第四話 鈴太郎視点

神は二度と還らず


 それはまるで、何万人もの軍隊が戦いをしているような火砲と爆発、そして閃光の雨のど真ん中。


 二つに割れた紅い月と夜空の下。

 灯り続けるいくつもの光が瞬く、高層ビルの隙間――。


「こ、こいつら……!? まさか!?」

「邪魔だ、殴るぞ」


 次々と炸裂する爆発を無理矢理突き抜けて、目も眩むような高さのビル壁を忍者みたいに走り抜ける悠生ゆうせい。悠生はそのまま、空から降ってきた円卓の殺し屋をすごい勢いで殴り抜ける。


「おのれ! 我らが神の裁きを――!」

「星よ――!」


 それと同時、二十七個の星を従えて空を飛ぶ僕は、地上から飛び上がってきた六業会の殺し屋の攻撃を星の光で跳ね返すと、そのまま握った月輪の錫杖で弾き飛ばした。


 僕と悠生に吹き飛ばされた殺し屋はそれぞれ地面とビルの壁に〝人型の穴〟を残してめりこみ、そのままがっくりと動かなくなる。


「ククク……ッ! この街だって、アタシにとっちゃ大事なキラキラなんだよ……! それを壊そうとするやつらは……死ねッ!」

「どけぇぇぇぇええええッ! 俺は一刻も早くネットに繋いでガチャを回さねばならんのだ……ッ! こうしている間にも、俺のランクはどんどん落ちているんだぞ……ッッ!」

「ぎゃ……あ!」

「ばけ、もの……!」


 先陣を切る僕たちから一定の間隔を置いて、サダヨさんとレックスさんが左右を固める。眼下に広がるキラキラした東京の明りに照らし出さた二人が、次々と円卓と六業会の殺し屋を叩き付け、切り裂いていく。


「はいはーいっ! ちゃんと治してあげますから、みなさん安心して下さいね!」

「ですが……暫くはそこでじっとしてて貰います……っ!」


 そして僕と悠生のすぐ後ろ。四枚の光の翼を広げた永久とわさんと、虹色に輝く炎の竜に乗ったエリカさんが、互いの力を辺り一帯に解放する。


 まるで空から舞い降りる天使の羽みたいな永久さんの力は戦いで傷ついた円卓と六業会の殺し屋をすぐに癒やす。

 でも、それと同時にエリカさんの放つ硬質な炎が覆い被さって殺し屋たちを束縛。それ以上の行動が出来ないように閉じ込めてしまう。


「とんでもない数だな。さっさと決めねぇと、東京が更地になっちまう」

「急ぎましょう悠生っ! もう東京中で戦いが始まってますっ!」

「ですが、私たちだけが突出するわけにはいきませんっ! 他の皆さんとなるべくタイミングを合わせないと……!」

「大丈夫、ちゃんと他のチームも前進してるよ! このままのペースで進もう!」


 上下左右、空からも地上からも飛び出してくる殺し屋たち。

 いくつもの弾丸や弓矢、炎や氷が降り注ぐ中を僕たちはまっすぐアマテラス目掛けて進む。


 今、僕たち殺し屋マンションのみんなは、いくつかのチームに分かれて別々にアマテラスに向かってる。

 その方が戦場の状況を掴みやすいし、僕たちみたいな数の少ない組織には、そういうゲリラ戦みたいな戦い方が一番だから。


 僕たちのチームはその中でも永久さんを護衛する一番重要な役目がある。だから悠生と永久さんに、僕とエリカさん。それにレックスさんとサダヨさんっていう、殺し屋マンションでも最強の戦力で固められてる。


 他のみんなもそれぞれチームを組んでて、最終的にはアマテラスで合流。そのままそこに来るはずの〝創世主ロード・ジェネシス〟を戦闘不能に持ち込むのが今回の目的なんだ。


 六業会の母さんや、インドラ様と戦うかは分からない。でも……きっとただでは済まないと思う。


鈴太郎りんたろうさんっ! そちらに――!」

「分かってるっ!」


 エリカさんに教えられるよりも早く、鋭く切り込んできた隕石みたいな攻撃を錫杖で受け、そのまま波の力で空に跳ね返す。


 同時に、その隕石を落とした殺し屋がエリカさんの炎に呑み込まれ、〝ジュッ……〟っていう音を立てて炎の中に消える。


「ふふっ、ご心配なく。少しだけ、私の炎の中で眠っててくださいね」

「ありがとうエリカさんっ。こっちに!」

「はいっ!」


 ビルの合間を飛びながら、僕はすぐ近くまで来てくれたエリカさんに手を伸ばす。エリカさんもすぐに僕の手を取って、お互いに出来るだけ体を寄せ合いながら二人で一緒に前を向く。そして――!


