雷の樹


 軌道エレベーターアマテラス。


 宇宙まで届くその建造物は、ほんの半年前に僕たちと九曜の日……母さんとの戦いで大きな損害を受けた。


 人口島の基部にオープンしていたショッピングモールやリゾートセンターは今も閉鎖されたままだし、エレベーターのロープも切れたままだって聞いてる。


 海面上昇で面積を増した東京湾。その中程に作られた人工島。壊れて動きを止めたアマテラスは、今も〝太極の根〟と一緒にそこに存在してる。


 東京を縦に切り裂くようにして、僕たち六人は一直線にアマテラスを目指す。


 紅くライトアップされたスカイツリーを横目に、新宿の高層ビル街に突入。百メートルを軽々と超える高さのビルのガラス面に、蒼い炎と星の光のトンネルを疾走する僕たちの姿が反射する。


「こいつはいいな! 雑魚の相手をする手間が省ける」

小貫こぬきさんとエリカさんの息もぴったりですっ!」

「はい……鈴太郎りんたろうさんのぬくもりが、私を支えてくれるんです……っ!」

「う、うん……っ! 僕もエリカさんとこうしてると、凄く体がぽかぽかしてきて熱いくらい……ってエリカさん火! 体から火が出てますけどッ!?」

「クックック……! クックックック……ッ! カメラ……撮影……! キラキラコレクション……!」

「そんなことはどうでもいい……! もっとスピードはでないのか……ッ? このままでは、ランキングイベントの出遅れが取り返しのつかないことに……ッ! 教えてくれ悠生ゆうせい……俺はどうすればいい……ッ!」

「クソゲーやめろ」


 今も東京の空から見る夜の街にはあちこちで爆発や炎、稲光や竜巻みたいな殺し屋同士の力のぶつかり合いが見える。

 

 僕とエリカさんの張ったこのトンネルも攻撃を受けてるけど、今の僕とエリカさんの力を砕くのは、それこそ〝九曜〟や〝王〟でも単独じゃ難しいはず……。


 それでも、絶対に油断はしない。

 

 ずっと組織から追われ続けて、うまく円卓と六業会のご機嫌を伺って。


 そこまでしても安心して暮らすことは出来なかった僕たちが、円卓と六業会を同時に壊滅させるチャンスは今しかない。


 逆にここで僕たちが永久とわさんを守れず、太極の根もどちらかに渡れば、それは僕たちの望む日々の終わり……そんなことは、絶対にさせるわけにはいかない。


 僕たちだって世界を守りたいとか、そんな大げさなことを考えてるわけじゃない。


 ただ明日も買い物をして、美味しいご飯を食べたいだけ……大好きな人と、一緒の時間をこれからも送りたいだけなんだ……っ!


 だけど――。


『いいや……汝らの願いはここまでだ』

「……っ!?」


 だけどそんな僕の決意は、突然襲いかかってきた〝雷鳴と閃光〟によって打ち砕かれた。


『汝らがここを通ることは見えていた……我はただそれを待ち、根を張るのみ』

「鈴太郎さんっ!」

「っ……! 星よ――ッ!」


 それは、光そのものが樹になったみたいな光景だった。


 一瞬で地面から数百メートルの高さまで伸びた〝樹の形をした光〟は、その枝や葉の部分で僕とエリカさんの力を受け止めると、そのまま僕たちを押し潰しにかかる。


「チッ! やるぞ、永久!」

「はいはーいっ! いきますよーっ!」

「クックック……ッ! リア充の邪魔をする奴は、容赦しないよ……ッ!」

「ま、また邪魔された……もう駄目だ……終わった、俺のランキングイベント…………おのれええええええッ!」


 それまで僕たちを守っていた炎と光が大樹に砕かれる。林立する高層ビル群のど真ん中でバラバラに弾かれた僕たちは、一斉に力を解放する。


〝輝く太陽と放射状に広がる陽光〟

〝死した女神とそれを見下ろす新たな女神〟

〝円環の炎を胸に抱く少女〟

〝救いを求める人々と、手を差し伸べる女神〟

〝神なる大地に突き刺さる一振りの聖剣〟


 そして最後に、僕の〝月天星宿王ストリ・ソーマ〟の光輪が殆ど同時にその場に顕現。それは一つの力の塊になって、目の前の大樹に立ち向かう。


『見事。ならば、我もまた相応の礼を持って迎え撃たん』


 現れた樹の根元、地面に刻まれた巨大な曼荼羅。その中心に立つ褐色肌の男の人。やっぱり、あれは……!



『ॐ सहस्रनेत्राय विद्महे वज्रहस्ताय धीमहि । तन्नो इन्द्रः प्रचोदयात्‌ ॥』


〝我が千の眼を持つ方を知り、雷を手にする方を瞑想できるように。インドラよ、我を導き給え〟



 ただその人は、呟くようにしてマントラを唱えただけ。

 それだけなのに、その声は辺り一帯全てのビルの窓ガラスを震わせて、雷の音みたいに僕たちの芯を射貫いた。


 それと同時に、その人の背に雷のように枝葉を広げた〝大樹の光輪〟が描かれる。

 そしてその光の中心。そこには空間そのものに刻まれた光文字で〝 इंद्रインドラ〟の名前が浮かび上がっていた。


「なに……っ!?」

「きゃあっ!」


 一閃。


 そこから放たれた雷光と衝撃は、真っ先に飛びかかった悠生の拳と永久さんを簡単に押し返し、それどころか後に続いた他のみんなの力まで散り散りに引き裂いてしまった。


 僕とエリカさんは咄嗟に展開した力で弾かれたみんなをすくい上げると、一度飛び上がって空に逃げる。


 上空に逃れた僕たちの視界の先。たった今放たれた力の余波で、いくつかの高層ビルがもの凄い爆風と一緒に倒壊していくのが見えた。


『天より下りし悪逆の蛇……そして蛇にそそのかれし堕落した神……汝らを滅ぼすことこそ、我が宿願』

「あいたたた~……みなさんご無事ですか……っ?」

「が、は……っ。クソが……っ、とんでもねぇのが出てきやがったな……!」

「い、〝インドラ〟様……っ! まさか、あなたがここに……!?」

『〝まさか〟とは笑止……。ならば問おう……我以外の誰が汝らを止められる?』


 倒壊したビルがまき散らす分厚い雲みたいな粉塵。でもその煙は渦を巻くようにして波打つと、その中心からさっき僕たちを叩き落とした、〝雷の大樹〟が輝きながら伸びてくる。


『祈れ、そして覚悟せよ。我が名はインドラ。汝らの願い……ここで終いだ』


 

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