第3話 空から落ちてきた異世界人

 そんなわけで、ラドルは魔獣の討伐任務に赴いていた。と言っても、ラドル自身の圧倒的な実力に怖じ気付いた魔獣達は勝手に森に帰っていくのだが。


「ラドルさん、もう少し押さえないと。これじゃいつまで経っても依頼が終わりませんよ」


「無用な殺生はする趣味は無い」


 ラドルは辺りに魔力と以前、縄張りを拡大させてきたジェノスサゴル、その中でも強すぎる余り群れから孤立し、「夜王」と呼ばれる個体と戦ったことがある。あの時は自ら縄張りを広げて被害を出していたために一戦交え、熾烈な戦いの末に退けたのだが、今回はそれとは異なり、縄張りを追いやられた魔獣達だ。意図的に人里に攻め入っているのならば兎も角、追い立てられた者達を殺すような事はしたくない。


 そんな事を考えながら樹海を闊歩していたときだった。


「あれは・・・・・・・・?」


 ちょうど樹木の間から覗いた空を、何かが落ちてくるのが見えた。黒い煙が尾を引いているそれは・・・・・・・・・


「に、人間?!」


「ッ!!」


 サルサが叫ぶや否や、ラドルは飛び出した。そこらの魔族などよりも強靱な肉体を持つラドルは、常人では考えられない速度で樹海を駆け抜けていく。そして、その落ちてくる物体の近くまで来たとき、ラドルは跳躍した。


「(この距離なら届く)」


 生い茂る木々を飛び越え上空に飛び出したラドル。描いたその放物線の頂点で、その落ちてきた物体———————否、人間を抱きかかえた。そのまま抱きかかえた人物をかばうようにラドルは生い茂る木々に再び飛び込み、そのままズザザザザッ!!と滑るように着地した。


「(軽いな。コイツ女か?いや・・・・・・・・・・・)」


 落ちてきた人物は、一見すると女性のように見えた。色あせた金髪を背中まで伸ばし、白地に金の刺繍で縁取りされたコートを纏ったその人物は驚くほど華奢だった。しかしその顔つきは第二次性長期を終えた少年のようでもあった。

しかし、そんな事はどうでも良い。問題は何故空から落ちてきたのか、と言うことだ。それは本人の口から聞くしか無い。ラドルは一時近くの村にこの人物を運び込むことにした。


「全く、面倒ごとばかりだ・・・・・・・・・・」


 面倒臭そうに吐き捨てたラドルは踵を返し、おいてきたサルサの元に歩き出した。







 急遽近くの村に立ち寄ったラドルとサルサは、宿屋に落ちてきた人物を運び込んだ。宿屋の主人にはどう答えようかと思ったが、「樹海に倒れていた」とだけ伝えた。ちょうど落ちてくるときにラドルが居合わせただけだから、別に嘘では無い、と自らに言い聞かせて。


 それから村に居たというヒーラーを捕まえて、落ちてきた人物の治療を頼んだ。本当は以前リンカという少女が作ったという回復ポーションを使えば良かったのだが、そのポーションが原因で村が一度滅んでいる。どのような人物かも解らない以上、そんな冒険はすべきでは無い。


 そして一通り買い物などの用事を済ませた後に宿屋に戻ると、その怪我人が目を覚ましたと聞いた。運び込んだ部屋に入ると、寝間着姿で上体を起こしていた。


「回復したのですか。良かったですね」


「・・・・・・・・・・・・」


 サルサが声を掛けるが、その人物の顔色は優れないままだ。具合が悪いというよりも、何か後ろめたいことを隠している、そんな様子だった。


「おまえはフケイナー樹海で倒れていたところを保護された。一体何があった」


「・・・・・・・・・・・・」


 ラドルが問いかけるも、その人物は答えない。あからさまにラドル達から目をそらしている。


「おい、聞いているのか」


「・・・・・・・・・大変恐れ入りますが」


 ラドルが再度問いかけると、その人物は視線をそらしたまま申し訳なさそうに問いかけてきた。ようやく口を開いたが、ますます性別が解らなくなりそうだった。やや低めの女性にも聞こえるし、やや高めの男声にも聞こえる。色あせた金髪と雪のように白い肌も相まって、どちらかというと女性的な雰囲気を感じさせる。


