神代を超えて


「勝負など初めからするまでもありませんが……お義母様がそう仰るのでしたら、受けて立ちましょうっ!」

「いいでしょう……そのような絆、所詮一年にも満たぬ薄紙のような縁に過ぎません。私と鈴太郎りんたろうを繋ぐ血と想いの前に、跡形もなく散るがいい……ッ!」

「あ、あの~……? 今から戦うのはお二人でじゃなくてですね……そちらで待ってくれてる獣の女王さんを倒すんですからねっ!? そこのところお願いしますからねっ!?」

「そのようなこと――!」

「――言われるまでもないッ!」


 獣の女王そっちのけで、バチバチに火花を散らすエリカさんと母さん。

 そのまま二人で戦いだしそうな勢いだったけど、僕の声に応えた二人はちゃんと獣の女王めがけて灼熱の炎を叩き付ける。


「さっき〝三人がかりでぼくに負けた〟のを忘れたの……? いくらエールの力があっても、それっぽっちじゃぼくには勝てない……」

「さて、どうでしょう……? 先ほど貴方は、私たちが〝強くなっている〟と言いましたね……。貴方がエールの力と呼ぶ私の炎……。この力が、今もマスターと共にある永久とわさんの力と同じだというのなら……っ!」

「そういうこと……? なら、ぼくはその前にきみたちを殺す……」


 虹色の炎を翼のように広げたエリカさんめがけ、獣の女王がもの凄い速度で迫る。

 それを見た僕はさっきみたいに飛び込むのを必死で堪えて、掲げた月輪の錫杖に戦場の力を集める。だって――。


「見るがいい……! これこそが全てを焼き尽くす我が陽光の力! そして私から鈴太郎への愛の炎!」

「っ……しつこいね……」

「その小娘にかまけている余裕など、この私が与えるわけがなかろうッ!」


 瞬間。エリカさんの体を乗り越えるようにして、とんでもない大きさの太陽がいくつも現れる。それはエリカさんの目の前まで迫っていた獣の女王を押し返し、さらには包囲するようにして彼女の体を焼いていく。


「まだですっ! 転輪の炎よ……お義母さまの太陽に力を――!」

「エリカさん……っ?」


 獣の女王を包囲した母さんの太陽に、エリカさんの放つ虹の炎が重なる。

 エリカさんの炎を纏った母さんの太陽が輝きを増して、押し返そうとしていた獣の女王をどんどん押し潰していく。


「お義母様の太陽は、私の炎が支えます……!」

「…………良いでしょう。ならば、私も貴女の願いに応えてみせようぞ!」

「く……っ! やっぱり……さっきより、エールの力が増してる……っ」


 それを見た母さんは凄く嬉しそうに笑うと、虹色に光る太陽をさらに押し込んでいく。


「予想外……ただの人間が、エールの力をここまで使いこなすなんて……」

「きっと、私一人では気づけませんでした……マスターと永久さんの愛し合う姿が……そして鈴太郎さんが、私にこの力の本当の使い方を教えてくれたんですっ!」

「そう……けど、それでも……ぼくには届かない……ッ!」

「――っ!?」


 勢いを増す炎の向こう。もうほとんど押し潰されていた獣の女王が、その力を解放する。エリカさんの炎に支えられた母さんの太陽が一斉に砕けて、散り散りになった炎の隙間から、大きくて真っ黒な影が飛び出した。


『こうなるのは本当に久しぶり……。ぼくはキシャール……全世を支えし空と境界の神……!』

「神……っ? これが、獣の女王の正体……!?」

『今までの獣はただの遊び……空を曲げ、境界で輪郭を生み出して敵を滅ぼす……こうなったぼくを見たからには……きみたちは死ぬしかない……』


 そう言うと、キシャールって名乗った獣の女王は一瞬でエリカさんの炎と母さんの太陽を打ち砕く。


 砕かれた炎が散乱する空間を飛び回るキシャール。その姿は、全身が真っ黒に塗り潰された、背中に翼の生えたライオンみたいだった。


「が……っ!?」

「きゃあっっ!?」

『エールの力……返して貰うよ……!』


 二人の炎をあっという間に消し飛ばしたキシャールは、真っ先にエリカさんへと襲いかかる。エール様の力を持つエリカさんを殺して、すぐに片をつけるつもりだ――――だけど!


