終末の権利


『我が雷は人の持つ力の頂点。太極に集まる命をも吸い上げた我が雷は、神すら滅ぼすであろう――――!』

「君たち六業会が〝あの化け物〟を使って何をしていたかは聞いてるよ! 円卓のことは色々言う癖に、随分とえげつないことをする!」

『神の力を滅ぼし得るのは、人の命以外にない。いつまでも堕落した神に縋り、その支配下に甘んじる汝らとは、思考思索の次元が違うのだ』

「いいねぇ……! いかにも悪党のいいそうな台詞だよ!」


 スティールを足蹴にしたままの雷じいさんめがけ、ユールシルが飛び込む。


 二人の話す内容は難しすぎてよく分からなかったが、多分この雷じいさんも〝人を斬っても平気なタイプ〟なんだろう。本当に恐ろしい。


 それ以上深く考えるのはやめて、ユールシルに続く。

 まずは、雷じいさんにやられてしまったスティールを助けなければ。


「お前みたいな奴は大嫌いだ……! 偉そうなことを言って、自分の感情を崇高な目的にすり替えて……っ! 私の〝鏡〟に映るお前の顔は、私たち円卓と神への憎悪でいっぱいに見えるけどね!」

『汝らへの憎悪、か……』


 何枚もの鏡で雷じいさんの雷撃を逸らし、じいさんの顔面に跳び蹴りを喰らわせるユールシル。だがユールシルの蹴りを雷じいさんはバリバリに帯電した左手で軽く止めた。なんということだ。


『たしかに、それは常に共にあり続けたことで、今や〝我そのもの〟となった。円卓の女王よ、汝の言葉を認めよう……我は汝らを恨み、我らを裏切った神を憎悪しているッ!』

「く……ッ!」

「ユールシル!」 


 その瞬間。ユールシルの鏡が一斉に砕ける。

 止められたユールシルの足先から青白い雷撃が駆け上り、彼女の全身を焼く。


 それを見た俺はすぐに雷じいさんの腕めがけて剣を振った。だがそれに気付いたじいさんはすぐに腕をひっこめると、雷が渦を巻いて青く光る両目を俺に向け、ビルよりも大きな雷の雨を降らせてきた。


「む……! ぬ……ッッ!」

『滅びろ円卓……滅びろ、堕落した神に縋る〝殺しの者〟……! 汝らの主があの都を焼いたとき、我が愛した家族は災禍に巻き込まれて死んだ……! 神は奪われ、我が失った彼らの命はもう二度と戻らん……!』

「は、はは……っ! そうそう、〝そういうの〟でいいんだよ……! いつまでもかっこつけてないで、ただ殺し合う方が〝殺し屋らしい〟ってもんさ……!」

『強がりを……!』


 ダメージを受けたユールシルを庇い、俺はとにかく剣を振った。


 一つ一つがとんでもなく重い。さっきとは違って斬ることのできない雷が、まるでムチや蛇みたいに俺の体をあっちこっちに弾く。

 

 こ……これは、死ぬ……っ!


 さっきの雷とは全然違う、完全に負けイベントの威力……!

 俺のいまのレベルじゃ、どうやっても勝てないやつだ……!


 か、課金。


 課金したい。


 今すぐ課金してこの窮地を乗り切りたい……!

 楽しい気持ちになりたい……っ!

  

「レックス! もう一度だ、今度は二人で一緒にやるよ!」

「っ! わ、分かった……!」


 だがそんな雷の雨の中。

 ユールシルは飛び、俺はたしかに頷いていた。


 そうだ。

 

 スマホはもう、悠生ゆうせいに預けたじゃないか。


 ゲームだろうとリアルだろうと、もうここで課金をすることはできない。

 ここを生きて乗り切らなければ、俺はもう二度と課金ガチャを回せない……!


『案ずるな……! たとえ我から汝らへの憎しみが消えずとも、我は死を持って汝らの血塗られた因果に終止符をもたらさん……! 我らがそうであったように……汝らもまた、人には過ぎた神の力の犠牲者なのだから!』

「馬鹿だね……! たとえ血塗られていたって……私の終わりは私が決める! 君だってそうだろう、レックス――――!」

「ああ、俺もそう思うぞ……!」

『なに!?』


 そのとき、一斉に展開されたユールシルの鏡が、俺とユールシルの姿を増やす。増やすというか、分身だ。


 剣を構えた俺が地上から、まるで虎かヒョウのように拳を構えたユールシルが上空から無数に襲いかかる。


『小細工を……! その程度の目くらまし、我が雷の前にあっては無意味と知れ――――!』


 俺たちの一斉攻撃を見た雷じいさんが雷撃を構える。だがそのとき――――。


「いいや……! 実にエレガントな作戦だよ、バルトレミー女史……! 少々不本意だが、私がこの男の避雷針になろうじゃないか……!」

『まさか、まだ……!?』


 じいさんの足下に倒れていたスティールの手が、じいさんの足首を掴む。そしてそれと同時にスティールの体が溶けて伸びて、辺り一帯に拡散する。


 じいさんが俺たち目掛けて撃とうとしていたとんでもない量の雷が、スティールの体の方に吸われ、見るからに勢いを減らした。なるほど……これはたしかにスティールの〝キャラ性能〟は〝雷じいさんに特攻〟っぽい……。


bien joué!お見事! このまま仕留める――――! 」

「少し痛いと思うが、我慢してくれ……!」

『ぐ、ぬ……!』


 俺の刃が、ユールシルの拳が。

 沢山の鏡の影と一緒に雷じいさんに叩き込まれる。


 俺は雷じいさんの肩口から正面を斜めに、俺としてはかなり深く切り裂いた。

 ユールシルの拳はたった一瞬の間に何百という数が繰り出されて、それは全て雷じいさんの急所を抉り抜いていた。


 それは間違いなく、たとえ殺し屋でも……王や九曜だったとしても致命傷になるはずの一撃だった。


 だが――――。


『おお……おおおおおおあああああああああ――――ッ!』

「っが!?」

「――――!?」

「ぐ、あっっ!?」


 俺には、そのときに何が起こったのか分からなかった。

 ただもの凄い閃光が目の前で弾けて、俺の意識は一瞬完全に途絶えた。


 すっ飛んだ俺の意識を呼び戻したのは、全身が何かに叩き付けられた衝撃と痛み。


 だが不思議だ。

 痛かったのはそのときだけで、そこからは痛みがすっと消えていくように感じた。


 もしかして……死んだのか?

 俺の人生、サービス終了……?


『が、は……っ! まだ、だ……! まだ、我は倒れぬ……! あの男を殺すまで……! 神を殺すまでは……!』


 いや……まだ終わってない。


 まだ、俺は死んでない。


 怒った雷じいさんの声が、遠くから聞こえる。


 それに――――。


「なんだ……お前はまだ、〝ここにいる〟んだな……」


 まだ、俺は〝剣〟を握っていた。


 もう……それがいつからあったのかも分からない。

 どうして俺にそんな力があるのかも分からない。 


 ただ気付いたら握っていて……俺がどんな姿になっても、いつだってそこにあった、俺の剣を――――。


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