器のさだめ


 長く黒い髪に隠れていたサダヨさんの素顔。

 それは髪の色と赤く輝く瞳以外には完全に永久とわそのものだった。


 だが、ただ一つ。

 ただ一つ。サダヨさんのその表情には、永久とは決定的に違う部分があった。


 絶望。

 そして悲しみ。


 初めて目にしたサダヨさんの素顔には、俺なんかじゃ到底汲み取ることが出来ないような、深い闇の色が刻まれていた。だが――――。


「シャアアアアアアア――――ッ!」

『衰えたな……そしてその傷ついた姿、無様なものだ』


 だがしかし、サダヨさんの振り下ろした箒は創世主の手刀でいとも容易く両断される。サダヨさんの肩口から鮮血が飛散。サダヨさんの小さな体はクルクルとピーンボールのように弾かれ、要塞化したマンションの壁面に叩き付けられる。

 

「サダヨさんッ!」

「おおっと……待ちな悠生ゆうせい。ちょいと俺とも遊んでくれよ……なァ?」

「邪魔だ……ッ! そこをどけぇえええええええええ――――ッ!」


 俺は眼前に迫っていた創世主ロード・ジェネシスの刃を弾き飛ばし、サダヨさんの元に走る。だがそれを阻むように、俺の前に渦の王ロード・ヴォルテクスが無数の湾曲空間と共に立ち塞がる。くそ……! 今こいつに構ってる暇なんぞないってのに……ッ!


「行って下さいマスター! この男の相手は私がっ!」


 だがその時。俺と渦の王を引き裂くようにして蒼炎の閃光が奔る。

 蒼炎はマンションの地面を引き裂きながら炸裂すると、無数に伸びた炎が俺の目の前にサダヨさんと創世主までの道を示してくれた。


「ナイスだエリカ! 任せたぞ!」

「チッ! 〝鬼火ウィル・オ・ウィスプ〟のガキが……ッ!」

「渦の王……! 今の私を、以前と同じとは思わないことです!」


 俺が蒼炎の円輪を駆けると同時、背後で灼熱の炎とねじ折れる空間が炸裂。

 その衝撃を後押しに、俺は一瞬でサダヨさんと創世主のいる上層階に迫る。


『〝醜い〟な……その姿も力も、全てがエールにはほど遠い』

「ク……ククク……ッ! そうかい……! そいつは結構……! アタシはアンタの物じゃない……ッ! アンタの理想の女になんて、頼まれたってなるもんか……ッ!」

『いいだろう。俺にとってもお前はとうに用済みだ――――死ね』


 飛び上がった俺の眼前。折れた箒を支えに、血塗れで立つサダヨさんと、周囲に展開した無数の聖剣を振り下ろそうとする黒髪の少年――――創世主の姿が飛び込んでくる。


 俺は既に固めに固めた拳に更なる熱を収束させ、更には俺の後方からぴったりとタイミングを合わせて迫る〝もう一つの熱〟に想いと力を重ねる――――!


「悠生、合わせますっ!」

「やるぞ……永久!」

『ほう……?』


 超光速で飛び込んだ俺と寸分違わぬタイミング。四枚の光翼を広げた永久も上方から閃光となって突撃。


 俺の拳に〝神の拳ディヴァイン・フィスト〟の聖像が浮かび、それと呼応するようにして永久の胸にも〝神の近似値アヴァター〟の聖像が顕現する。


 サダヨさんと対峙する創世主の背後。下方からは俺が、上方からは永久が。互いに神の力を共鳴させて一直線に迫る。創世主はそれを見てサダヨさんから俺たちに視線を移し、紫色に輝く無数の聖剣を構えた。そして――――!


「うおおおおおおお――――ッ!」

「たぁああああああ――――っ!」


 激突。

 そして閃光。


 共鳴する俺と永久の神の力。それは創世主の刃を折り砕き、奴が周囲に展開した全てを断ち切る障壁すらぶち抜いた。


 思った通りだ。


 こいつ本来の力はどうか知らないが、少なくともこいつは、こいつが器と呼ぶ他人に憑依している時はこの〝刃の王〟としての力だけを扱う。


 二年前のレックスとの戦いで、こいつの攻防は嫌と言うほど味わった。

 前に戦った鈴太郎のおふくろと同じく、自分自身に害のある事象を断ち切る守りの刃と、概念もなにもかもを断ち切る攻めの刃。その二刀流だ。


 そして、俺も永久も二年前に比べて遙かに力を増している。たとえこいつがレックスよりも強くなっていようと、それは俺たちも同じことだッ!


