第2話 樹海に現われた村

 その日、ラドルは森の中を歩いていた。黒いローブを纏ったハーフの魔族の青年は、眉間に皺を寄せてぶつくさと文句を垂れていた。


「全く、異世界人共はろくな事をしない」


 彼の口から出た「異世界人」。彼らは召喚の儀式を経て別の世界からやってきた者達だ。召喚の儀式は別の世界に存在する、勇者の素質のある者を呼び寄せる術である。これによってこの世界にはばかる「魔王」を討つべく異世界人を召喚し、彼らを討って絶たんとするのが教会の目的だ。


 そして彼ら「異世界人」を呼ぶ最大のメリットが、彼らだけが受けられる恩恵「ブレイブワールドプログラム」である。これは様々な機能を内包した特殊な加護で、言ってしまえば「ゲームシステム」をそのまま持ち込んだようなものだ。これによって彼ら異世界人は並の冒険者はおろか、魔族さえ凌駕するほどの莫大な力を持つのだ。


 だが、彼らはこの世界の事について余りにも無頓着すぎた。彼らは「ブレイブワールドプログラム」のシステム加護にあやかる類い希なる存在であるのは間違いない。だが、それ故に自らを「最強」だとして錯覚してしまうのだ。厄介なことにそのシステム加護はまんま「ゲーム」のものと酷似しているがために彼らは現実感が薄れてしまい、躊躇無く殺人や殺戮を犯してしまう。彼らにとって人間や魔族はいい「経験」になるからだ。


 そしてラドルも、その被害者の一人だった。


「カルガの森林地帯の魔獣の掃討、か。字面だけなら単純なんだがな」


 今回引き受けた依頼の内容だが、それと彼が異世界人に腹を立てていることに因果関係があるとは一見思えない。だが、ラドルは確信していた。


 その背景に彼ら異世界人が関わっていると。









「魔獣が人里近くに現われるから、それを討伐してこい?随分単純な依頼だが」


 サルサが見せてきた依頼書の内容を見て、ラドルは唸った。サルサはラドルと手を組む情報屋で、自分の縄張りの中であればすぐさま情報を持ってくる頼もしい存在だ。


 そんな彼が、ギルドからの依頼を「買ってきた」という。その内容に、ラドルは首をかしげざるを得ない。


「出現魔獣はテッコウセンザン、ベニダイショウ、そしてウルバヒドラか・・・・コイツらは・・・・・・・」


「ええ。いずれも自分の縄張りから出ない奴らばかりですね」


 テッコウセンザンは高さが50センチほどの獣で、ヤマアラシのような体にセンザンコウのような尻尾を持つ。体毛が変化した棘と尻尾を覆う巨大な鱗はテッコウの名にふさわしく金属で出来ている。


 ベニダイショウは全長が数十メートルにも及ぶ巨大な紅蓮の蛇で、ジェノスサゴルをも締め上げてしまうほどの強靱な肉体と噛みついた者を熱病に冒して殺して仕舞う猛毒を持つ。


 そしてウルバヒドラは真っ白なぬめり気のある体表に包んだ異形のトカゲだ。頭部は爬虫類然としたものではなく、喇叭ラッパのような口に4本の毒棘を持つ触手が生えている不気味な姿をしている。そんな見た目ながら上記2種よりも格段に強力で、一部ではドラゴンの一種では無いのかと噂されている。


 しかし、いずれも己の縄張り内からは出ないという生態を持つ。テッコウセンザンは見た目こそ厳ついものの気性自体は非常に臆病で、下手に刺激しない限りは襲ってこない。ベニダイショウは非常に凶暴だが、土砂を含む濁った水辺に棲息している。そしてウルバヒドラは洞窟の中に棲息しているため、そもそも目撃例自体が少ない。


 そんな彼らが人里近くに降りてくるなど、考えられない。


「参加報酬三千エドルン、成功報酬十八万エドルン・・・・とんでもない高額だな」


「この前の村の呪いの件よりかは少ないですが、それでも破格といえる金額ですねぇ」


 以前に村人の謎の死を調査するという依頼があったが、あれは数ヶ月経っても解決できない迷宮入り事件だったため、報酬がつり上がっていた。それに対して今回の依頼は、単純に相手がどれも曲者揃いだからということか、危険度ランクが早々にSと定められていた。


 そしてサルサがわざわざ依頼を買い取ってまでラドルの元に寄越したのには、それ相応の理由があった。


「で、肝心のこの依頼ですが・・・・・・どうやら異世界人が関わっているようなんです」


「何!?」


「(食いついた!!)」


 ラドルの豹変振りを見て、サルサは心の中でほくそ笑んだ。ラドルは訳あって異世界人を非道く嫌っている。本人曰く「異世界人が嫌いなんじゃ無い、面倒ごとを起こす異世界人が嫌いなんだ」との事だが、彼が異世界人に笑顔で接しているのを見たことがない。心の奥底では異世界人を心底嫌っているのか、それとも異世界人が軒並み彼の逆鱗に触れるような人物なのか・・・・・・いずれにしても、サルサからは彼が異世界人嫌いにしか見えないのだ。


「情報に依りますと、彼らの共通の生息地であるフケイナー樹海の奥に、どうやら小さな村があるそうです。その村には不思議な力を持つ少年がいて、その少年がその力を使い開拓したらしいと」


「フン、どうせろくな力じゃ無い。“チートスキル”とかいう借り物の力だろう?」


 ラドルはグラスを一息に煽りで、ゴトン、と叩きつけるように置いた。


「要するにその場所を突き止めて、そのガキと村をどうにかすれば解決するだけだ」


「ダメですよ、ラドルさん。そしたら依頼をこなしたことにならないじゃ無いですか。それじゃせっかくオイラが依頼を持ってきた意味がなくなるでしょう」


「そんな事はないだろう。用はこの依頼自体を達成した上で、元を叩けば良いだけの話だ。やるべき事をやった上でその大本を絶つ。そうすれば今後も同じような事は起こらないはずだ」


「ああ~、まあ、確かにそうですね」


 以前、とある異世界人のせいで村一つが壊滅したことがある。結果的に言えばその異世界人が作ったポーションが原因なのだが、彼女自身は善行だとして行っていたことであり、大変不本意な結末となってしまった。いくら何でも流石に情けを掛けたラドルは、その村の壊滅理由の調査の依頼を泣く泣く諦めるという事をして居る。


 今回は依頼自体はその異世界人と関わっていないだろうとラドルは判断した。


「それじゃあ決まりですね」


「ああ。降りてきた魔獣を叩き、その元凶も絶つ」


 ラドルはパァン!!と思いっきり膝を叩きながら、勢いよく立ち上がった。


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