第六話 鈴太郎視点

立ちはだかる闇


 都心の高層ビル群を抜けて、海面上昇で水没した東京湾の先へ。

 ライトアップされたプラットフォームエリアと、夜空に向かってどこまでも伸びる軌道エレベーター、アマテラス。


 そして、そのアマテラスが伸びる先。

 そこには二つに割れた紅い月が、今も不気味に輝いていた。


「待ってたぜ月城! ずいぶんと遅かったな!」

「途中で邪魔が入ってな! 他の奴らはどうなってる!?」

「あわわ! すごいことになってる……っ!」


 アマテラスの足下を固める人工島。そこに建設された沢山のリゾートホテルやショッピングモールは、もうその殆どがめちゃくちゃに壊されて、燃え上がっていた。


 今でも忘れてない……僕が初めてエリカさんと一緒に入ったカフェも。初めて一緒に仕事をしたホテルも。何もかもが爆発と火の海に呑まれていた。


「お前らが遅かったんでな、他の奴らは先にここから纏めて突っ込ませたところだ!」 

「さっさとお行きなさい! 貴方たちの道は、私たちが死守します!」

「ああ……! お前らも死ぬなよ!」

「みんな……ありがとう!」

「絶対に帰ってきます……っ!」


 円卓と六業会。そして殺し屋殺し。

 三つの勢力がぶつかり合うアマテラスを、僕たちは一直線に駆け抜けた。


 プラットフォームの入り口で待ってくれていたみんなの言う通り、とんでもない戦いの中でも、僕たち五人にその攻撃が及ぶことは殆どなかった。


 一斉に襲いかかってくる数え切れない殺し屋たちを、殺し屋マンションのみんなが命を賭けて押しとどめてくれた。


 見覚えのある顔も、ない顔も。

 挨拶したことがある人も、ない人もいた。


 だけど、その程度の関係しかないはずなのに、それでもみんなは傷だらけになりながら戦っていた。


 それは、僕たちが進むこの炎の先に、みんなで過ごした日々があるから。

 僕には僕の、みんなにはみんなの。それぞれの大切な日々があるから。


「どけ……! 邪魔する奴らは、全員ぶっ飛ばす!」

「僕だって……! ここまできたら手加減無しだ!」


 悠生ゆうせいは何もかもを砕く拳で。

 永久とわさんは悠生のことを守るようにして。

 僕は沢山の星の光と、月の力で。

 エリカさんは、そんな僕を蒼い炎で支えてくれた。


「ヒーーッヒッヒッヒ! リア充……! リア充だらけ……! 全部アタシの宝物……! どれ一つだって壊させやしない……! 傷つけさせやしないよ……ッ!」


 そしてサダヨさんは、そんな僕たちを見てとっても嬉しそうに笑って、いつもの箒を凄い勢いで振り回して大暴れした。


「でもでもっ! 私にとってもサダヨさんは大事なお姉さんですからっ! サダヨさんのことだって、ぜーったいに私が守りますっ!」

「だな……。永久の姉だってんなら、俺にとってもそうだ。義姉の前ではちゃんと格好つけとかないとな……!」

「クヒ……ッ! リア充の、家族……! クヒヒ……ッ! うれしい……!」


 そうして、僕たちは今まで経験したことのないような戦場を突っ切っていく。

 僕の波の力で、この建物の構造は完全に把握済み。

 

 このプラットフォームの地下……前に僕たちと母さんが戦った地下のホール。僕の力に映る地形情報だと、どうもあのときの戦いでアマテラスの地下は大きく陥没したみたい。


 まるで地の底まで続くような大きな穴と、そこに複雑に突き出した無数の太極の根……そういう光景が、僕の脳裏に描き出されていく。


「悠生! ここだ、ここから真下に!」

「任せろッ!」


 なんとかアマテラスの中心部まで到達した僕たちは、そこから一気に地下を目指した。僕の合図に悠生が応えて、真っ赤に燃えた拳で建物の地面を叩く。


 僕たちの立つ足場が一瞬で粉々に砕けて、僕たちを呑み込んでいく。そして――。


「……っ!? 鈴太郎りんたろうさんっ、この力……!」

「うん……間違いない。この先に〝母さん〟がいる……!」

「チッ……相変わらずとんでもねぇ力だな。だが……」

「あの人が、ここまで力を使うなんて……」

「クク……ッ! つまり、アタシらもようやく本命に辿り着いたってわけだ……ッ!」


 崩れた足場の先。一度は暗くなった辺りはすぐに明るく……そして熱くなっていく。一度この力と戦ったエリカさんが真っ先にそれに気付いて、僕たちも一斉にこの先で待つ存在に身構えた。


 母さん。


九曜の日スーリヤ〟として、さっき戦ったインドラ様と双璧を成す六業会の頂点。


 その母さんが、この先で戦ってる。

 僕はゴクリと唾を飲み込むと、今度こそ避けられない母さんとの決着を覚悟する。


 けど――。


 けど、なに……?

 なんだか分からないけど、違和感が……。


「っ! 来やがった――!」

「悠生、サダヨさんっ! エリカさんは小貫こぬきさんをっ!」

「はいっ」


 僕がその違和感に気付いて、波の力で状況を把握しようとしたその瞬間。

 落下する僕たちめがけて、目に見えない〝ナニカ〟が襲いかかってきたんだ。


「きゃああっ!?」

「下がれ永久! こいつは俺と……!」

「アタシの方が得意……ッ!」


 そしてそのナニカの力は、まるで永久さんが張った神さまの力を食い破るようにして貫いてしまった。すぐに悠生とサダヨさんがカバーに入ったけど、三人は僕とエリカさんのいる場所から離れた方に弾かれる。


 ナニカの力が比較的薄かった僕たちの方は、なんとか耐えられた。

 弾かれた悠生たちの無事を確認した僕たちは、そのまま先に地下めがけて落ちていく。


 そして、その闇を抜けた先。

 地下とは思えない、果てすら見えない広さの洞窟。


 そこに大きく開けた、この世の終わりみたいな大穴。穴や洞窟の壁からは太極の根がいくつも伸びて、まるで蜘蛛の巣みたいにその穴を覆ってた。


 でも。

 

 でも、そのときの僕が目を奪われたのはそんな光景じゃなくて――。



「かあ、さん……っ?」



〝太陽が砕けた〟



 暗闇を抜けた先。

 地の底に続く穴の上。


 今この瞬間まで灼熱の輝きを灯していた母さんの太陽が、目の前で消える。


「か……は……っ……――」

「弱いね……その程度の力しかないのなら……こうして〝本気〟を出すまでもなかった……」

 

 母さんは、血塗れになって宙にはりつけにされていた。


 そして母さんの前には、真っ白な肌に長い〝赤髪の女の人〟が立っていて。その周りには僕も見覚えのある六業会の人たち……シャニさんやシュクラさんも傷だらで倒れていた――。


「か……か、あさん……っ!? そんな……っ!?」

「ダメです、落ち着いて下さい鈴太郎さん! この人は……!」


 信じられなかった。


 母さんがこんな姿になっていることも。

 こんな姿になった母さんを見て、僕の心がこんなにズタズタになることも。


「あ……やっと来た……? ぼくも、ちょうど今終わったところ……」

 

 僕たちに気付いたその人は、母さんに向けていた手を振り払う。

 すると、さっきまで宙に固定されていた母さんの体が雑に放り投げられて、鈍い音を立てて壁から突き出した太極の根に叩き付けられた。


「こんばんは……ぼくは〝獣の女王ロード・ビースト〟……次は、君たちを殺すね……?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る