第5話 強引な開墾
広がっている景色はのどかなものだった。木造の家屋が建ち並び、木の柵で囲まれた畑が広がり、大きなため池が水を張っている。ワンピースにエプロンを着た獣人と思しき亜人がその畑を耕していた。見た目の年齢は人間で言うと9歳ぐらいだろうか、かなり若い、と言うよりも幼い。
そしてその獣人の少女に、何やらペラペラと話しかけている軽薄そうな少年がいた。その少年はラドル達の存在に気付いた。
「おや、お客さんかな」
ごく普通の格好をして居るサルサは兎も角、如何にも怪しげな格好をして居るラドル相手に怯まない当たり、異世界人の無謀さというか、思慮の浅さが目立つ。
「こんな所に村があるとは思いませんでしたねぇ。どうしてこんなところに?」
「ここは僕が作った村さ。この村の村長になるのかな。マサトっていうんだ。よろしく」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ラドルの胸ぐらいの高さまでしかない少年はヘラヘラと軽薄そうに笑う。やはりこのような異世界人の態度は気に触るのか、ラドルは黙りこくったままだ。
「お若いのに感心ですねぇ。しかし、ここまで広げるのも大変だったでしょう。どうやってこれを・・・・・・・・」
「それはこうやったんだ。試しに少し広げてみようか」
そう言って、マサトはラドル達がやってきた方を向いた。そして・・・・・・・・
「“開墾”!!」
「なっ!?」
「!!」
マサトがそう叫ぶと、一斉に樹木がドドドドドッ!!と轟音を立てて倒れた。倒れた木々は断面が斧によって切り倒されたようになっていた。
さらに、マサトはその異常とも言える力を振るい続ける。倒れた木々は一瞬で分解されて木材となり、切り株の植わっている土はボゴボゴボゴォッ!!と盛り上がり、上空に切り株を弾き飛ばす。そしてはじけ飛んだ切り株も分解され、木材となった。
「こ、これは・・・・・・・・・」
ラドルの代わりに交渉を行ったりすることの多いサルサも、この所業には言葉を失うほか無かった。こんなにド派手な音を立てて開墾なんてやっていたら、魔獣達が逃げていくのも無理はない。否、こんなのは「開墾」ではない。「破壊」だ。
「これが僕のチートスキル“開墾”さ!!こんな風に土地を開拓していって、自分の思うままに農地を広げられるんだ!!」
「マサト様はすごいんです!!この力のおかげで、メルたちの居場所があるのです!!」
マサトの隣でメルと名乗る獣人の少女が平らな胸を誇らしげに張っている。さらに騒ぎを聞きつけたのか、この村の他の住人達も集まってきた。メルの様な獣人の他、エルフやドヴェルグのような亜人も含まれている。けれども皆、女しか居ない。
これも異世界人の特徴の一つであり、彼らが何かを秘めているのか、それとも彼女らを本能的にかき立てているのか。多くの異世界人は女を従えて活動しているという。単純に冒険者のパーティに異世界人以外女になることはいつものことだし、非道いときは国一つ分もの女を洗脳しハーレムを作り出すことさえある。人間だろうと亜人だろうと、魔族だろうと喰ってしまう彼らに見境は無い。
「あら、マサトったらまた土地を広げたの?」
「ううん。お客さんが来たから、すこし見せてあげたんだ」
「せっかくですから、何か作って差し上げたいですわね」
そんなことを言う中、サルサはある疑問をぶつけてみた。
「成る程。ですがマサトさん。この樹海は魔獣がたくさん潜んでいます。彼らに対してどのような対策を取っているんですか?」
「なぁんだ、そんなことか」
拍子抜けた様な表情を見せたマサトは、まだ健全なまま残っている木に向かい合った。
「“伐採”!!」
右手をかざすと同時に魔力のカッターが飛び出し、ザシュッ!!と木を真っ二つに切り倒した。人の手でやれば随分時間が掛かるであろうそれを、何の苦もなく切り倒してしまったのだ。
「ね?このスキルを応用すれば、立派な武器になるってわけ!!」
