聖戦の刻
その光は、なんの前触れもなく漆黒の空を覆った。
〝正円に並ぶ九つの炎と、中央に座する十字架。そしてそれら全てを貫く一振りの聖剣〟
それは二十年前――――虐殺の二月が始まったとき一度だけ現れた〝円卓の
だが、俺も当時の記録映像でしか見たことがないその聖像に、今この時は応戦する奴らがいる。
〝正円に並ぶ九柱の神と、中央に座する大樹。そしてそれらを包む大輪の花〟
東洋風の意匠で描かれた複雑な紋様。それは気の遠くなるような昔に東に逃れ、元々持っていた形も教義も変えながら、それでも人の手に余る神の力を断つためだけに教えを繋げ続けた、
夜空に現れた円卓の聖像を迎え撃つように、林立する高層ビル群を縫うようにして描かれた応戦の印。
「来やがったか……!」
「うん……!」
「クックック……! どうやら、おいでなすったようだね……!」
俺たち殺し屋殺しは、ついに始まった終末の開戦を要塞化した殺し屋マンションの屋上から見ていた。
俺たちの数は全部で二百人。
「もう少し時間があれば良かったのですが……
「ご心配なく、こちらの確認は終わっています!」
「はいはーい! いつでもいけますよっ!」
「なんとかやってみますっ!」
「ありがとうございます。では、お願いしますよ――――!」
俺たちが振り向いた屋上の中央。そこには永久とエリカ、そして四ノ原の三人が円を描くようにして互いに手を繋ぎ、淡い虹色の光を浮かび上がらせて力を集中させていた。
「障壁の展開は私が……永久さんと四ノ原さんは、全員の捕捉をお願いします!」
「むんむん……むーん! 捉えましたっ!」
「――――! いきますっ!」
瞬間。四ノ原の体に収束した永久とエリカの光が空に昇り、まるで花火のように上空で拡散。広がった光は数十万を軽く超える光の雨になると、東京全土めがけて一斉に降り注ぐ。
「ぜぇっ――――はぁ――――っ! ゲホっ……! ゲホゲホ――――! でき、ましたか……!?」
「ばっちりです! 四ノ原さんのおかげですっ!」
「全障壁の展開、完了しました。これで少しは守れるはずです」
「三人とも、ありがとうございました。特に四ノ原君……よくやってくれましたね」
開戦と同時に一仕事を終えた三人に、山田は労いの言葉をかける。
四ノ原の力を借りて、永久とエリカが展開したのは〝民間人用の障壁〟だ。
さすがに〝九曜〟や〝王〟に直接狙われればどうしようもないだろうが、一回試してみた感じじゃ、そこらの殺し屋にぶち抜ける代物じゃなかった。
東京の避難はそれなりに進んだが、それでもこれだけの大都市から人を全員避難させるなんてことは不可能だ。病院には今も治療や手術を受けてる奴がいるし、寝たきりで動けない奴だって大勢いる。
だから俺たちは、四ノ原の〝全てを跳ばす力〟を媒介にして、永久とエリカの力をこの東京に残る何百万っていう奴ら全員に身を守る障壁として与えた。
この日のために準備してきたのは、円卓と六業会だけじゃない。
俺たち殺し屋殺しもこの日のために……俺たちが望む結果を手に入れるために、全員で顔を突き合わせて準備してきた。
もしかしたら……今の永久がどうにかすれば、たとえ東京が更地になっても元通りにできるのかもしれない。
けどな……俺も
永久の力も、エリカの力も。
どっちも昔みたいな都合の良い力じゃなくなってる。
人が死ねば永久は悲しむ。
今の永久は、俺たちと同じ生身の体と心を持った人間なんだ。
俺と初めて会ったときの永久だって……死んだ奴らを一人一人生き返らせる度に、その心はどんどんすり減っていた。
涙を流して、心を痛めて……永久自身だって、誰かに救いを求めていたんだ。
〝試しに、そちらにいる奥様に願ってみてはどうですか? 今すぐ円卓の父を殺してくれ、と……そうすれば、東京が戦場になることも、貴方の大切な奥様が危険な目に遭うことも……〟
俺の脳裏に、あのクソ忌々しい毒の王の言葉が浮かぶ。
ふざけるなよ。
永久は物じゃねぇ……!
