黒い意思


「ぬわーーーっ!? あれほどの傷がたちどころに治ってしまったぞっ!? このような施しを受けては、この私も爆弾娘に感謝せねばなるまい……! ありがとうっ!」

「こりゃあ驚いた……前にここで君と戦ったときとは、炎の性質がまるで変わっちゃってるよ。若人三日会わざれば刮目して見よ……ってとこだねぇ」

「どうかお気になさらず。お二人の方こそ、先ほどは鈴太郎りんたろうさんに力を貸してくださって、ありがとうございました」


 なんとか獣の女王を倒した僕たちは、ボロボロになったシュクラさんとシャニさんを助け起こしていた。


「お二人とも無事で良かったです……。でもまさか、あんなよく分からない人が円卓の王に紛れていたなんて……」

「円卓だけではありません……すでに、我ら六業会に潜みし闇の手によってインドラが討たれました」

「え……っ!?」


 エリカさんの炎で治療を受けたシュクラさんとシャニさん。

 薄暗い大穴の横で事情を聞く僕たちのところに、後ろから緊張した様子の母さんがやってくる。


 インドラ様が討たれた……それも、僕たちを先に行かせてくれたレックスさんや王の二人じゃなくて、六業会の裏切り者に……っ!?


「そうそう、そうなのよ。俺たちはインドラ様の力で互いに連絡を取り合ってたからさ。でもそのインドラ様が真っ先にやられちゃってね……」

「よもやよもやと慌てていたところを、先の女に襲われたのだ。まあ……正面から戦っても勝てるかは怪しい相手だったがな」

「どういうことなの母さん……!? 僕たちはここに来る前にインドラ様と戦ってて……あそこにはまだ、僕の友だちもいてっ!」

「インドラを討ったのは、我ら九曜の双子星……計都ケートゥ羅睺ラーフです。こうなってしまっては、あの二人が〝本当にそうだったのか〟すら怪しいですが……」

「あの二人が……!?」


 その話に、僕は心の奥底から得体の知れない不安が広がっていくのを感じていた。

 あの二人のことは僕もよく知ってる。僕が小さい頃に六業会に拾われて、熱心に母さんやインドラ様の元で修行に励んでたのに……。


 そういえば……さっき獣の女王を見た悠生ゆうせいも、彼女が本人なのか信じられないみたいだったけど――――。


「……私は以前、スーリヤ様との対話の際に聞いたことがあります。〝かつての主と、その主を守護する四柱の神は、まるで我らが堕落するのを待っているようだった。底知れぬ闇のようだった〟と……」

「かつて仕えていた主……? それ……もしかして……っ!?」

「円卓の父が忠誠を誓い……そしてその心を踏みにじった預言者のことでは……っ?」

「そこまでは分かりません……ですが、その際にスーリヤ様は私に警告してくださっていました。主と四柱の神の力は絶大。九人の使徒は皆怯え、敬い、決して逆らうことはできなかった。そしてそれこそが、我ら使徒の過ちだったと……」

「やっぱりそうだよ……! それって……預言者エヌアと……四体の、神……っ」


〝ぼくはキシャール……全世を支えし空と境界の神〟


 僕の脳裏に、さっき戦った獣の女王の言葉が蘇る。

 あの人は、自分のことを神さまだって言ってた。


 もしあの人の言葉が全部本当だとしたら……。

 あの人が本当に神さまで、僕たちを試すために機会を伺ってたんだとしたら。


〝やっぱりきみたちは聖人にはほど遠い……エールの力をすぐに都合良く使って……堕落して、欲に塗れていく……〟


 そうだよ……!


 母さんが聞いたっていうスーリヤ様の話も、さっきキシャールが言ってたことと一致してるじゃないか――――!



『あの場での迫真の演技には、作られた身である私も笑いを堪えるのに苦労しましたよ。自らばらまいた病に、貴方自身がかかることなど決してないというのに』


『アルトは実に御しやすく、殺してしまうには惜しかった。あの無垢な心と私への忠誠……〝犬〟にも似て、実に愛らしい奴よ』



 山田さんに見せて貰った円卓の父の……ううん、〝悠生のお父さん〟の記憶――――。


 誰よりも奥さんのことを思って、みんなのことを思って、国のことを思ってた。

 どんなに辛くても我慢して、バラバラになるような苦しみにも、涙を流して耐えていた。


 僕はまだ忘れていない。


 そんなお父さんのことを嘲笑ったエヌアの言葉を。

 大したことじゃないと笑い飛ばす神さまの言葉を……!


「急ごう……っ! 悠生のところに!」

「はいっ! お供します、鈴太郎さんっ!」

「我らも共に行きますよ、鈴太郎。こうなってしまっては、もはや円卓や六業会という小さな枠組みで収まる事態ではありません……この地を守護する力ある者として、今こそ責務を果たしましょう」

「うむっ! さっきはあっという間にやられてしまったので使う機会がなかったが、私にはまだ奥の手の合体ロボが残っているっ! 今度こそ役に立ってみせるぞっ!」

「なら、俺は皆々様の影から石とか飛ばして応援する役でお供しますわ……」


 そう言って、みんなは僕に頷いてくれた。

 

 一度心の中に広がった不安がすっと引いて、僕はそのまま真っ先に目の前に開いた巨大な穴に飛び込んだ。


 急がないといけない。

 早く、悠生や永久とわさんのところに……!


 繋がり始めた色々なこと。

 僕たちみんなの願いを踏みにじろうとする黒い意思。


 僕はそれに向かって怒りを燃やして、大切な友だちの元に急いだ――――。





 To be continued

 悠生視点に移行――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る