蛇が教えたのは


 エルが突然女の子になってから、僕たちはもっともっと仲良くなった。

 僕はエルのために色んな服を作ったし、エルもそれを喜んで着てくれた。


 夜になったら一緒に寝たし、遊ぶのも勉強も、全部二人で一緒にやったんだ。


 でも、相変わらずエルの姿は僕以外には見えなくて……お仕事を終えて久しぶりに帰ってきてくれたお父さまでも、エルには気づけなかった。僕ががんばって作った服も、エルが着た途端他のみんなからは見えなくなっちゃうみたいなんだ。


 こんなに仲良しで大好きなエルのことを、みんなに紹介できないのは寂しかったけど……でもその分、僕はエルに沢山のお話しや、楽しいことをしてあげようって決めたんだ。


「エルはここに来る前はなにをしてたの?」

「ここに来る前……?」


 その日は、お母さまが大切にお手入れをしているお花畑に二人で出かけた。

 そこには本当に綺麗なお花が沢山咲いていて、お日様の匂いとお花の匂いで一杯で、本当の天国みたい。僕とエルも、よく二人で遊ぶお気に入りの場所だった


「ユーセのところに来る前は……ずっと、みんなのことを見ていました」

「みんなのことを? そっか……エルは元々エール様の中にいたんだもんね。エルも、エール様と一緒に僕たちのことを見てくれてたんだねっ」

「はい……私は、みんなのことを見るのが好きでした。私が見てきたどんな物よりも、激しくて、眩しい光……」

「へぇ……! エルが見てきた物って……どんなの物があったの?」


 僕とエルはしっかり手を繋いで、二人でお花畑の中を歩いたり、走ったりした。

 ちょっと疲れた僕たちは、お花が咲いてない小さな草むらに二人で寝っ転がって、一緒にお空を見上げたんだ。 


「沢山の光が生まれて、消えるのを見ました……青い光も、赤い光も、黄色い光もありました。光は激しく輝いて、最後には黒になって消えます」

「なんだかすごそうっ! いいなぁ、いつか僕も見てみたいなぁ……」

「でも……」


 でもその時。お話の途中で、エルはいきなり僕の上にがばって馬乗りになって、被さってきたんだ。


「ど、どうしたの……? エル……」

「でも……私は〝ここ〟を見つけました。〝ここの光〟はすぐに消えてしまうけど、同じ色の光は一つもありません。光り方も、何もかも違う……私はだんだん、この光をもっと近くで見たいと思うようになっていました……」


 僕の顔のすぐ目の前にエルの金色の綺麗な目があって、口と口がくっつきそうなほど近かった。そうされた僕はなんだかすごくどきどきして、でもエルが僕の上から落ちないようにって、エルの体をなるべく優しく支えた。


「不思議です……初めは〝みんな〟だったはずなのに。今の私は、ユーセのことをもっと見たいって思っています。みんなのことも見ていたいけど……気がつくと、いつもユーセのことばかり見ているんです。今も……ずっとこうしていたいって、思っているみたいです」


 エルのとっても綺麗な蒼い髪の毛が僕のほっぺたをさらさらって撫でて、エルがまっすぐに僕を見つめて喋る度に、僕の顔にエルの息が触れた。


「そうなんだ……! 僕、エルにそんな風に言って貰えて、とっても嬉しい……!」

「嬉しい?」

「うん……! だってそれって、エルと僕がとっても仲良しで、エルが僕のことを好きでいてくれてるってことだもんっ。僕も……エルのこと大好きっ!」

「好き……大好き……? ユーセは、私のことが大好き……私は、ユーセのことが、大好き……」


 僕は本当に心の底からそう思って、エルに好きだよって言ったつもりだった。

 お母さまやお父さまや、ヤジャ先生に言うのと同じつもりで。


 けど、なんだろ……エルに好きって伝えたら、さっきから続いてるどきどきがもっと凄くなってきて……。

 気がついたら、小さな僕よりももっと小さなエルの体を、僕は下からぎゅって抱きしめちゃってたんだ。


「ユーセ?」

「あ……っ! ご、ごめんっ! 僕……」

「ううん……。もっと、そうしてほしい、です……」


 思わず抱きしめちゃったエルの体はとっても柔らかくて、どんなお花よりもいい匂いがした。

 僕とエルはしばらくずっとそうしていたんだけど、僕だけじゃなくて、エルの心臓も僕と同じくらいどきどきしてて……僕にはそれがとっても嬉しかった――――。

 

