聖剣は折れず


『俺だけがお前の望みを叶えられる……ッ! 決して、その男ではない、のに……ッ! お、れ……だけがぁあああああああ――――ッ!』


 その声は、断末魔そのものだった。

 憎悪と怒り、そして信じられないほどの執着。


 僕がエリカさんの心の中で戦った、あの人と同じとはとても思えない。

 人としての感情がむき出しになった、余裕も何もない、必死な声だった。だけど――――。


「ゆう、せい……っ!」


 起きた。

 戻って、来れた……!


 真っ暗な世界に広がる光の向こう。僕は何かに導かれるように手を伸ばして、その先にある、崩れた瓦礫の端を確かに掴んでいた。


 視界には黒い夜空と、まるで夢の中の続きみたいな閃光が溢れてた。


 深く考えている時間はなかった。

 言葉にも、形にも出来ない不安が僕の心を満たしていた。


『戻ってこい、エール……! お前のいる場所はそこじゃない……! お前を幸せに出来るのは俺だけだ! 俺だけが、お前を……!』


 だって……この人は。

 この人の持つ願いと欲は、まだ〝尽きてない〟――――!


 僕はすぐに頭を振ってぼやけた意識をたぐり寄せると、寝かされていた殺し屋マンションの屋上から、光が溢れる中庭の方に駆け出す。


「違います……っ! あなたは、〝この人〟のことを何も見ていない……!」

『なん、だと……ッ!』


 僕の耳に、永久とわさんの透き通った叫びが届く。

 要塞化した殺し屋マンションの屋上を区切る分厚い装甲板がひしゃげて、そこから銀色の光と紫色の光が弾けるように溢れていた。


「伝わって来るんです。この人の……エールさんの気持ちが! 私の中で、私を消さずにいてくれた、この人の気持ちが……っ! エールさんは貴方のやってきたことも、やろうとしていることも……なにもかも望んでなんていないっ!」

「俺にもようやく分かってきた……! 本当の君は、俺の事も永久のことも……傷つけようなんて思ってなかった……! 一人で寂しいのは、君も同じだったってのに……!」

『ほざけ……! たかが〝器〟に、忌々しい〝蛇〟が……ッ! 貴様らにエールの何が分かる!? 俺はエールの願いを確かに聞いた、それを叶えようとここまで生き存えてきたッ!』

「分かりますよっ! だって……私とエールさんは〝同じ人〟を好きになった……! 今だって彼女は、〝私と同じ願い〟を叫んでる……っ! エールさんは、あなたが思うような存在じゃないんです……! 私と何も変わらない……ただの、女の子なんですよ――――っ!」


 閃光が奔る。

 永久さんの心のずっと奥から、無限に沸き上がるとんでもない力を感じる。


 だけど、その声に応える創世主ロード・ジェネシスは――――。


『黙れ……ッ! 黙れ黙れ黙れ……ッ! エールの願いを歪めたのはお前だ! この世でただ一つ……完全にして最も純粋な存在だったエールに、そのような矮小な願いを植え付けたのは……! 下らぬ感情を与えたのは悠生ゆうせい……〝お前〟だッッ! お前さえ……お前さえいなければ――――ッ!』

「こいつ……!?」

「悠生っ! 私の手を握ってっ!」


 まずい!


「星よ――――ッ!」


 瞬間。僕はすぐさま〝月天星宿王ストリ・ソーマ〟の力を発現させ、光の渦の中に飛び込んだ。


 しっかりと手を繋ぎ合った悠生と永久さんの銀色の光と、僕がエリカさんの心の中で見たのとは違う、幼い少年の姿で刃を振るう創世主の紫色の光。


 僕は渦を巻く光の中で必死に体勢を整え、弾かれて飛んでくる岩や金属板を必死に逸らしながら、力と力の拮抗する一点をなんとか見定めて――――ここだ!


 炸裂。


 二つの光は混ざり合って、猛烈な衝撃波と力の渦を夜空の果てに轟かせながらゆっくりと消えていく。


 印を結び、無数の星と月の閃光を力の中心に叩き付けて相殺した僕の体が、僕を守る障壁ごと後ろに流れ、壁面に叩き付けられそうになって――――止まった。


「大丈夫ですか? 鈴太郎りんたろうさん……」

「エリカ……さん?」


 眩しさに目を半分閉じたままの僕の視界に、微笑むエリカさんが映る。

 吹き飛ばされた僕は、エリカさんの炎と小さな腕に抱き留められていた。


 ていうか……やっぱりエリカさん、僕のこと名前で呼んでない……!?

 呼んでるよね!? ど、どういうこと!?


『まだ、だ……ッ! 俺は、なんとしても……エールをおおおおおッ!』


 っ!?


 だけど、僕の疑問はその時も遮られた。

 渦巻いた光と砂煙の向こう。


 いびつにねじ曲がる紫色の光と一緒に、全てを断ち切る極大の光の刃が、〝全方位目掛けて〟振り下ろされたんだ。


 それは、僕たちがいるマンションごと……それどころか、東京全部を飲み込んで更地に変えてしまうような、とんでもない力だった。


「エリカさん――――!」

「はいっ!」


 それを見た僕とエリカさんは殆ど同時に動いた。

 エリカさんは炎で、僕は月と星の光で。


 そして僕たち二人とは別に、真下から同じように斬り上げられた〝別の刃〟が激しい火花と共に叩き付けられる。それに、それまでは固唾を呑んで戦いの隙を伺っていたマンションのみんなも、創世主の刃を防ぐために一斉に飛び出す。そして――――。


「お前の勝手な願いに……俺たちを巻き込むんじゃねぇええええええッ!」


 創世主が振り下ろした聖剣の目の前。

 まるで本当の太陽みたいに燃え上がった悠生の拳が、正面から創世主の刃を砕くのが、はっきりと見えた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



 マンションも、体も。何もかもボロボロになって。

 だけど、それでもまだ僕たちは立っていて。


 創世主が最後に放った渾身の聖剣も、一つ残らずこの場で防いだ。

 

 そのせいでふらふらになった僕やみんなの体を、エリカさんの蒼い炎が今も温めて、癒やしてくれている。そして僕はそんなエリカさんと肩を寄せ合って、目を見合わせて……確かに頷き合ったんだ。


 生きてる。

 傷だらけで、力も使い果たして。


 だけど、僕たちはまだ生きてる。

 自分たちの力で、前を向いて生きてる。

 

「はぁ――――ッ! はぁ――――ッ! まだ……やるか……ッ!?」

「何をされたって……私たちは絶対に、諦めませんよ……っ!」


 僕もエリカさんも。

 悠生も永久さんも。


「ク、ク……ッ! アタシも、まだ……生きてるよ……!」 

「俺も……いける、ぞ……! この程度……500連ガチャで、ピックアップが一つも出なかった苦しみに、比べれば……ッ!」


 サダヨさんも、レックスさんも。

 他の殺し屋殺しのみんなも。


 誰一人として諦めてない。

 僕たちの、この場所での生活を諦めたりしていない。


 そして――――。


「――――貴方の負けです。今日の所はお引き取り下さい……かつての我が君」

『よう、やく……出てきたか。〝記の王しるしのおう〟――――〝Lord Bibleロード・バイブル〟……ッ!』


 いつもは陽気なその姿に、とても悲しそうな、辛そうな笑みを刻んだ僕たちのオーナー……山田さんが、瓦礫の向こうから静かに現れたんだ。



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