俺の最愛の妻であり、俺たちの仲間だ!
「では皆さん……ここからは事前の作戦通り、各チームごとにアマテラスを目指します。円卓と六業会……どちらが太極と永久さんを手に入れても、私たちの負けです」
「私は山田と四ノ原を乗せて一度戦場を離れる。みんなの合図があり次第また突っ込むから、それまでは任せたよ……!」
「ああ……碧さんも気をつけろよ」
「ははッ! 任せときなさいって!」
要塞化した殺し屋マンション屋上に設置されたプラットフォーム。
パイロットスーツに身を包んだ碧さんが、笑みを浮かべて〝ムラサメ〟に乗り込む。
「あ……あの……。僕……ちゃんと皆さんのお役に立てましたか……?」
「ああ……お前のお陰で、何百万って数の奴らが死ななくてよくなる。俺たちも戦いに集中できるしな」
「本当にそうだよっ! それに、四ノ原君にはまだやってもらうこともあるし! 今は安全なところで休んでてっ!」
「は、はい……っ! よかった……」
そう言って、力を使い果たした四ノ原は碧さんが操縦するムラサメの後部座席になんとか乗り込んでいく。
東京にいる全員に向けて力を使った四ノ原は、いくら永久やエリカのサポートがあったっていっても暫くは動けない。
四ノ原の力を使えば、アマテラスまで一瞬で俺たち全員を運ぶことも出来ただろう。だが、今回の俺たちは〝その道〟を選ばなかった。
円卓がアマテラスにある太極を狙うって話は、円卓の王と六業会の九曜から聞いた話だ。どっちも現在進行形で俺たちの敵だ。
それをアテにして全戦力をそこに差し向けるなんてのは、いくらなんでもお人好しが過ぎるってもんだ。
「では皆さん、どうかご武運を。必ず、またお会いしましょう」
「ああ、任せとけ。アンタも気をつけろよ……〝ヤジャ先生〟」
「っ……! ――――はるか昔のことのはずなのに……貴方からそう呼ばれると、まるで昨日のことのように感じますね……」
四ノ原の隣に座った山田のことを、俺はあえてそう呼んだ。
理由はなかった。ただ、そう呼びたくなっただけだった。
「どうか許して下さい……あのとき、私は貴方のことを守れなかった。それどころか、全ての咎を貴方に負わせ、お母様を救うことも出来ず……私一人がこうしておめおめと生き
「気にするなって。アンタには今まで散々世話になったんだ。だから……死ぬなよ」
「本当に立派になられた……。あの日……あの楽園の日々で、私が思い描いていたよりも、ずっと……。どうか、ご武運を……」
最後にそう言うと、山田と四ノ原、そして碧さんは分厚いキャノピーの向こう側で俺たちに頷き、気流の渦を巻き起こして光の消えた夜空へと飛び去っていった。
「んじゃ、ま……俺たちも始めるとするか」
「いきましょう、
「クク……ッ! いよいよかい、待ちくたびれて寝ちまうところだったよ……!」
「うんっ! いつでもいけるよ、悠生!」
「マスター……! 私も鈴太郎さんも、最後までお供します……!」
「スマホの電波が切れた……なにもできない……ガチャも、回せない……ッ! 許さん……ッ! 許さんぞ、殺し屋ども……! ジワジワとなぶり殺しにしてくれる……ッ!」
覚悟を決めた俺たちの目の前に広がる夜景。
そこには早速いくつもの爆発と閃光、そして衝撃が巻き起こる。
意識を集中させれば、いくつかの殺し屋の気配がこっちに向かってくるのも感じ取ることが出来た。
「よし、俺たちの目標はアマテラスだ! 円卓も六業会も関係ねぇ! 徹底的にかき回すぞ!」
叫び、俺たち殺し屋殺しは一斉に夜の闇目掛けて飛び降りる。
この闇の先に待つのは地獄か、それとももっと別の何かか。
〝受けて立つ〟
何が来ようと、全部纏めて俺の拳で叩き潰す。
決意を固めた俺は仲間と共に、恐らく最後になるだろう戦場へと身を躍らせた――――。
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