第4話 紅大将

 翌々日、ラドルとサルサ、そしてトーヤはフケイナー樹海に脚を踏み入れていた。ギルドに登録したてのトーヤはEランクだが、異世界では異世界人を取り締まりを行っている機関に所属しているだけあってなかなかの腕を持っていた。素人ならかなり苦戦するはずのテッコウセンザンをあっさりと屠り、一目散に怯えて逃げる彼らを瞬く間に全滅させるほどの腕前を披露していた。


「おまえ、本当に腕が立つようだな」


「まあ、そうですね。少なくとも中堅クラスであれば」


 今し方片付けたテッコウセンザンから剣を引き抜きながらトーヤは答えた。テッコウセンザンは全身を鋼鉄の棘と鋼の鱗で覆っているせいで攻撃がまともに通らないことが多い。そのため急所となる部分を的確に突く必要があるのだが、トーヤはその急所を瞬時に見抜いていた。身のこなしも「スキル」頼りの他の異世界人と違い、本当の意味で戦い慣れている動きをして居た。あらゆる意味で異世界人に飽き飽きしていたラドルが注目するのも納得がいく。


「ラドルさん、どうやらこの辺りの魔獣は片付いたようですね」


「それは良かった。さっさと次の狩り場に行くぞ」


 そういってこの場を立ち去ろうとするラドル。しかしその瞬間、トーヤが注意を促した。


「・・・・・・・・皆様!!」


「!!」


 トーヤとラドルはすかさずその場から飛び退いた。さっきまで二人がいたところを巨大な赤い何かがものすごい勢いで通り抜けていく。異様に体が長く、数十メートルはあるだろうか。


「チッ、来やがったか」


「シュララララ・・・・・・・・」


 忌々しげに吐き捨てるラドル。不気味なうなり声を上げてチロチロと舌を出し入れするのは、巨大な紅蓮の鱗を持つ大蛇だ。「夜王」ほどではないにしろ確かな実力者であるジェノスサゴルを一方的に絞め殺すほどの実力者であるその大蛇は、圧倒的体躯と紅蓮の鱗から、ベニダイショウ紅大将と呼ばれている。


「かかってこい」


 そう言って身構えるラドル。しかしラドルよりも実力は劣るがサルサよりは腕が立つ、トーヤに向かって突進してきた。


「!!」


 トーヤはすかさず跳躍し木の枝に飛び乗るが、さらにベニダイショウは追撃してくる。何とか紙一重で避け続けるトーヤは冷や汗をかいていた。


「(マズいな。余りこの力を余所の世界では使いたくなかったが・・・・・・・・)」


 間違いなく強いと判断したトーヤ。すると彼の瞳が蒼く輝き出す。ベニダイショウがトーヤにさらなる突撃をかましたとき、信じられない事が起こった。


「ええっ!?」


「・・・・・・・・・・・・」


 ベニダイショウが目もくれないおかげで奇しくも安全を確保出来ていたサルサが驚いた。急にトーヤの目が輝きだしたと思ったら、次の瞬間に別の木の上にいたのだ。彼が通ったと思しき後には蒼い光が尾を引いている。


「カァァアアアアアア・・・・・・・・」


 紅蓮の大蛇は大きく口を開けて威嚇していた。ベニダイショウは凄まじく凶暴な上に獲物を執拗に追い立てる性質があり、一度狙われると決して諦めない。その相手は自分と同程度の実力を持つと見定めた者だと言われている。心なしか笑っているように見える表情から、ベニダイショウは完全にトーヤを好敵手だと思っているようだ。


「こいよ」


 とトーヤがベニダイショウを挑発し、本格的に戦いの火蓋が切られた。ドドドドドッ!!という凄まじい音を轟かせながら、両者は樹海の木々の間を駆け回った。蒼い残光と紅い残像。二つの色が木々の間に張り巡らされていくような感覚に、呆気にとられざるを得ない。


 そしてしばし両者が飛び回った後、紅い方からブシャァアアアアッ!!と血飛沫が上がった。本体がすごい勢いで飛び回っていたため、辺りに血痕が散らばる。そこで両者は一度動きを止めた。


「・・・・・・・・・・・・」


「キシュー・・・・・・・・」


 トーヤは木の上に身をかがめ、ベニダイショウは木に巻き付いて様子を見計らっている。あのドッグファイトですれ違いざまに切られたのだろうか、紅い体には至る所に痛々しい切り傷ができていた。