「加えて、マサト様の作る柵には魔物よけの効果がありますの。それを張り巡らせれば、魔獣など寄りつきませんわ」
ド田舎にそぐわない上品な言葉遣いの女性はエルフだろうか。自分の力でも無いのに随分と誇らしげだ。
「さて、それじゃあ君たちをどうやってもてなそうか———————」
と言って家屋の方に向かおうとした時だった。
「もういい」
今まで無言を貫いていたラドルが、ついに口を開いた。ただならぬ雰囲気に、流石に全員が黙る。
「お前だな?この樹海の魔獣共を追い立てているのは」
「え?」
何のことか、と言いたげにマサトは首をかしげる。
「樹海の外で大騒ぎになっているんだ。本来樹海の奥深くに棲息しているはずの魔獣が降りてきているって。実際に被害が出ているし、何人も死人が出ている。こうなっているのも、お前達の仕業じゃ無いのか?」
「失礼だな!!勝手にそう決めつけているだけなんじゃないか!?」
「そうですよ!!マサト様がそんなことなさるわけがありません!!」
言いがかりのようなラドルの言葉に、マサトは流石に腹を立てる。他の少女達も黙っていないようだ。
だが、ラドルの言葉には明確な証拠があった。ラドルはただ自身の気迫と魔力で魔獣達を追い返していた訳ではなかった。ラドルは懐からあるものを取り出した。先日フケイナー樹海を巡回していた時に見つけたものだ。
「俺はこの樹海を見てきたが、妙なものを見つけた。水が無くなり乾ききった沼だ。生えていたであろう植物は枯れ、魚は死んでいた。そして水底にこの紅蓮の鱗が落ちていた。これがなんだか解るか?」
そう言って、村の中央にあるため池を指さした。そのため池には、かつて川だっただろう痕跡が残っていた。
「お前達が川をせき止めたせいで沼に水が入らなくなり、そこに住んでいた生物や魔獣が居なくなったんだ。しかもその沼の主は、よりによってベニダイショウだ。沼の水が無くなったって事は、奴は別の住処を探しに出たって事だ。あんな奴が野放しにされていたら、この樹海は危険なんてものじゃない!!」
「くっ・・・・・・・・・・」
流石にラドルの主張に、マサトは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。このため池を作るために川をせき止めたのも、底が見えないほどの深さに掘ったのもマサトの能力だ。思い当たる節があったのだろう。
「今なら痛い目には遭わせない。悪いことは言わん。今すぐここから出て行け」
高圧的なラドルの口調に、マサトの表情は苦々しいものからだんだん憤怒の形相へと変わっていく。
「だけど、僕はこの子達の面倒を見ているんだ!!」
そう言って少女達をかばうように手を広げて叫び返す。
「この子達は孤児だったり、家から勘当されたりして流れ着いた子達だ!!この場所を離れれば、この子達の住むところが無くなる!!」
「こいつっ!!」
ラドルは表情を険しくした。このガキ共を売るのか、そう言いたげな表情だ。
「いいか、僕には彼女らを養う義務がある!!そのためにここを明け渡すことは———————」
「俺からすれば、“僕はこの子達とイチャイチャしながらスローライフしたいから、ここから離れるなんて事は出来ないなぁ~”って言って居るようにしか聞こえないけどな」
「え・・・・・・・・・・」
「トーヤさん!?」
「おまえ・・・・・・・・・」
マサトの言葉を割って入ったのは、トーヤだった。ラドルと話していたときと打って変わって、あからさまに相手を罵倒するような口調になっている。
しかし、ラドルが驚いたのはそこではなかった。
「(魔力探知で周囲の状況は把握していたはず・・・・・・・いつこいつはここに居た?!)」
ラドルは自分の職業柄(?)常に周囲に気を張っている。自分を襲おうと潜んでいる者の魔力を察知するのだって、抜かりなく行ってきた。にもかかわらず、トーヤはそれをすり抜けてここに来たのだ。スキルで自分の居場所を完璧に隠し通す異世界人さえ見破れるのに。
