その願いだけで


『愚かな息子よ……! お前は最愛の妻の魂がとうに消え果てていることにも気付かず、自身を器と思い込むエールと共に蜜月を過ごしていたのだ……! 滑稽にも程がある……ッ!』

「と、わが……もういない……だと……?」


 創世主ロード・ジェネシスが突然言い放ったその言葉。

 たったその一言で、俺の思考と意思はバラバラになりかける。

 

 永久とわが、もういない……?

 永久はもう、とっくにあのナニカに乗っ取られてるってのか……?


『一ヶ月前……お前が六業会ろくごうかいの太陽を墜としたあの時。お前と器は、既にエールの目に捕らえられていた。だからこそ、こうして私自ら出向き、エールを回収しにきたのだ……』


 あの時……〝あの時〟だと?

 俺が鈴太郎りんたろうのおふくろを止めるために紅い月に近づいた、あの時? 



〝いいえ、私の好きな人は貴方……これまで何度も傷つけてしまって、ごめんなさい……。貴方が私の所まで来てくれたお陰で、やっと気づけたんです……〟



 夢の中で見た、永久とそっくりの……しかし間違いなく永久ではないと断言出来る少女の言葉が俺の意識をよぎる。

 

 なら、俺があの戦いを境にナニカの視線を感じなくなったのも、声が聞こえなくなったのも――――。


『そうだ……それももはや、エールにそうする必要がなくなっただけのこと。エールは悠久の長きにわたり〝お前を〟捜し求めていた……! お前の傍にあれるのならば、たとえ器が多少不完全だろうと構わぬほどにな……! なんと……なんと忌々しいことか……ッ!』

「が……がああああああ……ッッ!?」

『愛だと……!? 守るだと……!? 自らの妻の消滅にすら気づけぬお前が、よくそのような大言を吐いたな……!? お前は昔からそうだった……なんの力も持たず、世の理も知らぬ弱者でありながら、エールをたぶらかし、あまつさえ俺の手から掠め取っていった……ッ! それは那由多の時が過ぎ去った今この時ですら、全く変わっていない……ッ!』


 くそが……! 

 くそ、がぁ……ッ!


 今の創世主からは、普段の余裕も、高慢さも感じられなかった。


 ただ怒りと共に俺に罵声を浴びせ、頭を踏みつけ、蹴り飛ばし、胴体だけでなく四肢にまで聖剣を深々と貫通させていたぶる。


 だが、今の俺にとってそんなことはどうでもいい。

 永久が消えたという、創世主から突きつけられた真実。


 その真実が俺の全てを粉々に打ち砕いていた。


 俺の拳で輝く〝神の拳ディヴァイン・フィスト〟の光が薄れる。

 俺の力――――〝拳を握れる限り不滅〟の加護が、俺の体から抜け落ちていくのを感じる。


 俺は、永久を守れなかったのか……?

 守れていないことにも、別人になったことにも気付けなかったのか?


 永久を守れず、それでも守れていると信じ込んで愛を囁き、笑みを浮かべる。

 

 最悪だ。

 何もかも、全てが最低最悪だ。


 それは、秒と経たない間に俺を襲った絶望。俺を構成する全てが足下からガラガラと崩れるような、圧倒的喪失感が俺を奈落に引きずり込もうと大口を開ける。


 だが。


 だがその時。全てを諦めかけた俺の耳に、俺と同じように絶望する〝もう一つの声〟が聞こえたんだ。


悠生ゆうせい――――っ! 私……っ! 私は……っ!」

「と……わ……!」


 それは、今も必死に俺を助けようと閃光を操る永久の姿。


 その可愛らしい横顔は俺以上の絶望に包まれ、震える彼女の金色の瞳には、自分自身の存在を真っ向から否定された恐怖と絶望がありありと浮かんでいた。


 だがそれでも。

 それでも彼女は、俺に手を伸ばしていた。


 俺を助けようと。

 自分の身が傷つくのも構わず、必死に手を伸ばしていた。そして――――。


「起きろ……ッッ! 拳を握れ……! 月城悠生つきしろゆうせいッ! お前は今まで永久の何を見てきた!? お前の愛は、想いは……お前たち夫婦の〝キラキラ〟は……ッ! その程度じゃないだろう――――ッッ!?」

「サダヨ、さん……!」


 そうだ。

 そうだった。


 俺は……また間違うところだった。


 俺は永久の夫だ。永久と出会い、愛し合い……永久が一番好きだと何度も言ってくれた、この世でただ一人の男だ。


 その俺が最愛の妻を……永久を信じなくてどうする?

 たとえ永久に何があろうとも、俺が永久を支えないでどうする!?


『さえずるな、出来損ないのガラクタが……! この世で俺以上にエールを知る者などいない。俺だけがエールという存在の全てを掌中に収めている……ッ!』

「は、はは……っ。ハハハ……ッ! そうだな、サダヨさん……ッ! そうだった……ッ!」


 そうかよ。


 エールだかなんだか知らないが、お前があのナニカの力について誰よりも詳しいってのはそうなんだろうさ。


 だがな――――ッッ!


