潜む獣


鈴太郎りんたろうさんっ! お母様は私が……!」

「え……っ?」


 どこまでも広がる暗い闇と、その闇の中で生きているように蠢く太極の根。

 目の前で投げ捨てられた母さんと、傷ついた九曜のみんなの姿にパニックになりかけた僕に、エリカさんの声が届く。


「私が助けます! あの方は、鈴太郎さんの〝大切なお母様〟なのでしょう!?」

「エリカ、さん……っ」


 それは、有無を言わせない声だった。


 エリカさんの透明な青い瞳が僕を真っ直ぐに見上げる。

 そしてそうする彼女の表情は、どこまでも優しかった。


「ありがとう……っ! お願いっ!」

「はいっ!」


 エリカさんはそう言ってすぐに倒れた母さんの方に飛び立つと、暗闇の中に虹色の炎を灯して力を解放する。


 僕だってわかってる……この戦場で、永久とわさんやエリカさんを殺そうとする六業会は〝敵〟だ。

 

 だから僕は迷ってしまって……すぐに母さんを助けに動けなかったのに……。


 ありがとう、エリカさん……。

 僕……やっぱりエリカさんのことを好きになれて良かった……!


「治すの……? 不思議だね……ぼくはきみたちの邪魔者を消してあげたのに……」

「そんなこと……君に頼んでない……ッ! 母さんとのことは、僕自身で決着をつけるんだ……!」

「ふーん……? まあ、どうでもいいよ……」


 来る――!


 数十メートル離れた場所に浮遊する赤髪の女の人――獣の女王ロード・ビーストが、僕めがけてその白い指を伸ばす。


 僕の波の力が、目には見えない力の接近を僕に伝える。

 さっき落下していた僕たちを襲ったのと同じ力だ。


「月よ――! 不可視の闇を払い、災厄の根を我が前に示せ!」


 印を結び、一瞬で月天星宿王ストリ・ソーマの力を解放する。

 三日月の光輪が僕の背に現れ、そこから放たれる光が闇の中に影を落とす――――見えた!


「これ……犬……? よく分からないけど……こんな力を……!?」

「それで……どうするの? 見えたからって、防げるわけじゃない……」


 僕が放った月の光に照らされた先――そこには複雑な軌道を描いて僕に飛びかかる、目に見えない力で作られた、狼にもライオンにも見えるような〝巨大な獣〟の群れが浮かび上がっていた。


「っ……! 星よ――!」

「……遅いね」


 僕は月の力と同時に二十七個の星全てを獣の迎撃に放つ。だけど僕がそうしたのと同じタイミングで、僕の背後から獣の女王の声がしたんだ。


「さっきの太陽も、ぼくの力を見破ったりはしていたよ……でも負けた。それがどういうことかわかる……?」

「が、は……っ!?」


 僕はすぐに月輪の錫杖を背後に振り払う。けど獣の女王は僕の攻撃を片手で簡単に止めると、鉄板くらいなら簡単に貫きそうなキックを僕のお腹に叩き込む。


「弱い……けど、いまのぼくは〝すごく強い〟から……悔しがらなくていいよ」

「く、そ……っ!」 


 息、が……!


 たった一発のキックで吹っ飛ばされて、僕はそのまま太極の根を何本もへし折りながら大穴の壁に叩き付けられる。


 なんとか月の力で致命傷は防いだけど……この威力、さっき戦ったインドラ様の雷どころの話じゃない……!


 正面から受ければ、一秒だって拮抗できない。

 その証拠に、僕がたった今放った二十七個の星も、全部が目に見えない獣に食い破られて、砕かれていた。


「きみは殺してもいいんだっけ……? うん……たしかいいはず……君は〝聖人〟じゃないもんね……」

「っ……せい、じん……?」

「うん……間違いないね……じゃあ、死んでいいよ」


 なんとか壁面から体を起こした僕めがけ、数え切れない数の獣が一斉に群がる。

 その獣一匹一匹が、僕の星の光を遙かに上回る力を持ってるなんて……!


 錫杖を支えに立ち上がった僕に、獣の牙が襲いかかる。


 まだだ……!


 まだ、やられない……!

 こんなところで、やられてたまるか!


