けられないでしょう」


「そうです、トーヤさんからも言ってください」


 トーヤの言葉に乗っかり、サルサがラドルを引き留めるのを後押しする。だが、事態は思わぬ方向に転がることとなる。


「ですから、そのもっと先の方に目を向けるのです」


「・・・・・・・・・・・トーヤさん?」


 サルサは話の雲行きが怪しくなってきたのを感じて、顔を引きつらせる。


「考えても見てください。“異世界人”が都合良く集まる奴隷市場。そこに向かう彼ら奴隷商。その装備は“異世界”製。そして集められた女奴隷達・・・・・・・・これらをつなぎ合わせると、何か見えてくると思われます」


「・・・・・・・・・・・・」


 何やら感づいたようにラドルは眉を上げた。トーヤはそんなラドルに、こう切り出した。









「どうです?ここは一つ、でもしてみませんか?」

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