第二話 ユーセ視点

運命の願い


 わあ、今日もとってもいい天気!


 窓から見えるお空はとっても青くて。

 そこには朝から夜まで、ずっと明るいお日様が光ってる。


 もくもくした白い雲も、ぼくがちょっと手を伸ばせばとどくんだ。


 ぼくの名前はユーセ。

 大好きなお父さまとお母さまが、このお空と同じ名前をぼくにつけてくれたんだ!


 目を覚ましたぼくのベッドの周りには沢山のきれいなお花が咲いていて、ウサギさんも、ネコさんも、ワンさんもいる。


 遠くからはお母さまの笛の音が、鳥さんたちのお歌と一緒に聞こえてくる。


 今日もはじまる。ぼくのすてきな一日!


 エールさま。お父さま。お母さま。

 いつもぼくとみんなと、この世界を見守ってくださり、ありがとうございますっ。


 ――――――

 ――――

 ――


〝私は、偉大なるエールの願いを叶える従者に過ぎない。人々は私を神と崇めるが、真に神と呼べる存在はエールだけだ。そして、エールはこの地に住む者が抱く全ての願いを叶えることを望んでいる。私もまたエールに願いを叶えて貰った一人として、今度は私が、エールの願いを叶えてやりたいのだ〟


 ぼくのお父さまは、とってもえらくて、すてきな王さま。

 いつも優しくて、みんなのことを一番に考えてる。


 その代わりすっごく忙しくて、ぼくやお母さまのところにあまり帰ってきてくれないのはさびしいけど……ぼくはお父さまの子供だから、我慢できるんだ。


「では、ユーセさん。私たち人間が心に抱く〝願いに善悪はありません〟。ですが、貴方のお父上……我らの偉大なる王、アルト様は、いくつかの願いを神に祈ることを固く禁じています。それはなんでしょう?」

「は、はいっ! えーっと……〝人をおとしいれること〟。〝人の不幸を願うこと〟。〝人の行いを自分の考えだけで裁くこと〟……ですっ」

「正解です! とても偉いですよ、ちゃんとお勉強されてきたんですね」

「わーい!」


 お勉強だってがんばってる。


 ぼくは生まれつき体が弱くて、走ったり跳んだりするのはぜんぜんだめ。

 だけど、〝ヤジャ先生〟の授業はとっても楽しかった。


「エール様に願いを叶えて貰うためには、ユーセさんのお父上の許可を得て直接この天上へと赴き、エール様にお目通りしなくてはなりません。エール様は偉大な力を持っていますが、その〝目と耳の届く領域は狭く〟、私たち神の従者がエール様の目となり、耳となって働く必要があるのです」

「はーいっ!」


 先生は毎日色んなことを教えてくれて、ぼくは先生のお話が大好きだった。

 ヤジャ先生はいつも笑顔で、むずかしいお話も分かりやすく説明してくれた。


「本当に立派ですよ、ユーセさん。さすが我が君のご子息だけはある。きっと、貴方もお父上のような、素晴らしい指導者になることでしょう」

「ぼくが、お父さまみたいに?」

「ええ。私は、貴方のお父上によって奴隷の身分から救われ、こうして天上の世界に引き上げて頂きました……貴方のお父上と、偉大なるエール様に救われていなければ、きっと今頃、どこかの荒野で野垂れ死んでいたでしょう」


 もしゃもしゃの黒い髪の毛をふわふわ揺らして、ヤジャ先生はぼくにお話ししてくれた。でもそのお話を聞いたぼくは、ちょっとだけ不思議に思って先生に聞いたんだ。


「じゃあ、先生もお父さまとエール様になにかお願いをしたの?」

「いい質問ですね……勿論しましたよ。私が貴方のお父上に促され、エール様に願ったこと……それは、この世で起きる〝全ての出来事を書き記す〟こと。その力と許しを願いました」

「かき? しるす?」

「フフ……この話は、まだユーセさんには難しいかもしれませんね。いつか……貴方がもっと大きくなったときに、またお話ししましょう。貴方のお父上がこの世に残し続ける、創世の物語と共に……」


 そう言って、ヤジャ先生はその黒い大きな手でぼくの頭をやさしく撫でてくれた。

 先生のお話はむずかしいときもあって、ぼくも全部分かるわけじゃなかったけど。


 でも、先生もぼくのお父さまのことが大好きなんだってことは、とってもよく分かった。


 起きて、食べて、お勉強をして、眠って。

 ずっとずっと続く、幸せな日々。


 ぼくやお母さまが住んでるお空のお家から下を見ると、たくさんの人たちが町を歩いているのが見える。


 ぼくは体が弱かったから、もっと大きくなるまでは下にいっちゃいけないって言われてた。お父さまは、ぼくとお母さまのことをすごく大事にしてて、なかなかお家の外には連れて行ってくれなかった。


 あとでお母さまが教えてくれたけど、ほんとうはぼくもお母さまも、一度病気で死んじゃったんだって。


 お父さまは死んだぼくとお母さまを、エール様に願って生き返らせてくれたって言ってた。だからお父さまは、またぼくたちがケガをしたり、病気になったりしないかが心配なんだって。


 ぼくも下の世界に行ってみたいなって思ってはいたけど、どうしてもっていうほどじゃなかった。だって――――。


 ぼくがいま住んでいるこのお空の世界には、きれいなお花や動物たちも、大好きなお母さまや、ヤジャ先生もいる。


 むしろ、ここには綺麗な物と、おいしい物と、幸せな物しかないんだ。

 ここはきっと天国で、ここよりもすてきな場所なんてないんだと思う。

 だからお父さまは、ぼくとお母さまをこの場所で大切に守ってくれてるんだ。


 ぼくは毎日がとっても幸せで。

 とっても楽しかった。


 だけど――――。


 だけど一つだけ。

 ある日ぼくは、このお家にないものに気付いた。



〝ともだち〟

 


 ヤジャ先生の授業や、お母さまが読んで下さるお話しの中に出てくる。〝ともだち〟っていう言葉。


 先生も、お母さまも。お父さまも、お父さまと一緒にいる九人の王様も。

 みんながぼくに優しくしてくれるけど……きっとこのみんなは、ともだちとは違うんだと思う。


 だって……このお空の世界には、〝ぼくしか子供がいなかった〟から。


 どうして、お空の上にはぼくの他に子供がいないんだろう?

 お父さまがぼくを大事にしてくれるのは分かるけど……ぼくも、お話しの中のみんなみたいに子供同士で、おともだちと遊んでみたいな――――。



〝人を陥れること〟

〝人の不幸を願うこと〟

〝人の行いを自分の考えだけで裁くこと〟



 お父さまが禁じている、みっつの願い。

 

 大丈夫、だよね?

 いけないことじゃないよね?

 

 エール様の神殿はお家からははなれてるし……ぼくのこのお願いだって、べつにエール様に向かってお願いしてるわけじゃないし……。

 

 誰にも聞こえないように、こっそり心の中でお願いするくらいなら……大丈夫だよね?

 

 白い雲とお月さまの光が、ぼくのお部屋を照らしてる。ぼくはあたたかいお布団に頭からもぐりこんで、誰にも聞こえないような声で、こっそりお祈りしたんだ。



 ともだちが欲しいって……。

 誰か、ぼくとともだちになって下さいって。



 目がひとりでに閉じて、眠ってしまうそのときまで、ずっと――――。


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