もう二度と
「はい、
「う、うんっ」
「ふふ……ありがとうございます」
あの殺し屋マンションでの円卓との戦いから一週間。
山田さんに見せて貰った僕たちの過去や、殺し屋の存在理由。
そして円卓と
色んなことを一度に教えられて、混乱した気持ちも少しだけ落ち着いてきた頃。
僕はエリカさんに誘われて、彼女と一緒に買い物に出かけていた。
「突然無理を言ってしまって申し訳ありませんでした……実は先日、ようやく纏まったお給金を頂けたので、今まで揃っていなかった日用品を選ぼうと思って……」
「あーっ! 分かるよそれ! 河井さんも頑張ってくれてるけど、仕事が仕事だし、実際にお金が入るまで時間がかかるんだよね。僕も最初はカツカツだったなぁ……」
「へぇ……鈴太郎さんにもそんな時期があったんですね」
まだ肌寒い街の中。
エリカさんは今まで僕が見た中でも一番くらいに明るい笑顔で、僕の手をひいて一緒に歩いてくれた。
沢山の人の中でも一際目立つエリカさん。
はっきり言って、彼女はびっくりするくらい綺麗だし、普通の人が着たらコスプレみたいになっちゃうような服も、エリカさんが着ると全然違和感なくなるくらい。
僕もそんなエリカさんと並んだときにおかしくならないようにと思って、持ってる服の中でも一番ビシっとしたのを着てきたんだけど……ぼ、僕の場合は、エリカさんみたいに特別かっこいいわけじゃないからね……。
「……? どうかしましたか?」
「はわ……っ!? ごめん、なんでもないよっ! とりあえずお店に入ろうか!?」
「くすっ……はい、そうしましょうっ」
あ、あぶなああああいッッ!
また初対面の頃みたいな挙動不審になってた!
っていうか!
なんかエリカさん距離近い!?
雰囲気もとっても柔らかいし、明るいし、いつのまにか僕のこと〝小貫さん〟じゃなくて〝鈴太郎さん〟って平然と呼んでるし!?
なにこれ!?
本当に一体なにがあったの!?
僕には全く心当たりが…………ごめん……あるにはあるんだけどっ!
それにしたっていきなり!?
いやいやいやいや……落ち着け、いったん落ち着こう……。
冷静になるんだ鈴太郎……っ!
きっとこの買い物が一段落したら、どこかでお昼になるはず。
そ、その時に思い切ってエリカさんに聞いてみるんだ!
そうだ、絶対にそうしよう!
片方の手をエリカさんと握って、空いている方の手には大きな買い物袋。
こんな調子で朝からずっとドキドキしっぱなしの僕は、今の状況にぐるぐると目を回しながら、それでもこの機会にちゃんとエリカさんとお話しするぞって、固く誓ったんだ。
僕への呼び方とか、過去の僕とエリカさんの関係とか。
本当は色々聞きたいことがあったのに、あまりにも僕がヘタレすぎて、ずっと聞けてなかったから――――ッッ!
――――――
――――
――
そして運命のお昼。
エリカさんももうお金の心配をする必要もなくなったから、ちょっとだけ奮発した高級ランチなんてどうかな? って僕は思ってたんだけど、エリカさんはすごい勢いで、どこにでもある普通のファミレスに僕を引きずり込んでしまった。そして――――。
「――――〝不公平〟だからです」
「ん? んんんんっ!?」
「だって、鈴太郎さんは私と初めて会ったときから〝エリカさん〟って呼んでいらっしゃいましたよね? なら、私も〝鈴太郎さん〟と呼ばないと不公平ですっ! そうですっ!」
「な、なるほどー!?」
早速この前からの名前呼びについて尋ねた僕に、エリカさんはどこか得意げに人差し指を立てると、笑みを浮かべてそう言ったんだ。
そっかぁ……たしかにそう言われると、僕って最初からエリカさんのことは名前呼びしてたね……うん……。
って……え!?
それだけ!?
ほ、ほんとにそれだけなの!?
「それともう一つ……とても嬉しかったから、というのもあります……」
「嬉しかった?」
「本当に……ありがとうございました。あの時、鈴太郎さんが助けてくれなかったら、私はきっと消えていました」
「あ、あれは……僕の力だけじゃないよっ!
「もちろん、皆さんにも心から感謝しています。そして、鈴太郎さんはご自身の危険も顧みず、私を救いに来てくれました」
普段通りの、エリカさんの青い瞳が僕をまっすぐに見つめる。
あの時は僕もかなり怒ってて……エリカさんが円卓に好き勝手利用されて、それで死んでしまうなんて、絶対に許せないって思ってた。
で、でも今思うと……結構変なことを口走ってたような気がするよ……!?
それに……僕はエリカさんのとても辛い過去を、エリカさんの許可もなしに見てしまったんだ。
もし僕が六業会での過去の出来事を他のみんなに見せて平気かって言われれば、ちょっと辛いと思う。だから――――。
「その……ごめん。あの時は必死で……エリカさんの心の中に無断で踏み込むようなことをしてしまって……」
「いいえ。私は、〝嬉しかった〟って言いました。全部覚えてます……鈴太郎さんが私にかけてくれた言葉……とても優しくて、暖かかったです……」
「…………」
そこまで言って、エリカさんはもう十分に思いの込められた眼差しに、さらに強い決意みたいなものを浮かべた。
僕はそのエリカさんの透き通る瞳に吸い込まれたみたいになって、何も言えなくなってしまった。
「山田さんの力で見た〝過去の私〟には、好きな人がいたんです。でも、その人は私が想いを伝える前に命を落としました……」
「それって……」
「思えば、私がマスターに抱いていた想いもそうでした。ずっと心の中に秘めたまま……誰にも告げられることのないまま、しまわれたまま消えていったんです」
それは、全部の時間が止まったみたいに感じられた瞬間だった。
僕の頭はすごい勢いでエリカさんの言葉に意識を巡らせていて、それぞれの言葉の意味を理解しようって必死だった。
「私……決めたんです。もう二度と、自分の気持ちをしまったままにしたりしないって……。だから鈴太郎さん、私――――」
「ま、待ってっ! ごめんエリカさん、そこからは――――!」
間に合った。
ギリギリ間に合った。
僕は両手をエリカさんに向けて彼女の言葉を句切る。
そして大きく深呼吸をして、彼女の瞳を正面から受け止めて。
ちゃんと僕の方から、その言葉を伝えた。
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