今も父のままで


“父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのか知らないのです”


『ルカの福音書 23章34節』



 淡く輝く結晶の地下空洞。


 太極の根の胎動が地の底から響き、そこで対峙する俺たちの頭上に、光で描かれた聖書の一節が浮かぶ。


 この戦いの直前、山田は俺に言っていた。


 俺たちがよく知る一般的な聖書の原本は、親父に仕えていた〝記の王ロード・バイブル〟……ヤジャ先生が書き記した物だと。


 ヤジャ先生が持つ〝聖書〟の力は過去を保存し、保存した出来事から未来への流れをゆるやかに操作する。


 同じくヤジャ先生が作り出した円卓の〝聖像イコン〟には、刻まれた者の運命を〝殺しの者の一族〟として固定し、強化する効果があるらしい。


 そして聖像を刻まれた者同士が対峙し、その力が共に強大だったとき……聖像はその場に、互いの力に応じた〝運命の暗示〟を映し出す。今まで俺が王と戦うたびに見ていたこの現象も、聖像に刻まれた〝俺の運命〟だったってことだ――――!


「最後だ……来い、悠生ゆうせい

「打ち砕く……ッ! 俺の運命……そして、アンタの運命も!」


 仕掛ける。

 

 俺は静かに息を吐くと、太極の根を背にして泰然と構える親父めがけて加速。

 音も、光すらも置き去りにして固めた拳で殴りかかる。


「いい動きだ。さらに腕を上げたか」


 正面から繰り出した俺の拳を、親父は涼しげに掲げた片手で防ぐ。

 紫色に輝く親父の受けと俺の拳が拮抗し、激しい閃光と衝撃の渦を巻き起こす。


 だが、俺はすぐさまその拮抗状態から飛び退く。そして俺が飛び退いたと同時、俺がそれまでいた場所に無数の爆炎が巻き起こり、えぐれるようにして地形が変わる。


 俺は飛び退いた勢いそのまま後方の壁面に着地すると、一瞬の停滞もせずにその場から跳躍。二度、三度、四度と壁面を不規則に蹴り跳ね、親父の死角から飛びかかる。だが――!


「チッ……!」

ヴォルテクス……。あらゆる殺しの技は、俺の中にある」


 瞬間、俺の真下から全てを呑み込む渦が巻き起こる。

 これはそこで転がってる〝渦の王ロード・ヴォルテクス〟の力だ。


 現れた渦は一瞬で俺の全身を呑み込み、かつて俺が渦の王相手に喰らったときと同じように、俺の全身をズタズタに引き裂こうと牙を剥く。


「言ったはずだ、俺の〝器は完成した〟と。今の俺を倒せる者など存在しない」

「ハッ! そいつはどうかな!?」

「ッ!?」


 とっくに鈴太郎りんたろうから話は聞いていた。

 エリカの心の中に現れた親父は、全ての殺し屋の力を使っていたってな――!

 

「オオオオオオオ――――ッ! らぁあああアッ!」

「ぐ――ッ!」

「まだまだぁあああああッッ!」


 全てを呑み込む渦が粉々に弾ける。


 破滅の渦を一瞬でぶち抜いた俺は、燃え盛る両拳を親父の鳩尾に同時に叩き込む。

 俺の一撃をまともに受けた親父の体が後方に吹き飛び、俺はすぐさまそれを追撃。


「ならば……! スティールよ、俺に従え……!」


 弾かれつつも、親父は即座に空中で体勢を立て直す。そしてそれと同時、追撃する俺を上下から挟むように、瞬間的に巨大な〝つらら状の鋼〟を出現させる。


 渦の次は鋼。

 親父は次々と王クラスの力を展開して俺を翻弄しようとする。けどな――――!


「遅い――!」

「な……!?」


 だが俺はその鋼すら易々とぶち抜き、一切速度を緩めずに親父に肉薄。互いに錐もみ状の軌道を描いて加速すると、息すらかかる至近での乱打戦へと雪崩れ込む。


「そんなもんで俺を殺れるかよ! 抜け、親父……! お前の〝聖剣〟をッ!」

「蛇が……! 調子に乗るなよ……ッ!」


 瞬間。親父が右手を刃の形に固める。すると周囲の空間から紫色の閃光が瞬き、俺めがけて無数の斬撃が巻き起こった。


「く……っ!? が……っ!」

「クク……ッ! 真の力を取り戻した俺の刃……お前ごときに見切れる物ではない……!」


 刃と拳。

 互いの命を一瞬で刈り取る致命の殺意が万を超えて乱れ飛ぶ。


 極限まで研ぎ澄まされた俺の感覚は迫り来る全ての刃を捉えていたが、嵐のように降り注ぐ斬撃全てを受けきることは不可能だ。


 親父の刃に晒された俺の全身が一瞬で斬り裂かれ、鮮血は地面に落ちるより早く粉々に砕けて蒸発する。


「あの時だけではない……俺は今まで、こうして何度となく蘇るお前を殺し続けてきた! 俺に殺され続けることこそが、お前が犯した大罪への報いなのだ……!」

「ハ……ッ! そいつは、どうかな……!? 俺もいい加減〝殺されすぎて〟、目が慣れてきたぜ……!」

「なに……!?」


 襲い来る刃の嵐。

 その中で俺はただひたすらに拳を振るい、一歩一歩前に進む。


 もうあの時とは違う。


 親父の本気の殺意と斬撃を正面から受けてるってのに……それでも俺は、まだ死んでいなかった。

 


〝僕にもっと勇気があって〟

〝僕がもっと強かったら〟



 そうだ。

 もう、俺の願いは叶っている。


「強くなりたかった……あのとき、〝父さん〟から逃げずに……ちゃんと、父さんと向き合えるくらいに……!」

「なに、を……!?」


〝僕〟は強くなりたかった。


 どんな困難も、この握った拳で打ち砕けるくらいに。

 どんな困難にも砕けない、強い体に生まれたかった。

  

 もしもあのとき、僕がもっと強かったら。


 大好きなエルを……大好きな〝父さん〟を守れるくらい強かったら。

 父さんがこんなにも苦しむ必要なんて、なかったはずなのに……!


「俺の願いは、もう叶ってる……! 今度は俺が……父さんの願いを叶える番だ……ッ!」

「……っ!? お前が……俺の願いを叶えるだと……!?」


 一瞬。


 俺を見る父さんの青い瞳に、狂気以外の感情が映った。

 だがその光はすぐに消え、深く黒い殺意の中に呑み込まれる。


「ふざ、けるな……ッ! お前だ……! 俺の願いを踏みにじったのはお前だ……! お前が俺からエールを奪いさえしなければ……! 俺は今でも……〝お前の父でいられた〟んだ――――ッ!」

「ああ…………」


 そのとき、俺の目の前で父さんの力が一気に膨れあがる。

 

 荒れ狂う刃。

 入り乱れる無数の殺し屋の力。


 それは、全ての命を呑み込むような塵殺の領域だった。


 俺の周囲の空間そのものが父さんの刃に削り取られ、跡形もなく消えていく。

 数え切れないほどの超自然現象が炸裂し、俺の体を吹き飛ばす。

 

 究極まで圧縮された至純の破壊と殺意。


 だが――――。


 だがそれでも俺は……その嵐の中、砕けずに生きていた。

 もう二度と、〝大好きな父さん〟に辛い思いをさせないために――――。


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