聖剣


 山田が俺たちに見せてくれた、大昔にあった色々なこと。

 正直、俺はそれを見てもよく分からなかった。


 悠生ゆうせいや他のみんながとても大変なことは分かった。

 だから、俺も助けてやりたいとは思った。


 だが……他のみんなが見たという大昔の自分を、俺だけは見ていなかった。


『我はアーサー! 魔王め、我が聖剣の前に滅びるがいい!』

「わぁ……!」

「レックスったら、いつもそのアニメばかり見て……よっぽど気に入ったのね」


 山田の力で俺が見たのは、大昔の自分じゃない。

 他のみんなが見た光景に比べれば、きっとつい最近のことだ。


 俺が見た光景……それは子供時代の俺が、小さな手に〝おもちゃの剣〟と、大好きだった〝ヒーローの人形〟を握りしめ、延々とアニメを見ている姿だった。

 

 伝説の聖剣を振り回して悪者と戦う王様。

 たしか、そんな話だったと思う。


 俺はそのアニメが大好きだった。

 他にもいろんなアニメやコミックを見たが、一番はずっとそれだった。


 親が俺につけた〝レックス〟という名前が、〝王様〟という意味だったと聞いて、とても嬉しかった。


 まるで、自分がそのヒーローになれたような気がして。

 自分がなにか特別な、〝選ばれた者〟のような気がして……得意げになっていた。



「喜べ、お前は選ばれた」



 死体になった両親の血にまみれ、目の前に現れた円卓の父にそう言われたときも、俺はおもちゃの剣を握りしめていた。


 ヒーローの人形はどこかで落とした。

 今では、あのアニメの名前も思い出せない。


 俺と円卓の父の力は〝似ている〟。

 

 あの男はどこからか取り出した沢山の剣で。

 俺は握った剣で相手を斬る。


 同じ剣の力があるから、俺はあの男の器にぴったりだったらしい。


 円卓に拾われた俺は、ひたすらに人を殺す訓練を受けた。

 逆らったら殺される。とても怖くて、泣きながら頑張った。

 

 そうしているうち、たまに俺は意識を失い、気がつくと知らない場所にいることが増えていった。


 これが円卓の父が言っていた〝器になる〟ということなのかとすぐに気付いたが、気付いたところで俺にはどうしようもなかった。


 周りの人が俺を見る目が、ひどく怯えているのが分かった。

 俺はその目が怖くて、意識があるときはずっと部屋に引きこもるようになった。


 恐ろしかった。

 ただでさえ人殺しなんてしたくないのに。


 自分でも気がつかないうちに、俺はきっと信じられないほどの人を殺している。


 俺が外を出歩いているとき、もしまた意識を失ったらどうしよう。

 そこにいたはずの人が、目を覚ましたらみんな死んでいたらどうしよう。

 そう思うと、外に出ようなんて思えなかった。

 

 目が覚めると、俺はいつも剣を握っていた。


 知らないうちに、おもちゃだったはずの俺の剣は、本物の剣よりも恐ろしいナニカに変わっていた。


 俺の剣はどこにいった?

 あの人形と同じで、どこかに落としたのか?


 あんなに大切にしていたのに。

 あんなに大事だったはずなのに。

 

 俺の剣は、いつからこんなに血まみれに……ずっとそう思っていた。

 

 ――――――

 ――――

 ――


「けど……そうじゃなかった。俺の大切なおもちゃの剣は……ずっと〝握ったまま〟だった……」

『おのれ……! まだ、息があるか……!』


 俺は瓦礫をどかすと、なんとか立ち上がる。

 やはり痛みは感じなかった。もしかしたら、もうすぐ死ぬのかもしれない。


「困った……さすがに、死ぬのは嫌だ……」

『愚かな……! 汝ら殺しの者は、そう願った幾億もの命を奪い去ってきたではないか! 今こそその報いを受けよ――――ッ!』


 雷がくる。

 俺は手の中の剣を握りしめ、振り払う。


『な、に……!? なんだ〝それ〟は……!?』


 ぼやけた目をこらし、スティールとユールシルを探して辺りを見回す。

 さっきまで沢山のビルが建っていたはずなのに……今はとても空が広く感じた。


「よかった……二人とも〝まだ生きてる〟な……どこにいるのかは分からないが……」

『く……! この男――!』


 目ではいまいち分からなかったが、確かに感じた。

 スティールとユールシルはまだ生きてる。


 いきなり変なことを言ったのに、今回も二人は俺に優しくしてくれた。

 良い人たちだ。やっぱり助けに来て良かった。


 俺は次々と襲いかかる雷をふらふらになりながら切り払い、少しずつ前に進んだ。


「死ぬのは嫌だ……嫌だが……ここに残ると決めたのは俺だ……ちゃんと、俺が自分で決めて残ったんだ……」


 俺はもう自由だ。


 いろんなことを忘れて、大事な宝物をいくつもなくして。

 自分がなんだったのかもはっきりと思い出せない。


 でも、自由だ。


 ちゃんと働いて、そのお金で課金もできる。

 ガチャも回せる。

 ピックアップキャラを引けなくて、泣くことができる。


 人を殺さなくていい。

 戦わなくたっていい。


 そして……友だちを助けにいける。

 

 これ以上の幸せを、俺はしらない。


「選ばれし者なんて、全然いいものじゃなかったな……悠生も永久とわも……本当に大変だったんだろうな…………」

『なんだ……なんなのだ、この男は……!? なぜ、我の雷が……! この男の命、

既に尽き果てようというのに……!』 

「いつのまにか、大事なものばっかりだ……そういえば、明日には新しいプラモが届くぞ……楽しみだ……早く組み立てて飾りたい……」


 そうだ。


 今の俺には、大事なものが沢山あるんだ。一度は全部を奪われて、一番大切なおもちゃの剣までなくしたと思っていたのに。


 ようやく気付いた。


 俺が握り続けた剣は、あのときからずっと同じだった。


 そう気付いた俺が自分の手に目を向ければ、そこには確かに俺の記憶通りの……青く輝く小さな〝おもちゃの剣〟が握られていた。


『ふざけているのか……ッ!? そのような薄汚れた〝玩具〟の刃で、なぜ我が雷を断ち斬れる!?』

「ふざけてない……俺はいつも真面目だ……そして、この剣は俺の――――」



 俺の、一番大事な宝物だ。



 ぼんやりとそんなことを考えながら、ゆっくりと掲げた〝聖剣〟を雷じいさんめがけて振り下ろす。


 もうとっくに傷らだけのじいさんは、必死に雷を出して防ごうとしたが……無理だ。どうしてか、俺にはそれがわかった。


 俺の剣に、斬れないものはない。


『が……はっ! なぜ……だ……! 我の、万年に及ぶ執念……なぜ、このような玩具に……!?』

「む…………俺にも、分からない…………」

 

 雷じいさんが倒れる。

 俺も倒れた。


「もう……落とさない、ぞ……」


 遠ざかる意識の中で、仰向けに倒れたらしい俺は必死に剣を握った。

 もう二度と、大切な宝物を落としたりしないように――――。

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