「フケイナー樹海とはどこのことでしょうか、それから今私が居るところはどこでしょうか」


「俺たちがここに居るのはアットラー、フケイナー樹海はこの近くにある森林地帯のことだ」


「・・・・・・・・・・・・ちなみにではございますが」


 ラドルの言葉を聞いて、その人物は益々顔をしかめた。苦々しい表情でさらに質問を重ねる。


「・・・・・・・・・・“”という国をご存じでしょうか」


「ナーリャガーリ大帝国?聞いたことが無いな」


「ええ。オイラも知りませんねぇ」


「そうですかッ・・・・・・・・!!」


 ラドルとサルサの返答に、その人物はついに頭を抱えた。流石に苛立ちが限界を迎えそうなラドルは語調を強めて詰め寄る。


「さっきからなんなんだ。おまえは何者なんだ!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 しばらく頭を抱えたその人物は黙っていたが、やがて顔を上げて口を開いた。









「私はトーヤ・グラシアルケイプと申します。あなた方からすれば、私は“転生者”とか“異世界人”と呼ばれるものでしょう」








「・・・・・・!!」


 サルサは「異世界人」という言葉を聞いてますます身構える。元々今自分たちが受けている依頼も異世界人が関わっていそうだという見当が付いていたが、まさかこんなところで別の異世界人に遭遇するとは思わなかった。しかもよりにもよって、この世界に召喚される瞬間に立ち会うなんて。


 しかし、意外な反応を見せたのはラドルだった。


「異世界人・・・・・・・それにしては随分見た目が違うな」


「見た目・・・・・・そう言えば多くの異世界人の服装とは大きく異なりますね」


 言われてみれば、ラドルの言うとおりだった。トーヤという人物は名前こそ以前ラドルが相対した異世界人「トウヤ」に近い名前ではあるが、その風貌は大きくかけ離れていた。


 背中まで伸びた色あせた金髪に雪のように白い肌、そして氷の様に青い瞳。黒髪や栗色の髪が多く童顔よりな殆どの異世界人に比べて、どちらかというと自分たちに近い顔立ちをして居る。そして服装もかなり異なっていた。こちらに来たときは所謂Tシャツやジーパンと言ったラフな格好が目立つ異世界人に対し、トーヤは白地に金の刺繍を施したコートという、こちらの世界に居ても違和感の無いものだ。コートの下には黒いスーツを着ていたようだが、これもギルドの制服だとかと並べても地味すぎる程度で別段違和感があるわけでは無い。


 しかもレティシアという女のように「転生」した訳でもなさそうだ。そのこともあって、益々目の前の人物が解らなくなる。


「その様子だと、こちらの世界でも“転生者”が随分なだれ込んでいる様子ですね。ああ・・・・・なんと言うことだ」


「トーヤさん、さっきから気になってましたが、なんでそんな申し訳成ささそうにしているんですか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ラドルも同じ事を考えていただろうが、今のトーヤは妙に落ち着かない。不安とかそういったものでは無く、寧ろ後悔とかそういった色が強い。トーヤは、サルサの質問に対してしばし熟考していた。顎に手を当てたまま視線を左右に泳がせ続け、思考を巡らせる。


 そして観念したようにふう、と息を吐いて、答えた。


「・・・・・・・・私は“対転生者特別防衛機関たいてんせいしゃとくべつぼうえいきかん”という、異世界からやってくる“転生者”を専門に取り締まる治安維持組織に所属する者です。故に我々は“転生者”がもたらす被害については熟知しているつもりです。故に私が来たことでこちらの世界が荒れてしまわないか、心配で心配で・・・・・・・・・・」


「た、“対転生者特別防衛機関”?と言うことは・・・・・・・・・」


「ほう、なかなか興味深いな」


 ラドルはまたしても普段見せない反応を見せた。確かにラドルからすれば、異世界人が異世界人の取り締まりを行っているというのはなかなかに奇妙な関係だと言える。だからこそこの世界にたどり着いてしまったのが気に病んでいるのだと理解できる。