「お前に……俺たち二人の何が分かるッ!?」


 誰よりも力があり、誰よりも世界について知っていようと……!


「永久のことは――――ッ! 俺が誰よりも知ってんだよおおおおおおおおッ!」

『チィッ!』


 閃光。


 それは、俺の消えかけていた拳から放たれた光。

 再点火した俺の魂が、俺の拳にもう一度神の力を顕現させる。


 膨れあがった赤熱の炎が俺の四肢を縫い付けていた聖剣を砕き、傷ついた俺の肉体を一瞬で再構築。自由になった俺は上空の永久を囲む刃すら全て叩き折ると、そのまま更に飛翔して傷ついた永久を引き寄せ、精一杯の優しさと強さでもって抱きしめた。


「ああ……悠生……っ! ゆう、せいぃ……っ! 私……っ。私は、永久ですよ……永久、ですよね……っ!?」

「ああ、そうだ……! ごめんな……こんな情けない夫で……!」

「ううん……っ。そんなこと、ぜんぜんないです……っ。愛してます……誰よりも……っ!」


 互いのぬくもりが確かに感じられるまでに抱きしめ合い、震える永久の眼差しをまっすぐに受け止めると、俺は彼女を安心させるように頷く。


「そうだ……! お前たち二人はそれでいい……! お前たちは、〝私たち〟の希望なんだ……! 今まで散々こいつに捨てられてきた〝無数の私〟……そんな私たちでも、キラキラしていいんだって……! そう思わせてくれたから……ッ!」


 そうして抱きしめ合う俺たちの真下。傷だらけだったサダヨさんが嬉しそうに笑う。そしてそれと同時、サダヨさんの眼光が赤く燃え上がり、その背にかすれて薄くなった〝救いを求める人々と、彼らに手を差し伸べる女神〟の聖像イコンらしき物が浮かび上がる。


 その下にうっすらと見えるのは、〝El女神〟の文字。

 それはきっと、サダヨさんが今まで背負い続けてきた宿命の名――――。


『下らん……ならば死ぬまで現実から目を逸らし、エールという存在を消えた妻だと思い込みながら生きるというわけだ。醜悪極まりないな……ッ!』

「黙れ! いいか悠生、よく聞け……! 〝あの女〟の言っていた言葉を思い出せ……! そして叫べッ! お前の……お前たち二人の願いを!」

「私たちの……?」

「俺たちの……願い?」


 頭上へと逃れた俺を追い、創世主は罵倒と共に再び聖剣を構える。

 だが、聖剣を構えた創世主めがけ、その掠れた聖像を発現させたサダヨさんが暴風のような勢いで襲いかかる。


『とうに砕けたガラクタが、俺の邪魔をするな……ッ!』

「あの女のことなら、私も良く知ってる……! 永久は消えていない……今もお前が見たまま、いつも通りそこにいる……! なんでだと思う!? それはお前が強くそう〝願っていたから〟だ! あの女はちゃんと……〝お前の願いを叶えていた〟んだよ!」


 サダヨさんの命を賭けた叫び。

 それはまっすぐに俺の思考を射貫き、脳の伝達神経をスパークさせる。



〝貴方の願いを教えて――――貴方の見たい世界を教えて〟

〝私が全部叶えてあげる――――私が貴方の世界を作ってあげる〟

〝貴方のことが好きだから――――貴方のことを愛しているから〟



 永久は消えてない。

 ナニカが……夢の中で俺が見た少女が乗り移っても、永久は消えていない。


 それは俺がそう願ったから?

 俺の願いを、ナニカはずっと叶えてくれていた?


 永久に消えないで欲しいと。

 永久を愛していると。


 俺が、そう想い続けていたから――――。


「そうだ……! お前の……お前たち二人の願いをあの女に……全ての私たちに、聞かせてやれえええ――――ッッ!」

『黙れ……ッ! 黙れと言っている……! この……出来損ないがぁああああッッ!』


 創世主とサダヨさん。

 渦巻くような二人の力と想いが俺たち目掛けて巻き起こる。


 その渦の中、俺と永久は確かに目を見合わせると、互いの手をしっかりと握りしめた。そして――――。


「大好きですよ、悠生……私は――――」

「俺は君と――――!」


 願い。


 それさえ叶うのなら、他には何もいらない。


 絶対に失いたくない。

 たとえ失うとしても、それは今じゃない。


 俺は……俺たちは。

 これからも、いつまでもずっと。 

 

「悠生と一緒にいたい――――!」

「永久と一緒にいたい――――!」


 その願いを叫び。


 俺たち二人は一緒に光の矢となって、創世主目掛けてありったけの力をぶつけた――――。



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