「ラドル様の目的はわかっておりました。依頼内容だけ見れば至極単純でしたが、ターゲットとなるモンスター・・・・・・魔獣ですか、それの生息地を調べたときにすぐに解りましたね。職業病とは厄介なものです」
「しかし、だとしても俺がここに居る確証は無かっただろう?俺が異世界人目当てにこの依頼を受けたとは限らないじゃないか」
「そういう事も考えましたが、サルサ様との会話からラドル様は相当異世界人がお嫌いなのは承知しております。そして何よりもラドル様からは——————似たような匂いがする」
そう言いながら、トーヤはザッ、ザッと土を鳴らしながらマサトの方にゆっくりと近づく。
「おい、マサトとやら。その後ろの女どもを引き合いに出したところで、本質的な所は何も変わりないよな?“樹海の真ん中に村を作った”、“村を作ったせいで環境が破壊された”、“そして住処を追われた魔獣達が人里を襲うようになった”。この因果関係は覆しようがないけどな?寧ろ自分のしている事を正当化しようとして、後ろの女どもに責任転嫁している糞野郎だってことを露呈している事になるんだけど?」
「お、おまえええええええええええ!!」
トーヤの挑発に乗ってしまったマサトは激昂する。今にも先ほどの「伐採」が飛んできそうだった。
「(こいつ、相手をかき乱すのが上手いな)」
ラドルはトーヤの煽り口調に感心して居た。トウヤのように無神経に相手を逆撫でる訳でもない。シンのように愉悦の余り高慢になるのでも無い。唯々淡々と正論をぶつけて相手の主張を崩し、その奥にある相手の考えていることを罵倒交じりに暴き出す。口げんかでは一番相手をしたくないタイプだ。
「どうせオマエらのことだ。養ってやるんだとか大言壮語を吐いておきながら、本当は女の子達に囲まれて鼻の下伸ばしているんだろう?ケモミミ獣人の幼女に、爆乳の元ご令嬢、褐色肌の勝ち気な亜人っていったラインナップか?一々ツボにはまる性癖のオンパレードだな」
「いい加減にしろ!!彼女たちを侮辱するな!!」
そう言って、マサトはどこからともなく斧を取り出した。
「兎に角僕らはここから離れない!!これでも引かないようなら、僕は抵抗する!!」
叫びながら、マサトはブォン!!と斧を振るった。その斬撃はそのまま魔力のカッターとなって飛んでいき、トーヤの背後にあった樹木を切り裂いた。
「この野郎!!またやりやがって!!」
ラドルはマサトの所業に悪態を吐いていた。その間にも、マサトは「開拓」のスキルに内包される「工作」のスキルで木材をくさび形に加工して、それをトーヤやラドル達にミサイルのように撃ち出してくる。
「良いか!!ここは僕の居場所なんだ!!ここを冒すことは、誰であろうと許さない!!たとえ誰だろうとなぁああああああ!!」
「くっ」
「・・・・・・・・・・・・・」
飛んでくる楔のミサイルは一発一発が非常に重く、ラドルでさえ受けに回るのが精一杯だ。本気を出せば無論、こんな弾幕など切り抜けるのは容易いが、相手は異世界人。何をしてくるのか解らない。まだ全力を出すのには早い。
「マサト様!!お静まりくださいませ!!」
「危ないぞ!!」
取り巻きの少女達はマサトから離れ、必至に叫んでいる。しかし、怒り狂っているマサトには聞こえない。
「“栽培”!!」
そう言って何らかの種を足下にばらまいた。するとそれはすぐに発芽した後急成長、巨大な豆の木のような蔓へと成長した。それに加えて先ほどの楔のミサイルを作り出し、一斉放火の準備をして居る。
「(今のうちだ。奴の攻撃が止んでいる隙に、一発—————————)」
そして拳を握り込み、マサトに一発入れてやろうと身をかがめたとき。
パキィイイイイン!!と、マサトを中心に村が凍てついた。
「な、こ、こんな大規模な魔法を・・・・・・・・・」
サルサは今までに見たことがない光景に驚きを隠せなかった。マサトは村の真ん中で氷漬けになっていた。浮かせた楔も植物の蔦も、皆氷に鎖されていた。そのマサトを中心に村全体も氷に覆われている。畑も、家屋も、ため池も。村一つ分が氷に飲み込まれていたのだ。
