第八話 鈴太郎視点

闇と光の先


「ハハッ! どうしたんだいレックスッ!? 足下がふらついているじゃないか!」

「む……最近運動不足でな……」


 声。

 声が聞こえる。


 どこまでも暗い世界。

 だけど、時折僕の目に飛び込んでくる光はとても眩しくて、綺麗だった。


「残念だ……! 本当に残念だよレックス! 以前の君は最強だった! 拳の王が恐れ、鋼の王が認め、毒の王ですら笑みを消す。私が〝ただ一人憧れた男〟だったのに……っ!」

「そ、そうだったのか……? むぅ……照れるな……」

「そうさ……! だけどそれももう過去の話だ。今の君は弱い……ッ! この二年間で私を圧倒するほどに強くなった悠生ゆうせいとは正反対だ……! 私は……君のこんな姿を見たくはなかった……!」


 レックスさんが、誰かと戦ってる。

 それは僕の知らない、とても綺麗な女の人。


 だけど分かる。この人は、本当にそう思ってる。

 その女の人の言葉からは、その言葉通りの悲しさや辛さが伝わってくる。


 そして、その言葉を受けたレックスさんは――――。


「そうか……。だが……お前にとってどうだろうと、本当の俺はこっちだ。昔のように強くもない……人殺しだってしたくない……ただアニメを見て、ゲームをして……死ぬまで遊んで暮らしたい……!」

「レックス……ッ! それ以上喋らない方がいい……ッ! もうこれ以上、今の醜く、弱り切った君を見るのは耐えがたい苦痛だ……!」

「醜い……? 弱い……? お前は、そう思うのか……?」


 闇の中に浮かぶ僕の意識に、レックスさんの声と光が満ちていく。レックスさんが背負う〝折れた聖剣〟の聖像が闇を照らす。


「俺は……そうは思わない……! 前の俺がどれだけ強く、どれだけ課金しても平気な無敵の金持ちだったとしても……! どれだけ他人から良く思われていようと……! そんなものはどうだっていい……! 俺の〝好き〟は……俺の自由は……! 俺だけのものだ――――ッ!」

「自由……? レックス、君は――――!?」


 眩い閃光が僕の視界を埋める。

 片方の光が消えて、残った方の光がどこかを目指して飛んでいく。


「ふざけやがって……ッ! なんだこいつの炎は!? ただの炎じゃねぇ……〝実体〟がある……! 俺の渦が呑まれる……ッ!」

「私は、ずっと自分の力が怖かった……あの人に心を歪められて……それでも、私の大切なみんなを燃やした〝この子たち〟が怖かった……っ!」


 そしてレックスさんの聖剣が灯した光の向こう。

 どこまでも透明な、まるで夜空に浮かぶ蒼い星のような光から、僕が一番守ってあげたい……大切に思う女の子の声が響く。


「でも、それは違った……っ! 私の炎は……! 〝あの時も〟……私や、私の大切なみんなを〝癒やそう〟としてくれていた……っ! でもあの時の私は……怖くて……何も、気づけなくて……っ!」

「癒やすだァ……ッ!? 何言ってんだテメェ……ッ!? 殺し屋にそんなもん必要ねぇんだよッッ! 殺せッ! 何もかも、全てを殺せッッ! それが殺し屋の力だ……ッ! 〝癒やしの力〟なんてもんはなぁ……出来損ないの〝神の近似値アヴァター〟だけで十分なんだよぉぉぉ――――ッ!」


 エリカさん――――。


 見覚えのある男と戦うエリカさんのその言葉に、僕は彼女の心の中で見た、エリカさんの炎が赤から蒼に変わったときの光景を思い出す。


 そうだ。


 確かあの時……蒼色に変わったエリカさんの炎は、まるで泣きじゃくる飼い主を慰める犬や猫のようにエリカさんに寄り添って……どうしたらいいのか分からないみたいに、彼女の周りに集まってた。


 きっと、創世主ロード・ジェネシスに殺されかけた僕がまだ生きてるのも、エリカさんの炎が僕を助けてくれたから。そしてその〝癒やしの炎〟こそ、エリカさんの本当の力だったんだね――――。


「失われたみんなはもう戻らない……っ! でも、そうだとしても……! もうこれ以上、私の受けた苦しみを他の誰にだって与えたくない……っ! 味あわせたりしない――――!」


 エリカさんの光が一気に膨れあがって、さっきと同じように僕の意識を照らす。


 でも、なんだろう……?

 この光……とっても心地よくて、暖かい……。


鈴太郎りんたろうさんが……っ! 私にそう思わせてくれたから――――!」

「がぁ……!? まさ、か……この力……アヴァ、た――――ッ!?」


 それはまるで、炎と光で出来た七色の虹。

 もう一つの光を虹の軌道で押し流したエリカさんの光は、その光にのってそのまま闇の奥へと流れていく。


 っていうかエリカさん……いま、僕のことなんて……!?


 でも、今の僕にそれ以上深く考える時間はなかった。僕の意識を埋めていた闇がだんだんと晴れて、まるで朝陽が昇るように、視界の一方から光の密度が増していく。


「起きろ……ッッ! 拳を握れ……! 月城悠生つきしろゆうせいッ! お前は今まで永久の何を見てきた!? お前の愛は、想いは……お前たち夫婦の〝キラキラ〟は……ッ! その程度じゃないだろう――――ッッ!?」


 サダヨさん?


 それにこの力……この波紋は。

 悠生と、永久さん。


 はっきりとは見えないけど、分かる。


 起きていても寝ていても、ずっとあの〝二つに割れた紅い月〟からの視線と声を浴びせられて、いつ自分という存在が消えるか分からない。そういう不安をずっと抱えながら、それでも互いを支え合って懸命に生きてきた二人。


 一人じゃとても耐えられない。二人だったからなんとかここまで耐えられた。

 そんな、僕の想像を絶するような不安と恐怖。


 悠生からも、永久さんからも、同じようにそれを感じる。

 そしてこの闇の中にいる今の僕には、その辛さが手に取るように分かった。


 だけど……二人はそれでもしっかりと手を繋いで。

 互いの光を一つにして。


「大好きですよ、悠生……私は――――」

「俺は君と――――!」


 昇る朝日の光の中。

 ぽっかりと口を開けた暗い闇目掛けて、恐れずに飛び込んだ。


 ずっと一緒にいたいって。

 もしこれで終わりでも、それでも絶対に離れないって。

 

 ただそれだけを願いながら。そして――――。


『馬鹿な……! なぜだ……! なぜなんだ、エール……! お前の望みを叶えられるのはこの世界でただ一人……俺だけだ! 俺だけがお前の望みを叶えられる……ッ! 決して、その男ではない、のに……ッ! お、れ……だけがぁあああああああ――――ッ!』


 最後、悠生と永久さん。それにレックスさんやエリカさん。サダヨさんや、マンションに住む他のみんなの全ての光の向こう側。


 まるで悲鳴みたいな、絶望と怒りに満ちた男の人の声が聞こえた気がした。



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