「ラドルさん、どうしたんですか?異世界人を目の前にして居るというのに・・・・・・」


「いつも言って居るだろ。俺は別に異世界人が嫌いなわけじゃ無い。迷惑を掛けるそいつらに仕置きしてやるだけだ」


「と言うことは、私がこちらに来たことで混乱が起きているわけではないようですね。良かった・・・・・・・・・」


 二人の反応を見たからか、トーヤは少し安心した様子を見せた。


「しかしどうしましょうか・・・・・・・どうにかして戻らないと」


「申し訳ないですけど、オイラもどうやって帰るのかは知りません。不本意かもしれませんけど、こっちの世界で生活しながら探すしか無いでしょうね」


「ええ、そうですね。そうしたら生活する術を見つけなければなりませんが・・・・・・」


 そう口にした所に、ラドルが割って入った。


「だったら、俺の依頼を手伝え。今すぐには無理だろうが、ギルドに冒険者登録して来れば、受けられるはずだ」


「ラドルさん、本当にどうしたんですか?」


 思いも寄らない提案にサルサは困惑する。ここでトーヤに依頼を手伝わせるというのは、自分の取り分を減らすことを意味する。彼が金銭的に困窮しているのはいつものことだからこそ、ここでトーヤに提案する意図がわからない。


「何度も言わせるな。俺は異世界人を嫌っているわけじゃ無い。デカい面をしたいがために結果を無視し身勝手に振る舞う奴が嫌いなんだ。こいつ自身がどう思っているかは知らないが、少なくともこっちの世界に馴染もうとしている以上、今は敵対すべきでは無い。そう判断しただけだ」


 ラドルはふいっと踵を返して、部屋の扉を開けた。


「少しだけ待ってやる。さっさとギルドに登録に行け」


「ありがとうございます。ラドル様」


 ベッドの上でペコリと頭を下げるトーヤ。サルサが口にしていたことからラドルの名前を察したのだろう。素直になれないラドルはそのまま部屋を出て行ってしまった。残されたサルサは呆れたように帽子を被り直して笑った。


「あまり気に病まないでくださいね。ラドルさんって、ああ見えて優しい人なんですよ。ちょっと不器用なだけで」


「そんな感じがします。なんとなく親近感を覚えますが・・・・・・・・」


「なぁんだ。あなたもそんな感じなんですね」


 サルサはケラケラと笑いながらトーヤと会話をする。


「しかし、やっぱりラドルさんも紳士なんですね。女性の方にはやっぱり目に見えて優しくなります。あなたがで良かったですね」


「・・・・・・・・・・え?」


 サルサの言葉に、トーヤは顔を青くする。


「今までも女性の異世界人に会ったことはあるのですが、ラドルさんが女の方に手を上げたことはありませんでした。もしあなたが男性だったら、もう少し刺々しかったかもしれませんねぇ」


「・・・・・・・・・・・・・・」


 すると、トーヤは露骨にサルサから身を引くような仕草を取った。


「あの・・・・・・・・私、なんですけど」


「え?」


 予想だにしない返しに、サルサは一瞬きょとんとしてしまった。


「まあ、確かに自覚はしています。私は魔力に対する抵抗力が余りにもないので、魔力による身体能力強化を常人以上に引き受けてしまいます。そのせいで筋肉を必要以上に発達させる必要が無く、結果として骨格が女性寄りになってしまう、と言うのが実状ですが・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 サルサは自分の背中にドッと脂汗をかくのを感じた。そりゃこれだけ綺麗な髪質で雪のような肌の美しい姿をしているのだから、女性に見まがうのも当然だ。しかしそれでも、相手の性別を間違うというのは紳士として——————否、一般的感覚から見ても失格だ。


「もしかしてラドル様という方は・・・・・・・うわぁ」


「(ラドルさん、どうやらトーヤさんに悪印象を与えてしまったようです。ごめんなさい)」


 サルサは心の中でラドルに謝った。ラドルはトーヤが男だと言うことを見抜いた上でこのように接していたことは、サルサには知るよしも無い事だった。

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