「――――待ちな! それ以上好きにはさせられねぇな!」

「クックック……! アタシらがいる限り……! リア充は――――!」

「爆発しませーーーーんっ!」


 でもそのとき。


 僕の目と鼻の先にまで迫っていた獣の群れが、上から降ってきた三つの力に弾かれる。

 さっきの攻撃でバラバラに飛ばされていた悠生ゆうせいたちが、ギリギリのところで助けに来てくれたんだ。


「みんな……ありがとう、助かったよ……っ」

「はいっ! 安心して下さいね小貫こぬきさん、すぐに治してあげますからっ!」

拳の王ロード・フィスト……やっと来たんだ……」

「久しぶりだな獣の女王ロード・ビースト……その〝馬鹿げた力〟はどういうことだ?」


 ズタズタになった僕を庇うように、悠生と永久さん、サダヨさんが獣の女王と対峙する。そして――――。


「べつに……ぼくは〝前から強かった〟よ……ただ、それを見せる必要がなかっただけ……」

「なんだと……?」

「今からきみは円卓の父を〝殺しに行く〟んだよね……? なら、〝ぼくも手伝う〟よ……これからは〝きみがぼくの王〟だ……きみの邪魔者は、みんなぼくが殺してあげる……」


 ちょ……い、いきなりなに言ってるのこの人……!?

 円卓の父から悠生に鞍替えするって……!?


 突然そんなことを言い出した獣の女王に、僕も悠生も……永久さんやサダヨさんまで困惑した表情を浮かべる。


「あ、あの~……私たちに力を貸してくれるのは嬉しいかもなんですけど……っ。その……別に悠生は、お父さんを殺すつもりは全然ないんですよ……?」

「ううん……どうせ殺すよ……。あの男はもう終わり……とっくに壊れた、聖人のなりそこない……」

「なんなのこの人……!? 全然話が通じる感じじゃないけどっ!?」

「こいつ……!? お前……〝本当に〟獣の女王か……!?」


 いくら話してもラチがあきそうにない僕たちの会話。

 それでも、獣の女王は悠然と僕たちを無表情で見下ろしていた。


「不思議だね……どうしてそんなことを聞くの……? ぼくは、ずっとぼくの――――」

「時間稼ぎはそこまで――――もはや、我が太陽が不覚を取ることはないと知れ」

「炎よ! 全てを焼き尽くせ――――!」


 けど、そんな膠着状態を打破したのは二つの灼熱。

 

 一つは全てを照らす紅蓮の陽光。

 そしてもう一つは、僕がこの世界で一番大好きな人の暖かな炎だった。


「エリカさんっ! 母さんも……っ!」

「鈴太郎さんっ! お待たせしました……!」

「っ……間に合ったんだ。しぶといね……?」

「ええ……まさかこのような失態を、〝最も見せたくない相手〟に晒すことになるとは……この屈辱……万倍にして貴方に返すとしましょう……!」


 それは、エリカさんの力で癒やされた母さんだった。

 二人は悠生たちよりも前で獣の女王と向き合うと、競い合うようにして自分の炎をメラメラに燃やす。


「そして鈴太郎……ここはこの母に任せ、先にお行きなさい」

「母さん……っ? どうして……!?」

「この者の役目は我らをここで足止めすること……すでに、円卓の父にもこの者らの手は伸びていることでしょう……」

「親父までこいつらに襲われてるってのか……!? どういうことだ!?」

「行かせてどうするの……? また〝あのとき〟と同じように、親と子の殺し合いが始まるだけだよ……?」


 獣の女王が動く。

 あたりの空間から一斉に何十匹もの不可視の獣が現れて、僕たちめがけて一斉に襲いかかる。


「親と子の殺し合い……それの〝どこが悪い〟のでしょう? 本来、親と子は何度となくぶつかり合い、言葉と想いを持って交わり続けるもの……私は、それを鈴太郎から教えられました……!」

「母さん……」 

「私とて全てを知るわけではありません……ただ分かっていることは、この者たちは我ら六業会と円卓を争わせ、共倒れを狙う獅子身中の虫だったということ……! 我らの誰にも気取られず、この者たちはいつからか我らの内に潜んでいた……!」


 いくつもの太陽と獣がもの凄い力の閃光を放って互いにぶつかり合う。

 だけど獣は母さんの力で焼かれながら、そのまま太陽を食い破っていく。


「さあ……行きなさい、鈴太郎。そして月城悠生……! もはや、この者たちの狙いを阻止し、同時に円卓の父を止められるのは貴方たちしかいません……! ならば……私は喜んでこの闇を照らす陽光であり続けましょう……!」


 放たれた獣との乱戦。


 その中で母さんは、僕たちを守るように太陽の光輪を輝かせて立ちはだかる。そうして見せる母さんの背中は、僕が子供の頃に見た大好きな母さんの姿そのものだった――――。

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