雷霆の震央


 僕たちの目の前で崩落する高層ビル。

 直視するだけで目を焼かれてしまいそうな雷の嵐。

 

 そしてその雷撃の渦の中央に立つ、長い白髪をなびかせた、褐色の肌を持つ壮年の男の人……。


『我が名はインドラ。万象一切の災厄を焼き尽くす者』


 その男の人は呟くような口調で、だけど辺り一帯全部に響き渡る雷鳴のような言葉を放つ。


九曜の木インドラ〟様。


九曜の日スーリヤ〟である母さんと一緒に、六業会ろくごうかいの頂点に立つ最強の殺し屋。


 立場上は同格のはずの母さんですら、インドラ様にはいつも一歩引いた立場からお話ししていたほどなんだ。


 だから――。


「ま、待って下さいインドラ様! 少しだけ話を聞いて下さい……っ!」

『対話を望むか、ソーマよ。既にスーリヤから報告は受けている。ついに汝も光輪を宿し、神の意志に目覚めたと』

「そうです……! だから、どうか僕の話を聞いて下さい!」

鈴太郎りんたろうさん……」


 だから、僕は必死になって呼びかけた。


 インドラ様のことは僕もよく知ってる。

 僕が子供の頃から、インドラ様は何度も僕とお話ししてくれた。

 優しくて、聡明で……誰よりも大きな人。


 たとえ戦いになったとしても。


 それでも僕は、ずっと僕を助けてくれたインドラ様とわかり合うことを諦めたくなかった。


「みなさんが狙っている円卓の母……エール様は、もう神の力を使えないんです! ここにいる永久とわさんと一つになって、僕たちと同じ人間になったんです! だから、これ以上世界に野良の殺し屋が増えることはないし、僕たちが力を合わせて円卓の狙いを阻止すれば、それで全部……!」


 崩落を続けるビルの瓦礫を縫いながら、僕とエリカさんはすくい上げていたみんなと一緒にゆっくりと地面に降りる。


 今も壮絶な雷の枝を放射状に広げるインドラ様は印を結び、目をつぶってじっと僕の声を聞いていた。


『……神は人となることを望んだ。我らと同じ血肉を持ち、心を手に入れた。ならば、もはや我らが戦う必要はない……そう言いたいのだな』

「は、はい……っ! 永久さんはとてもいい人で……この世界を傷つけることなんてこれっぽっちも……」

『――出来ぬ』


 その言葉は、まるで目の前に落ちた雷みたいに僕たち全員の芯を貫いた。

 そしてそれと同時、僕たちの目の前にまるで滝みたいになって地面に流れ落ちる雷の壁が現れ、瞬きする間に僕たちの全方位を取り囲んでしまった。


「そんな……! なぜです、インドラ様っ!?」

『我らが手を取り合える理由と、滅さねばならぬ〝理由は同じ〟。神の力が絶対不変ではなく、こうも大きく変質するものであるのならば……必ずや先の世で再び大地に災厄をもたらすであろう――』


 インドラ様の瞳がゆっくりと開く。

 一切の光を反射しない黒の中に、金色の正円が三重に重なる異様な瞳。


 両目を見開いたインドラ様は、両手をゆっくりと開き、天と地を指すようにして構える。


『ソーマ……月と星の意思を宿す我が同志よ。しかし、今や我らはこうして相対しているではないか。それらは全て人の身、人の心の移ろいやすさゆえ……今は心優しきその女人も、明日には心を砕かれ、世の〝破滅を望む〟かもしれぬ。そう――汝もすでに知る、〝あの破局〟と同じように!』

「っ!?」


 それが開戦の合図だった。


 僕たちを取り囲む雷の渦がうなりをあげて雷の雨を降らせる。

 印を結んだインドラ様の光輪が輝き、まるで鋭い槍のようになった雷光が奔る。


『ソーマよ、既に無数の輪廻を繰り返した我ら九人の使徒は、その力で霊体となっても自我を保ち、何度も交わっては互いの意思を確認し合ってきた。しかし汝だけは、何度語らおうと神を滅ぼすことに頷かぬ。誰よりも早く、もはや人の世に神の力は不要と気付いたはずの汝が、なぜ神を庇おうとする?』

「ソーマ様が……っ!」

「くそが……! こいつの力、鈴太郎のおふくろどころじゃねぇぞ!?」

「ウギギギギ……ッ! このキラキラは、アタシも欲しくないねぇ……ッ!」


 辺りを包囲され、視界全てを呑み込むような雷撃の嵐。

 悠生ゆうせいは拳で、他のみんなもなんとか耐えているけど、インドラ様の雷撃は弱まるどころか、どんどんその勢いを増していく……っ!


 な、なんなのこの力……!?

 一体どうなってるの!?