 やがて両者にらみ合った後、ベニダイショウはズルズルと後ずさりし、そのまま森の奥へ消えていった。


「はあ・・・・・・・・すごいですね」


「おまえ、なかなか面白い戦い方をするな」


「まあ、そうですね」


 トーヤの戦い振りに感心している二人に、トーヤはどこか照れくさそうに答えた。


「向こうの世界では、基本的に我々は異世界人の攻撃などまともに受けられませんからね。特に私は防御面が改善不能なレベルで低いので・・・・・・・・必然的に回避優先の立ち回りになるのです」


「あなた方も大変ですねぇ」


 他人事のようにうんうんと頷くサルサ。その背後でラドルはトーヤの持つただならぬポテンシャルを感じていた。


「(こいつ・・・・・・ひょっとしたら俺より速いかもしれないな)」


 ラドルは基本的に圧倒的なフィジカルと膨大な魔力に物を言わせて、相手を力任せにねじ伏せるやり方を得意とする。特にフィジカルに関しては真正面から魔王、どころか異世界人の一撃を食らっても持ちこたえられるレベルだ。仮に今ベニダイショウがラドルを襲ったとしても、強引に受け止めた挙げ句殴り飛ばして終えていただろう。総合的なスペックならば、ラドルの方に軍配が上がる。


 しかしトーヤの戦いを見ていると、彼は圧倒的な速度で戦いを繰り広げている。テッコウセンザンを屠った際も相手が察知する前に仕留めており、今のベニダイショウもあの凄まじい速度に追いついて、しかもすれ違いざまに切り刻んでいる。瞳の残光しか残らない程の速さで攻撃するなど至難の業で、動体視力や技量も相当なものだろう。完全なスピード勝負になったら負けるかもしれない、そう思わせた。


「それにしても、こちらの世界ではモンスターが強くてうらやましいですね」


「モンスターが強くてうらやましい?」


 トーヤの言葉にサルサは疑問を抱かざるを得ない。普通魔獣が強かったら、それだけ被害を防ぎにくくなるだろう。それこそ、最低でもラドル程の実力者で無ければ相手できない様なものであればなおさらだ。


「ええ。異世界人を返り討ちに出来るほどの実力を持つ者が自然に発生するのであれば、それだけで奴らへの抑止力となります。我々の世界では、基本的に蹂躙される立場なので・・・・・・」


「そうか」


 ラドルはトーヤのような「対転生者特別防衛機関」が存在する理由をなんとなく察した。単純に傍若無人に振る舞うだけでなく、向こうの世界の魔獣達を見境無く殺して仕舞うのだろう。魔獣だって立派な原生生物なのに、異世界人はただの「経験値」としか見ていない。


 トーヤの戦い振りを見てもう一つ感じたのが、その命に対する考え方の違いだ。他の異世界人は上述のように自分の思うままに殺生を繰り返している。それに罪悪感など欠片も見られない。しかしトーヤは獲物を狩るとき、明確にそれを「獲物」と捉えた上で殺生を行っている。良い意味で命を奪うことにためらいが無いのだ。命を奪うことに対する姿勢の違いが、彼の目の色からわかる。それほどまでに、トーヤという存在が異質だった。


「そうしたら、おまえにここら一帯の掃討を任せても良いか?」


「かしこまりました」


「え?いいんですか?」


「今の戦い振りを見て解る。ベニダイショウを単騎で撃退できるなら心配は無い」


 そう言ってラドルが緊急用の狼煙をトーヤに持たせた。


「迷ったらすぐにこれを焚け。おまえならマップを見れば解ると思うが、念のためだ」


「助かります」


 そう言ってトーヤはラドル達と別れ、樹海の中を闊歩し始める。


「ラドルさん、いいんですか?流石に危ないと思いますが」


「あいつなら大丈夫だろう。好き勝手殺すような奴ではないし、状況判断に優れている。それよりも、俺にはやることがある」


「ちょ、待ってくださいよ!!」


 ラドルはラドルでずんずんと先に樹海の奥へと進んでいく。


「やる事って、まさか異世界人の村、ですか?」


「ああ」


 サルサの質問に、ラドルは声だけで反応する。


「あいつはさっき“異世界人の攻撃は受けられない”と言って居た。あいつなら巻き込まれるような事にはならないと思うが、足手まといになられるのはご免だ。それに、“対転生者特別防衛機関”って所に所属しているって事は、異世界人共を取り締まるための法律だの何だのを持ち出してくるかもしれないだろ。そうなったら面倒だ」


「あー、まあ、確かにそうですね」


 そんな話をしながらも先へ先へと進むと、急に開けた場所に出た。


「当たりだ」


「これがその村ですか」


 ラドルが真の目的としていたものが、そこにあった。


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