 ――――――

 ――――

 ――


 それから一年が経って……二年が経って。


 大きくなってきた僕はようやく、お父様やお母様と一緒に外の世界を見て回ったり、お友達と遊んだりするようになった。


 お空の下の街は僕が上から見て想像していた景色の何倍も沢山の人がいて、九人の王様と一緒に現れた僕やお父様に、全員が頭を下げていた。


 もちろん、その時も僕とエルは一緒だった。


 その頃には僕もエルに感じる好きと、他のみんなに感じる好きが違う物だっていうのもなんとなく分かってきてて、出会った頃よりももっと仲良しになってた。


 みんなには見えないエルに僕がお話しするとみんなが驚いちゃうから、こっそり静かに、気付かれないように二人で街を見てたんだ。


『むぅ……私、ユーセともっとお話ししたいですっ!』

「あはは、ごめんねエルっ。でも見て、ここにはお家にはない物がいっぱいあるよっ。うわぁ、あれはなんだろう……? 良い匂い……もしかして食べられるのかなっ?」

 

 エルはなかなか僕とお話できないのが不満そうだったけど、僕は初めて見る街の光景にわくわくしっぱなしだった。ヤジャ先生に教えて貰った色んな事が、全部目の前にあったんだから。


「ユーセ……今日までお前を天上神殿に閉じ込めるような仕打ちをしてきたことを、どうか許してほしい。俺とエールが世界を変えてから、こうして十分な安定を得るまでの時間が必要だったのだ」

「お父様……」

「だがもう大丈夫だ。エールの力を俺から掠め取った使徒の生き残り共は、遙か東の過酷な山脈地帯へと追いやった。エールの願いをできる限り多くの民に与え、それと同時に世の安定を維持するための法も作った……少なくとも俺が生きている間は、世が乱れることはないだろう」


 僕のすぐ前を歩くお父様が、どこか誇らしげに言った。

 お父様の大きな背中とそのお言葉に、僕ももっと勉強して、いつかお父様のお力になれるように頑張ろうっていう気持ちが湧いてくる。だけど――――。


「でもお父様、どうしてお父様は世の安定や、お父様からエール様を奪おうとする者たちへの罰をエール様に願わなかったのですか? エール様のお力があれば、すぐに叶えてくれたんじゃ……」

「そうだろうな……俺がそう願えば、恐らくエールはそれを叶えてくれただろう」

「じゃあ、どうして……」


 ずっと気になってた。

 エール様は僕たちのお願いをなんだって叶えてくれる。


 僕が大好きなエルと出会えたように、お父様だってエール様に願っていれば、あんなに忙しくお仕事をしなくても良かったんじゃって、いつもそう思ってたんだ。


「いいか、ユーセ。俺たちだけがエールに願いを叶えて貰うのでは駄目なんだ。エールに願いを叶えて貰った分、俺たちもエールの願いを叶えてやらなくては。そして……俺は気付いたんだ。エールの願いとは、俺たち人間が持つ〝強い願いを見る〟ことだと」

「強い願いを、見る……?」

「そうだ。愛でも、夢でも、殺意でも構わん。とにかく強く、明るく輝く願いを見ること……それがエールの願いだ。そしてその願いは俺からも……俺を殺そうとする〝敵からも〟生まれる可能性がある。むしろ……俺への憎しみが強ければ強いほど、奴らはより強い願いをエールに見せることだろう。俺は世の安定を管理しながら、同時にエールに捧げる強い願いが現れる可能性を潰すのは避けたいのだ」


 後ろを歩く僕を振り返りながら、お父様はとても崇高で力強い決意のこもった眼差しを僕に向け、そうお話ししてくれた。


 強い願いを見る。


 なんだか、エルが前に僕に教えてくれたことと似てる……。


 今も僕の手をぎゅって握って、出会った頃よりもずっと楽しそうに笑うエルを見ながら、僕はうっすらとそんなことを考えていた。



 そして……僕たちの国に異変が起こったのもその頃からだった。



「なぜだ、エール……!? なぜ俺の声に応えてくれない……!?」



 ある日突然。

 エール様は、お父様の声に応えなくなったんだ――――。


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