本当の願い
「本当に……
「ん……。あれから色々考えたんだが……やっぱり、あの人は俺の父親だ。悠生としても……ユーセとしても」
東京での最後の戦いに臨む前。
リビングにあるソファーの上で肩を寄せ合いながら、俺は
「前の俺は何もできなかった。ただ願って、それが叶っただけ……おかげで俺は君と会えたけど……でも、それは俺自身の力じゃなかった」
「悠生……」
ずっと引っかかっていた。
永久と出会えたことにじゃない。
あのときの俺は、ただ〝願っただけ〟だ。
友だちが欲しいと、ただエールに願っただけ。
それが偶然エールに届いて、エールは俺の所に友だちになりに来てくれた。
俺たちの出会いは、本当に些細な偶然……。
都合良く人の願いを叶えてくれる、エールという神に与えられた出会いだった。
だから……ただ〝幸せを与えられただけの俺〟には、どうして俺が幸せでいられるのかも、その幸せがどんな意味を持っているのかも、何もわからなかった……。
けどな――――。
「でも〝今は違う〟だろ? 俺と永久はまた出逢って、ユーセとエルだった頃よりも仲良くなって一緒にいる。それは〝今度こそ〟、俺たちが二人で頑張ったからだ」
「うん……っ。私も、そう思います……っ」
そうだ。
俺たちは、また出逢えたじゃないか。
数え切れないほど殺されて、とっくに記憶なんて残っていなくても……それでも俺は永久と会えた。永久を好きになれた。
それから降りかかった困難も全部叩き潰して、ずっと一緒にいる。
それはもう、与えられた幸せじゃないはずだ。
俺たち二人が自分で掴んだ幸せのはずだ。
俺はもう、この幸せの意味を知っている。
永久と一緒に生きていける素晴らしさを知っている。
この幸せを続けるために、何をすればいいのかも――――。
「だからこそ、あの人とは俺がやらないといけないんだ。与えられた神の力じゃない……今度こそ、俺自身の力で……!」
「わかりました……。悠生のこと、信じてますから……っ!」
――――――
――――
――
「お前さえいなければ……お前さえいなければ俺は……! お前の父として生きていられたのだ……! 愛する妻は俺の腕の中で消えた……! 俺の希望だった我が子は……俺自身の手で殺したッ! この苦しみ……お前ごときにわかるものか――――ッッ!」
「が…………ッ!」
父さんの絶叫が、無数の刃と混ざり合って降り注ぐ。
俺はもう動くことすらできず、ただ拳を握り、致命の一撃をなんとか逸らし続けることしかできなかった。
周囲の地面が一瞬で跡形もなく砕け散り、結晶の壁面に無数の断層が刻まれる。
「俺にはもうエールだけだ……! エールだけが俺の希望なのだ……! エール、エール、エール……ッ! どこにいるエールよ……!? 頼む……! 〝また俺の願いを叶えてくれ〟……! あのときと同じように、俺の〝愛する家族〟を蘇らせてくれ……!」
「と、うさん……っ!」
終わりなく襲いかかる斬撃の向こう。
父さんはその両目から、涙にも見える血を流して叫んでいた。
もう俺にはわかっていた。
〝エールの願いを叶える〟という親父の目的が、ただの〝建前〟だってことは。
エヌアを倒したときに願った殺意も、エールを手に入れた後に掲げた大義も。
そのどっちだって、父さんの本当の願いなんかじゃなかった。
〝どうか、もう一度愛するイーアに会わせて下さい。生まれてくるはずだった我が子を、この腕に抱くことをお許し下さい。それが叶うのならば、私は全てを捧げて神々に尽くします〟
〝イーア……ユーセ……お前たちがいつまでも幸せであってくれることが、今の俺の願いだ〟
父さんの本当の願いは、あのときから何も変わっちゃいない。
他の奴らから迫害され、日々の暮らしが貧しくても……それでも大切な家族と、仲間と一緒に暮らしていたあの頃とずっと同じだ。
〝愛する人と共に生きること〟
最初に俺たち家族を失ったときから、父さんはずっとそれだけを求めて……また家族を失うかもしれない恐怖から、逃げるように走り続けていた。
エールを取り戻すことができれば、またあの頃の幸せが戻ってくる。
死んでしまった母さんや、手にかけてしまったユーセとまた会える。
父さんはそれだけに縋って……一万年もの間、生き続けてきたんだ。
「ごめん…………。ごめんなさい……お父さん…………っ」
「……!?」
「ずっと一人にして……ごめん……っ。あのとき、謝れなくて……ごめん……っ」
「な、にを……!? 今さら……謝ったところで……ッ!」
「怖かったんだ……あのときは怖くて……父さんと話せなかった……! 自分がやったことも、なにもわかってなくて……! なにを話せばいいのかも、わからなかった……!」
進む。
あらゆる存在が跡形もなく消滅する塵殺の領域を。
逸らしきれなかった斬撃が俺の肉を切り裂く。
だがその傷跡はすぐさま閃熱を放って塞がり、俺の体を力強く前に押した。
わかっていた。
父さんが、本当は今もあの頃と変わっていないのは。
だって父さんは……俺に〝同じ名前〟をつけてるじゃないか。
完成した〝聖杯〟……自分の願いを叶えてくれる女性に、生まれてくるかもしれなかった〝娘の名前〟をつけてるじゃないか――!
「俺がここまでこれたのは、父さんのおかげだ……! でも貰うばっかりで……俺はまだ、父さんになにも返せてない……!」
「なんだ、この力は……!? なぜ、俺の刃でお前を殺せぬ……!? 俺の刃は、お前の拳を上回っているはず……!」
父さんが下がる。
あと少し。あと少し進んで手を伸ばせば、父さんに手が届く。
俺の胴体が、頭が、四肢が千切れ飛びそうな斬撃を受ける。
だがそのどれ一つとして、完全な両断には至らなかった。
〝拳を握る限り不滅〟
格上相手には容易く無効化される仮初めの不死。
しかし今、俺の持つ数少ない力は、圧倒的に力で勝るはずの父さんの攻撃から、俺の肉体をギリギリで防いでいた。
まだ死ねない。
俺の拳は……。
一万年前に願った俺の力は、今この時のためにある。
輝く太陽の熱が左右の拳から全身に広がる。
父さんの刃から受ける傷が徐々に浅くなっていく。
「やめろ……! 俺に近寄るな……! 俺を父と呼ぶな……! 俺に、謝るな……! その目で……ユーセと同じ目で、俺を見るなあああああ――――ッ!」
「父さん……っ!」
あと数歩。
あと数回足を前に進めれば、俺の手は父さんに届いたはずだった。
だがそのとき。
父さんは極大の殺意を収束させ、俺めがけて振り下ろした。
振り下ろされた刃は軌道上のなにもかもを削り取る。
もしそのまま喰らえば、今の俺でも跡形もなく消え去っていただろう。
だが――――。
「いいえ……我が君。どうか、貴方の大切なご子息のお話を聞いてあげて下さい」
「……ッ!?」
「ヤジャ……先生……っ!」
だが、父さんの刃が俺に到達する直前。
父さんの背後に、
ヤジャ先生の持つ〝
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