第五話 レックス視点

鋼と鏡と刃と


 自分の過去について覚えていることは少ない。


 それほど裕福でもない家に生まれ、家族との思い出もあったのかなかったのか……よくわからない。


 俺の記憶は穴だらけだ。

 芋虫に食われたキャベツのように、穴が空いて塞がらない。


 あのとき――――。


 悠生ゆうせい永久とわに倒され、瓦礫の中で目を覚ましたとき。

 どうして自分がここにいるのかも、俺が何をやってきたのかも分からなかった。


『お前には素質がある。俺の依代となる素質がな……』


 はっきりと思い出せるのは、そう俺に呼びかける恐ろしい声。


 そして、燃える街の中を家族と一緒に逃げる途中、ずっと大事にしていたヒーローの〝ソフビ人形〟を落としてしまったことだった。


「俺の、人形……どこだ……? どこで落とした……? 俺の……」


 ――――それから、俺の記憶は少しずつ元に戻った。


 円卓の父に認められて、刃の王と呼ばれるようになったこと。

 大勢の人を殺したこと。そして――――。



 俺があのとき落とした人形は……もう二度と戻ってこないことも。



 ――――――

 ――――

 ――



「レックス!? どうして戻ってきたんだいっ!?」

「むぅ……その……あの……ごめんなさい……」

「なにがっ!?」


 悠生たちが離れたのを確認した俺は、落下するに任せて砕けた地面に着地する。

 高いところは怖い。落ちたら痛いからな。


「……ずっと前、俺に〝おはよう〟と言ってくれただろう……? あのときは、びっくりして返事ができなかったんだ……許してくれ……!」

「それいつの話!? まったく……いまの君と話すのは調子が狂うね!」

『申し訳ありません、インドラ様。逃げられました』

『逃げられました』

『よい。ここからは速やかに円卓の王を滅ぼし、アマテラスにて雌雄を決さん』

「さて……果たしてそう上手くいくかね……?」


 俺はユールシルと並び、双子の相手をする。


 あまりにも顔が似過ぎていてどっちがどっちなのかややこしいが、どうやら片方は〝光〟を、もう片方は〝影〟のような力を操っているようだ。むぅ……かっこいいな、羨ましい……。


「ふむ……! こうして君と戦場に立つのは初めてだな、ロード・エッジ。君はとうにかつての力は失っているはずだが、なぜ自ら死地に戻ってきたのだね?」

「む…………お前たちは、昔の俺に優しかったから……その……それで……」

「〝挨拶してくれた借りを返したい〟んだってさ……それで戻ってくるなんて、本当に変わってるよねぇ?」

「挨拶かね……? ぷ、ぷはっ……ハーッハッハッハ! なるほどなるほど! 君はなんとも義理堅い男のようだ!」


〝雷じいさん〟の前から、スティールも俺の横に飛んでくる……のはいいが、この人腕とか足とかドロドロ溶けてる……怖い。


「ならば! まずは我ら三人、生きてこの戦場を切り抜けねばなるまい! ふふ……私も君という男ともっと話してみたくなった!」

「ん……それはそうだね。実はレックスとはこの前も戦ったんだけど、ちゃんと〝強かった〟よ。あの時は馬鹿にしてごめんね、レックス」

「い……いいんだ……っ! なら俺も……お前たちと一緒にやらせてくれ……!」

『愚かな。ならば汝ら三人で骸を並べ、続きは冥府にて語らうがよい』

『続きは冥府にて』

『語らうがよい』


 双子の言葉が俺の耳に届く。それと同じタイミングで、雷じいさんが俺たちめがけて攻撃を仕掛ける。


 俺は握った剣を振って雷を断ち切る。さっきは弾かれていたんだが……見た目からして弱くなってるな、この雷。なんでだ?


「早々に種を明かしたのは失策だったのではないかね、六業会ろくごうかいの主よ! 我らの力は君の雷撃と相性が良い、そこの二人を力のブースターとしなくては、私の鋼も、バルトレミー女史の鏡も抜くことはできまい!?」

『構わぬ。我ら九曜の中において、殺戮のみを目的として鍛え上げられた双子星の力は、汝らを容易く打ち砕くであろう』


 なるほど……つまりこの雷じいさんは、あの双子がどこかからこっそりサポートしてたからあんなに強かったのか……先に取り巻きから倒さないといけない〝レイドボス〟みたいな奴だな……。