「ありがとうエリカさん、母さん……! 後は僕に任せてっ!」

「鈴太郎さんっ!」

『へぇ……終わったの……? でも、さっきまでのぼくならともかく……今のぼくにはもう勝てない……』

「そんなこと、やってみないと分からないっ!」


 間に合った。


 キシャールの牙がエリカさんに襲いかかる寸前。

 ようやく全ての力を集め終えた僕の錫杖が、キシャールを横から弾き飛ばす。

 

「神さまだっていう君の正体は気になるけど……まずは、大人しくしてもらうっ!」

『ぼくを大人しく……? 冗談でしょ……?』


 来る――――!


 キシャールの殺気を感じ取った僕はすぐさま上空へ飛ぶ。

 影で塗り込められたキシャールの牙と爪が、僕を追って昇ってくる。


『やっぱりきみたちは聖人にはほど遠い……エールの力をすぐに都合良く使って……堕落して、欲に塗れていく……』

「それのなにが悪いのっ!? 僕はエリカさんが大好きだ……! 母さんが大事だよ! 僕と仲良くしてくれたみんなに幸せでいて欲しい……! そう願うことの、どこが悪いっていうのっ!?」


 急上昇するキシャールの牙に、僕は渾身の力を込めて錫杖を振り下ろす。

 そしてそれと同時、一斉に展開した〝何千個もの星の光〟を、動きを止めたキシャールの全身に叩き付ける。


『……っ!? これ、なに……? おかしい……ここには、これだけの力はなかったはず……!』

「そうだよっ! 僕は初めから、ここにある力だけを集めてたんじゃない……! このアマテラスで戦うみんなの……! 僕たちみんなの力を集めていたんだ――――!」

『っ……!』


 そう。

 今僕がこの化け物に叩き付けている星の光。


 それは全部円卓の、六業会の、殺し屋マンションのみんなの力だった。

 

 願うことの何が悪いの?

 誰かと一緒にいたいって思うことの何が悪いの?


 たとえ相容れなくても……母さんも、悠生ゆうせいのお父さんも、山田さんも……みんな自分で考えて、幸せになりたくて……頑張って生きてるだけじゃないかっ!


『だめだ、ね……! なんて弱くて、醜いんだ……だからきみたちは、いつまでたっても猿のままなんだ……!』

「それでもいい! 弱くても醜くても、お猿さんのままでいいよ……! 何を言われても……僕は大好きな人と一緒にいたい――――!」

『く……なら、滅ぼす……! 今までと同じように――――!』


 だけどそこで、キシャールの力と僕の力が拮抗する。

 僕の極限まで増大した星と月の光がじりじり押し返されて、その隙間からキシャールの影が溢れ出す。


 強い。

 とんでもなく強い。


 こっちは集められるだけの力を集めたっていうのに――!

 

 けど――――!


「鈴太郎さん――っ!」

「鈴太郎……! 母の力も共に!」

「エリカさん……! 母さん……っ!」

『……が……ぐ……っ!』


 だけど、その拮抗は一瞬だった。


「っ……! やれ、ソーマよ……! そいつを倒し、私のロボの仇をとってくれ……っ!」

「なんか、俺って最近やられてばっかりだね……? でもまあ……やれることはやるよ……っ!」

「シュクラさんっ! シャニさんっ! ありがとうございます!」


 だって僕には、この戦場だけでもこんなにも助けてくれる人がいるんだから。


『ふざけ、ないで……っ! ぼくたちは、人を試すために……ここまで……!』

「悪いけど……! 僕はそんなの、一度だって頼んでない――――ッ!」

『な――――!?』


 叫んだ。


 あまりにも身勝手で、訳の分からないキシャールの言葉に、僕はありったけの怒りと拒絶を込めて力を解放した。


 音が消える。

 光が溢れる。


 いくつもの閃光が目の前で瞬いて、キシャールの影はその光の向こうに消えた。

 

 あまりの眩しさに、影は存在できる場所をなくす。

 キシャールは、跡形もなくその場から消えた――――。


「お疲れ様です……鈴太郎さん……」

「うん……ありがとう、エリカさん……」


 全ての力を使い果たして、そのまま堕ちていこうとした僕をエリカさんが支えてくれた。


 僕の体に伝わるエリカさんの柔らかなぬくもり。

 僕はそのぬくもりに身を任せると、ほっと息をついて目を閉じた――――。



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