『なるほど……かつてに比べて共鳴が深化したか』

「ぐっ!?」

「きゃあっ!?」


 だが、やはりそう簡単に倒せるような甘い相手じゃない。

 永久との二人がかりで砕いた刃の欠片。それはすぐさま指向性を持って俺たちの周囲に舞い上がり、一斉に俺と永久目掛けて襲いかかる。


 しかし俺たちは互いに目も合わせないままに意思疎通を完了すると、俺はそのまま創世主に肉薄。永久は一度後方へと離れ、そのまま頭上めがけて飛翔する。

 俺と創世主の直上へと舞い上がった永久は、両手を掲げて上空から閃光の雨を降らせると、俺に襲いかかる無数の刃を一つ残らず叩き落とす。


「今です、悠生!」

「任せろ――――ッ!」

『見事な連携だ……腹立たしいことこの上ない』


 邪魔な刃が消え、空白地帯となった俺と創世主の対峙する空間がぐにゃりと圧縮して歪む。互いの殺気が絡み合い、俺の持つ灼熱の力と創世主の持つ紫色の刃が硬質の激突音と共に凄まじい衝撃波を響かせる。


 ただ両手を広げ、気怠げに無数の聖剣を操る創世主。俺は繰り出される刃を赤熱する拳で叩き、純銀の閃光と化した蹴り足で逸らし、致命の斬撃を縫ってジリジリと間合いを詰めていく。


 その間にも俺の死角から創世主が生成した新たな刃が俺目掛けて襲いかかるが、それは俺に届く前に永久の放つ光芒に焼き尽くされて燃え落ちる。


『お前如きが、エールと〝つがい〟を気取るか……!』

「クソ親父……ッ! エールなんざ知らねぇな! 俺の妻は永久だ……! 今までも、そしてこれからも……俺が愛するのは永久だけだ!」

『馬鹿が……ッ! まだ〝気付いていない〟とは。我が子ながら、呆れて言葉も失せるぞ……!』

「が――――ッッ!?」

「悠生っ!?」


 衝撃。それは刃ではなく拳。


 突如として怒りを露わにした創世主は、光速で襲い来る刃に気を取られていた俺目掛けて直接拳を叩き付けた。その衝撃に俺の意識が一瞬飛びかけ、閃光と暗転が同時に俺の視界を覆い尽くす。


『お前の妻だと……? 永久だと……!? 未だにそう信じるお前の下らぬ願い……哀れさすら超えておかしみすら覚える……!』

「な……ん、だと……ッ!?」


 地面に頭を叩き付けられた俺の背を、創世主の聖剣が串刺しにして縫い付ける。

 あまりの激痛に悲鳴すら上げられない俺の頭部を、ガキの姿をした創世主が詰るように靴裏で踏みつける。


「悠生――――ッ!」

『大人しくしていろ……! お前を人の身に縛り付けるこの男への永世の想い……今度こそ断ち切る……!』

「っ!?」


 俺を助けに入ろうとした永久の周囲に、さっきまでとは比べものにならない数の刃が一瞬で放たれる。永久はそれを必死で捌こうとするが、そのあまりの数に埋もれるようにして俺との距離を詰められない。


『そして悠生……忌々しい簒奪者よ。我が恨みと共に……貴様を絶望に墜とす真実を教えてやろう。 ――――お前が妻と呼ぶ〝神の近似値アヴァター〟……永久とかいう小娘の存在は、既に〝消え失せている〟……!』

「な……っ!?」

「え……!?」


 な、ん……だと……?

 こいつは今、何を……何を言いやがった……!?


『今、あの器の中にいるのは〝エール〟……円卓の母と呼ばれ、月に封印された女神そのものだ……!』



 

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