「な、なん、で・・・・・・・・ブレイブワールドプログラムは・・・・・・?」
マサトは氷から脱出しようと必至にもがくが、まとわりつく白い結晶はびくともしない。こうしている間にもどんどん冷気に体温が奪われていく。
そんなマサトに、トーヤは長剣を抜いてゆっくりと近づいてきた。
「(大丈夫だ。僕には“クリティカルキャンセラ―”がある。致命傷さえ免れれば、どうにでもできる)」
マサトの口にした「ブレイブワールドプログラム」。簡単に言えばゲームシステムを加護という形で異世界人に授けられるものだが、その一つに「クリティカルキャンセラ―」というものがある。これは本来であれば致命傷になりそうなものを未然に防ぐ加護で、胸の真ん中や頸動脈など、損傷したら間違いなく命を落とすであろう部位を強力に保護している。だから、彼ら異世界人を倒すのは容易ではない。一撃必殺が狙えない以上、地道にその加護の一つであるHPを削らなければならない。
そしてトーヤは長剣の切っ先ををマサトの胸元に突きつけ、
ズチュッ、とそのまま突き刺した。
「ゴボッ・・・・・・・・・・!?」
大量の血反吐を吐きながら感じていたのは、痛みでは無く疑問だった。異世界人を即死から守ってくれる「クリティカルキャンセラ―」。それが働かなかったのだ。
「さっさと死ね」
「・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
長剣でマサトを串刺しにしたトーヤは、呪詛を吐きながら剣をひねった。傷口がこじ開けられ、ゴボッと大量の血がトーヤに降りかかる。マサトはしばらくビクンビクンと痙攣し続け——————やがて事切れた。
彼が死んだことにより、生み出された楔形のミサイルや植物の蔦はパリン、と粉々に砕け散った。
「そんな・・・・・・マサト様・・・・・・・・・」
家の壁に寄りかかりガタガタ震えるのは、獣人の少女メルだ。彼女以外にもこの村の住人と思われる少女達も居るが、彼女らは全員言葉を失っていた。この場に居合わせている、ラドルとサルサも。
「・・・・・・・・・・・」
彼らの視線が集まる村の中心の広場。驚きと恐怖の視線を一身に受けながら、トーヤはズリュ・・・・・・とおぞましい音を立てて長剣を引き抜いた。白銀に煌めく刃から血が糸を引いて垂れる。色あせた金の長髪で白地に金の刺繍で縁取りされたコートを纏う彼は、夥しい血を浴びて紅に染まっていた。
「・・・・・・・・・なぜ殺した」
「コイツが活動を続ければ、この森の生態系は間違いなく崩壊します」
ラドルは唸るような声で青年に問いかけた。トーヤはヒュンと剣を振るって血を払い、至って冷静に答える。辺りにビッ、と生々しい血痕が刻まれ、その瞳は氷の様に冷え切っていた。
「実際この森を追われた魔獣達が人里に現われ、無視できない被害が出ています。その原因は間違いなくこの村の存在・・・・・・もっと言えば、このクソガキがご自慢の“力”を振るうためです。ですから、このクソガキをどうにかしなければならないのは必然です」
「そんな事は解っている。だからといって、殺す必要はないだろう!!」
「・・・・・・・・・!!」
ラドルはドスの利いた低い声で唸った。ラドルを中心に緊張が広がり、少女達は一触即発の空気にただ息を呑んで両者を見守っている。
そんな緊迫した空気の中、青年は欠片も怯まなかった。怯むどころか、怒りに燃えるような、はたまた哀しみに沈むような、複雑な表情を見せる。
「仕方が無いでしょう。コイツがこのままこの世界に生きていても、コイツは害でしかありません。私達異世界人は、いわば“害獣”・・・・・・・この世界にいてはいけないのです」
その表情は、まるで自嘲しているかのようだった。
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