「月よ! 森羅万象を抱き、星辰の道行きをここに示せ――!」

「私に宿る〝転輪の炎リング・オブ・ファイア〟……! 阻めるとは思わないことです!」


 僕たちが進む先。僕の〝月天星宿王ストリ・ソーマ〟の力で空中に描いたトンネル状の空間に、エリカさんの蒼い炎が渦を巻いて火の道を奔らせる。


 軌道上にあった全部の攻撃は一瞬で焼き尽くされて、立ち塞がっていた沢山の殺し屋も、エリカさんの炎と僕の光に弾かれて消えていく。


「ははっ! 一気に風通しが良くなったな!」

「すっごーい! これが二人の愛の力! ですねっ!」

「う、うん! レックスさん、サダヨさんも! 僕とエリカさんの道があるうちに、こっちに!」

「クヒ……ッ!? 新鮮なリア充! 新鮮なリア充の匂い……ッ! キラキラ! イイ……ッ!」


 また一カ所に集まった僕たちは、ずっと先まで続く光と炎の道を一気に駆け抜けていく。本当の力に覚醒したエリカさんの炎は本当に凄くて、その力はもう殺し屋とかそういうレベルを遙かに超えていた。


 そして、僕は胸の中に抱くエリカさんのぬくもりを感じながら、この戦いの前にエリカさんと二人で調べていたことをふと思い出してた。



 それは、永久さんとエリカさんが持つ〝エール様の力〟についてのこと。



 僕たちが見た過去の世界では、エール様はどんな願いも叶える力を持っていた。

 誰かに死んで欲しいと願えばそのとおりにしていたし、実際それで悠生のお父さんはとても辛い目に遭わされた……。


 でも、もしその力が今も使えるなら……たとえば悠生のお父さんに、まだお父さんが知らないでいる、〝ユーセくんとエルさんの真実を教える〟ことは出来ないかなって思ったんだ。


 だけど――。


『駄目……みたいです。今の私の力では、人の心に干渉したり、命を奪うようなことは出来ない……』

『実は、私もそうなんです……。私の力は、他人の考えを見ることは出来ても、それを変えることはできません……。もちろん、誰かを殺すことも……』


 そうなんだ。


 実は今のエリカさんの炎は、単純な〝殺傷力〟だけで見れば前のエリカさんよりも〝弱い〟くらいなんだ。


 永久さんがよく使う凄い威力のビームも、あれは相手の力を砕くだけで、何かを傷つける力は殆どないんだって。



〝きっともう、私は元には戻らない〟



 あのとき僕たちが聞いた、エルさんの心の声――。


 永久さんは、死んでしまった命を完全に蘇らせることが出来る。

 だけど、実はその力で虫一匹だって殺すことができなかった。


 エリカさんもそう。


 永久さんほどじゃないけど、エリカさんの優しい心を通して出るエール様の力は、とてもじゃないけど〝どんな願いも叶える〟ような力じゃなかった。


 さっき東京のみんなを守るために使った力だって、四ノ原しのはら君の協力がなければ……二人だけだったら、とてもあんなことは出来なかったんだ。


 それはきっと、エール様が〝神から人になった〟から――。

 僕たちと同じ心を持つ人になったから、その力の形も変わったんだと思う。


 紅い月に封印されていた、まだギリギリみんなの願いを叶えようとしていた最後のエルさんも、永久さんと一つになった。


 きっともうこの世界に、新しく殺し屋の力を持った人が生まれることはない。

 もうこの世界には、どんな願いも叶えてくれる神様はいないんだ。



〝手に入れた幸せをここから先に繋ぐのは、もう神様じゃない……君たち自身だ〟



 そうですよね、ソウマ様。


 ここからは、僕たちがやります。

 神様の力じゃなく、僕たち自身の力で――!

 

 炎と光の道を進む僕たちはそれぞれの大事なものを守るために、閃光と爆炎の渦を駆け抜けた――。

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