 いくらインドラ様が強いっていっても、本気の母さんだって、創世主ロード・ジェネシスだって追い返した今の僕たちが、ここまでなにも出来ないなんて……!


「違う……っ! ソウマ様は、人の想いも感情も……不安定さだって全部、僕たち自身で解決していけるって信じていたんですっ! 散々エール様を利用するだけ利用して……ようやく自分の願いを見つけたエール様を、今度は都合が悪くなったから滅ぼすなんて……! そんなことをしていたら、僕たちはずっと前に進めないッ!」

『たとえ想いが通じようと、それらは全て悠久の流れで見ればほんの一瞬の出来事に過ぎん。汝が愛する〝聖火の娘〟も、蛇によって〝愛を教えられた神〟も。ただこの一時にそうあるだけのこと。やがては何もかも消え去る定め』


 インドラ様の雷撃が更に強まる。僕たちの立つ地面が強烈なプラズマの放射でめくれて、まるで手品みたいに瓦礫が空中に浮かび上がって砕けていく。


 そしてその上をのたうつ無数の閃光。

 僕の力も、何もかもを呑み込もうとするインドラ様の雷。


 このままじゃやられる。


 僕がそう感じたそのとき。鈍い音を立てながら、砕けた地面に拳を燃え上がらせた悠生が一歩を刻んだんだ。


「ハ、ハハ……! 黙って横から聞いてれば、それなりに〝よく分かってる〟じゃねぇか!? なら、俺たちからも教えてやるよ……! なあ、鈴太郎ッ!?」

「悠生……っ!」


 目も眩むような雷撃の向こう。悠生が僕を振り向いて不敵に笑う。

 そしてその笑みを見た僕は、すぐに悠生の気持ちが全部わかった。


 そうだった。

 そうだったね、悠生……っ!


『面白い。蛇よ、我に何を教えると?』

「簡単なことさ……! 神も人も関係ねぇ! 永遠だろうが一瞬だろうがどうでもいい! 誰がなんと言おうと、俺は永久を――――!」

「僕は、エリカさんを――――!」


「「 愛してるッッ! 」」


 悠生の拳に浮かぶ聖像が〝拳の王ロード・フィスト〟から〝神の拳ディヴァイン・フィスト〟に。

 僕の背に〝月天星宿王〟の光輪が現れ、周囲に渦巻く全ての力が月輪の錫杖に収束する。


 僕と悠生。離れた位置から加速した二つの力が一瞬で混ざり合い、一直線にインドラ様と、その真後ろを囲む雷の壁へと突き進む――――!


 一閃。

 そして一拍遅れて巻き起こるとんでもない衝撃。


 僕たちが放った力は、辺りを包囲していた雷の壁の一方を完全に消し飛ばす。


 そしてそれを見た永久さんとエリカさんが、すぐにサダヨさんとレックスさんの手を取って外に脱出。先に飛び出していた僕と悠生に笑みを向けて、一気にインドラ様から距離を取る。


「はわわーーーーっ! 私もっっ! 私も悠生のこと愛してますーーーーっ! 大大だーい好きですっ! むちゅーーーーっ!」

「り、鈴太郎さん……っ。あんな、皆さんの前でなんて……っ。私……恥ずかしくて……。でも、とても嬉しいです……っ」

『愚かな……。確かに愛は尊き物。だがその尊さは、世に生きる万民の命に勝ることはない。汝らの身勝手、それを我が許すことは決してないと知れ』

「うるせぇッッ! 永久がそんなことするわけねぇだろうがッ! バーカバーカ!」


 まだ全然余裕のインドラ様。

 やっぱりインドラ様はとんでもなく強い。


 だけど、それでも――――!

 僕たちだって、ここで負けるわけにはいかないんだ!


 決意を固め、力を漲らせる僕たち。

 そんな僕たちの前でまた静かに印を結び、雷の大樹を顕現させるインドラ様。



 けど、その時だった。



「――――素晴らしい夫婦愛。確かに見せて貰ったよ、ロード・フィスト。そして、レディ・トワ。無事なようでなにより」

「いつまで待ってても来ないから〝心配して〟来てみたんだけど……まさか〝六業会の木〟に先を越されていたとはね。でも……ククッ! これは面白いことになってきた……!」

「っ……!? お前ら……!?」


 その声は僕たちの背後。


 そしてそこで光り輝く二つの聖像。


 一つは〝燃え盛る高炉の前で聖剣を鍛える男〟。

 そしてもう一つは、〝四枚の大鏡と、中央に鎮座する紫色の水晶〟。


Lord Steelロード・スティール〟と〝Lord Mirrorロード・ミラー〟。


 僕もよく知っている〝二人の王〟が、穏やかに笑みを浮かべて立っていたんだ――――。


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