黄昏の二人
〝殺し屋による大規模テロ情報。殺し屋による大規模テロ情報。東京全域に、緊急避難指示が発令されています。速やかに当該地域を離れてください。繰り返します――――〟
夕暮れ。
赤く染まった空と紅く染まった月を背景に、聞き慣れない不気味なサイレンの音が東京中に響き渡る。
日本政府の関東からの避難指示が発令されて今日で三日目。
まだ円卓も六業会も動きは見せていないが、国の偉い奴らだってこんな指示で東京をカラにできるとは思ってないだろう。
山田に尋ねたが、特に殺し屋マンションから政府と連絡はとっていないらしい。
恐らく、六業会か円卓か。当事者のどっちかが事前通告をしてやったってとこか。
「い、いよいよって感じだね……」
「その格好のお前を見るのも久しぶりだな」
殺し屋マンション前の大通りから、夕暮れの空を見上げる俺の背後。
そこには、六業会の戦闘法衣を着た
俺と鈴太郎が最後に戦ったのは四年近く前だ。
それ以来となる〝ガチな鈴太郎〟の姿に、俺は思わず笑みを浮かべた。
「うん……やっぱり本気で戦うってなると、この格好が一番しっくりくるっていうか……」
「だな、俺もそうだ」
「東京の避難……まだ半分も終わってないって」
「むしろよくやってる方だろ。やっぱ
鈴太郎は静かに頷き、俺と並んで夕暮れの空を見上げる。
鈴太郎と同じように、今の俺の格好も円卓を抜けた時に着ていたジャケットだ。
防御はともかく、動きやすさに関してはやはりこいつが一番しっくりくる。
「ありがとな……エリカのこと」
「ううん……ありがとうは僕の方だよ。
「……やっぱりお前は凄いな。お前がいなかったら、俺だってどうなってたか」
「そんな……」
俺は空から目線を降ろし、鈴太郎に向けた。
「悠生には
「たしかにな。俺は永久に出会ったお陰でまっすぐ生きられるようになったし、今だってずっと永久に支えられてる。でもな、俺は永久に出会えたのと同じくらい、お前とダチになれて良かったと思ってるよ」
「ええっ!? そ、そんなに!? それはいくらなんでも言い過ぎじゃ……!?」
「んなわけあるか。お前がいたから、俺は今も拳を握れる。自分のやらかしたことから、目を逸らさないでいられるんだ」
謙遜してあたふたする鈴太郎の胸に、俺は握った拳の甲をトンと当てる。
永久に出逢い、刃の王を倒した俺を次に苦しめたのは、俺自身が積み重ねたクソッタレな人生だった。
エリカのことも、親父のことも。
俺が命じられるままに殺してきた無数の命もそうだ。
永久の存在に俺が癒やされれば癒やされるほど、俺が本当はなりたかった自分の姿を自覚すればするほど、あまりにも情けない過去の俺の姿は、俺自身を苦しめた。
初めの頃は、永久にも俺の過去を話すことが出来なかった。
永久に嫌われるのが怖かった。
あまりにもドス黒い俺の過去を知れば、永久が失望すると思った。
頻繁に現れる過去のフラッシュバックや、円卓からの追手として現れる、過去の俺を知る奴らの存在。そういうもの全てが俺を追い詰めていた。
永久には俺の心を読むこともできたが、俺の事を思う彼女はそうしなかった。
だがその優しさも、当時の俺には逆に辛かった。永久に全てを知って貰いたいと思っているのに、臆病な俺は話すことができなかった。
「けどお前は違った……今にも死ぬんじゃないかってくらいボロボロで、近くで音がするだけで泣き叫んでゲロを吐く。そんな姿になっても、お前は自分のやったことから逃げていなかった」
「悠生……」
「素直にすげぇと思ったよ。お前は俺なんかよりも遙かに酷い目に遭ってるってのに……周りの奴らから馬鹿にされて、ゴミみてぇに扱われても、お前はちゃんと生きてたんだ」
やらかした過去はもう変えられない。
俺の過去を受け止められるのは、俺しかいない。
俺が目を逸らしてきた全ても、俺が奪ってしまった命も。
償いたいと思うのなら、クソッタレだったと思うなら。
たとえどんな目に遭ったとしても、俺がやるしかないんだ。
「それを教えてくれたのはお前だ、鈴太郎。何度だって言う……お前は俺の、憧れのヒーローだよ」
「う、うぅ……っ。悠生……っ! ありがとう……っ。僕も、君と会えて良かった……友だちになれて、良かったよ……っ!」
いきなり泣き出した鈴太郎を、俺はいつものように肩を叩いて慰める。
こんな風に遠慮なく人前で泣けるのも、俺が憧れるこいつの強さだ。
――――過去の俺が……ユーセがやらかした罪。
ただ〝友だちが欲しい〟と願ったこと。
神に〝愛を教えた〟こと。
気が遠くなるような昔、親父は俺を蛇と呼び……殺した。
けどな……それは本当に罪だったのか?
本当に殺されるほど悪い事だったのか?
過去のやらかしは変えられない。
だが、俺はそのやらかしのお陰で永久と愛し合い、鈴太郎ともダチになれたんだ。
俺はもうとっくに、〝幸せになってる〟んだぞ……クソ親父。
「死ぬなよ。お前が危なくなったら、すぐに俺が助けてやる」
「うん……! 僕も絶対に君を守るよ……! 頑張ろう、悠生っ!」
言って、俺たちは握った拳を叩き合った。
不気味なまでに静まりかえった夕暮れの街は、すぐに暗くなるだろう――――。
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