 俺がそう納得したのも束の間。じいさんの雷で埋め尽くされた戦場を、光と影の力を集めた双子がもの凄いスピードで俺たちに迫る。


『殺します』

『死なせます』

「ぬっ……!」

「さっきより速い……っ!」


 俺は目の前まできた光属性の子供の攻撃を剣で弾き、返す刃でカウンターを狙った……が、的が小さい。たぶん身長100センチもない。


 俺の攻撃は簡単にかわされ、鳩尾から顎先に双子の光の弾丸が直撃。俺は上空に吹っ飛ばされ、さらに追い打ちの光の弾が連続して叩き込まれる。


 一緒に双子を迎撃したユールシルもまずい。彼女はカミソリのような蹴りや拳を影を操る双子に繰り出すが、こっちの双子はどうも分身が得意技らしく、ユールシルの攻撃は全部回避され、俺と一緒の場所に吹っ飛ばされてきた。


「厄介だね。あの影の子……体術も相当なものだ。戦い方も私と似てる、やり辛いね」

「むむ……? それなら……」

「ハハッ! そういうこと! 行くよレックス!」


 そのときの俺は、ユールシルの言いたいことがすぐに分かった。

 オンラインゲームでたまにある、〝無言の連携〟というやつだな。決まると脳汁がどばどば出るやつ。


 吹っ飛ばされた俺たちめがけ、数十メートルはある〝巨大な影のハンマー〟が振り下ろされる。俺とユールシルはそれに潰される前に左右に飛び、今度は俺が影に、ユールシルが光の双子に飛びかかった。


『何をしようと』

『無駄です』


 ユールシル目掛け、光の双子がもの凄い大きさのレーザーを撃つ。そして俺の方も、影の双子がまったく逃げ場所のない〝影の牢獄〟を作り出して押し潰そうとしてきた。


 なるほど……これは凄いな。


 俺はその二つのとんでもない攻撃を見て、ぼんやりとそんなことを考えた。

 そして今も俺の手の中にある剣を握りしめ、構える。


「やっぱり凄いな〝ユールシルは〟。IQ200くらいありそうだ……」

「君こそ、すぐに分かってくれて嬉しいよ!」

『え?』

『え?』


 瞬間。ユールシル目掛けて放たれた冗談みたいなデカさのレーザーが、ユールシルが作った鏡に当たって直角に反射する。そして反射した先にも鏡。鏡、鏡、鏡。


「君はまだ小さいから学校で習ってないかな!? 鏡はね、光を反射するんだよ!」

『はんしゃ?』


 極太のレーザーはそうして何度もユールシルの鏡で反射を繰り返すと、最後にはそれを放った光の双子へと直進。その小さな体を呑み込む。


 そして同時に、俺を押し潰そうとしていた影の牢獄もバラバラに砕け散る。

 光はとても速くて斬るのが大変なんだが、この影はそうじゃない。


 どんなに強くても、固くても、大きくても。

 俺の剣はなんでも斬れる。


 なにも考えてなかった俺とは違って、ユールシルはちゃんと力の相性とかそういうのを見ていたらしい。

 ゲームの中なら俺もそういうのは得意なんだが……なぜかリアルだと、途端によく分からなくなる。


 影の牢獄を斬り裂いた俺はそのまま影の双子の目の前に飛び込むと、渾身の力を込めて腹パン。双子はそのまますぐ横のビル壁に叩き付けられ、壁をぶち抜いて瓦礫の中に消えた。


「たとえ敵でも〝子供は斬らない〟ってことかな? 本当にもう、昔の君とは違うんだね……」

「いやいやいや……普通は人って斬らないからな……? そんなことしたら傷害罪だからな……? 現実はゲームじゃないんだぞ……?」

「フフ……まあ、私は今の君も嫌いじゃないよ。そんな風になっても、君は強いままだったってわかったからね……?」

『ほう……。どうやら口だけではない……か』


 双子を吹き飛ばして一息ついた俺とユールシル。だがそこに、全身を黒焦げにして煙を上げるスティールを足蹴にした雷じいさんが、偉そうに声をかけてきた。


「ぐ……っ。ぬ……っ!」

「スティール……!? 大丈夫か……!? 死んでないか……!?」

「大丈夫。スティールはあの程度じゃ死なないさ! けど、少し無理をさせ過ぎてしまったかもしれないね……!」

『我が雷に強い抵抗を持つ鋼の男は倒れた。後は我が力にて、汝らを滅ぼせば終幕』


 瞬間。俺たちの目と鼻の先に青白い雷が落ちる。


『さあ、双子星よ。再び我が力と一つに。そして残る二人の王に、雷の裁きをもたらさん――――ッ!』


 地面に当たった雷はそこから弾けるようにして空に広がると、暗く染まった新宿の空全てを埋め尽くした――――。

 



 

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