第七話 悠生視点

転輪の火


 眼前の鏡を叩き割り、限界まで解放した王としての力でユールシルと対峙する俺と、渦の王の繰り出す湾曲空間を這うようにして加速するサダヨさん。


 既に要塞化した殺し屋マンションの周囲は、俺たちがいる屋上だけでなく、地上からも円卓の猛攻を受けていた。


 馴染みの顔が一人、また一人と傷つき、倒れていく。


 俺たちはそれこそ千を超える数の殺し屋をぶちのめし、豪雨のように降り注ぐ弾丸と爆弾をかいくぐった。だが、それでも終わりの見えない攻撃は、とても殺し屋マンションに住む殺し屋殺しだけで凌ぎきれるレベルじゃなかった。


「アハハハハハハハッ! 楽しい! 楽しいよ悠生ゆうせい! もっと……もっとちょうだい、君のその熱い肉を、拳を……! 君の真実を、私におくれよッッ!」

「お断りだなッ!」


「テメェ……さては〝人間じゃねぇ〟な? テメェからは生の臭いがしねぇ……!」

「クックック……ッ! クックックック……! アヒャヒャヒャヒャッ!」


 一度は鮮血塗れになった俺だが、すでに流れ出した血液は固まり、俺の皮膚の表面で蒸発。乾いた音を立てる。俺の拳の王ロード・フィストとしての力が、俺の肉体をすぐさま万全の状態につなぎ合わせていく。


 だが、俺とここまで殴り合った鏡の女王ロード・ミラー――――ユールシルはそうじゃない。確かに頑丈な奴だが、奴に俺のような不死の力はない。

 ユールシルが纏っていた軽く数十万はしそうな大層なジャケットは吹っ飛び、奴の整った肢体にはところどころ俺が与えた打撃痕が浮かぶ。


 サダヨさんも渦の王ロード・ヴォルテクスを押している。

 このまま長々と戦って良いのなら、俺とサダヨさんは円卓の王二人をこの場で叩き潰すことが出来ただろう。


『エントランス、突破されました。一階部分への侵入に備えてください』

『屋上はどうなってる!? 地上からの攻勢が洒落にならん!』

『でもさ、この地上部隊は〝殺し屋じゃない〟ねぇ! 円卓の奴ら、とにかく数で押そうって魂胆だよ!』


 俺の耳に、マンション内部で響く仲間の声が届く。

 駄目だ、どう考えてもここでこれ以上こいつらに時間をかけられねぇ……!


 しかもさっきから、俺はこのマンションの地下に〝奴〟の気配をガンガンに感じていた。山田はレックスを送ったと言っていたが、あそこには永久とわが居る……俺の心の不安はどうやっても拭えるもんじゃない。


 焦りの滲む俺の拳。


 円卓の殺し屋による戦火が、マンション内部にも広がる。

 このままじゃ、俺たちは戦えても殺し屋マンションの制圧も時間の問題。


 その気配が漂い始めた――――その時だった。


「なんだ――――!?」

「クヒッ!?」


 その時。

 全ての音が消え、視界が蒼い閃光を捉える。


 いや、違う。


 俺が蒼い光だと思ったそれは、光じゃない。


 炎。


 蒼く燃え盛る、だが不思議と恐怖を感じない。

 神聖で、穏やかな、慈愛すら感じさせる蒼い炎の流れだった。


 突然立ち昇った蒼い炎。


 それは閉鎖された殺し屋マンションの中央吹き抜け部分。地下まで直通になっていた中庭から、空までを一気に貫くようにして現れると、マンション全体を渦巻きながら隅々まで照らし、頭上に広がる漆黒の空目掛けて巨大な塔のように昇華する。


「これは……!? ハハッ! 鈴太郎りんたろうの奴……やりやがったっ!」

「クヒ……! キラキラ……ッ! キラキラ……ッ! キラキラがいっぱい……!」


 そして俺は知っている。

 俺はこの蒼い炎を知っている。


 純粋で強すぎるその熱に、俺が一度は目を逸らした炎。

 俺がそうしたにも関わらず、ずっと俺の事を想ってくれていたその炎。

 

 そして――――。


「――――悠生っ!」

「永久――――!」


 その炎の出現で全ての戦闘が停止した殺し屋マンションの屋上に、まるでその炎を纏うようにして、光の翼を羽ばたかせた永久が舞い降りる。


 やってきた永久の腕の中には、気絶した四ノ原しのはらが優しく抱き留められていた。


「良かった……無事だったんだな……」

「はいっ! 実はかなり危なかったんですけど、レックスさんと、目を覚ましたエリカさんが助けてくれたんですっ!」

「そうか……」


 完全に停滞した戦場の中、俺はやってきた永久とほんの僅かな笑みを交すと、お互いの無事を喜び合う。だが再会を喜ぶ永久に少し遅れて、階下からもう一つの影が飛び込んでくる。


「守ったぞ、悠生……。お前の〝推し〟……」


 影の正体は、全身傷だらけになって浅い息を吐くレックスだった。傷だらけとはいえ、よくたった一人で〝あいつ〟を相手にしたもんだ……。


「ああ……ありがとな、レックス……! この恩は必ず返す」

「む…………なら、俺がやっているゲームを一緒にやってくれないか……? ぼっちは寂しい……!」

「お前のゲームって……あのクソ課金ゲーだろうがッ!? ちッ……仕方ねぇな」


 血塗れのレックスに肩を貸して屋上の床に座らせると、俺は俺の最愛の妻を守り切ってくれたかつての強敵……そして今は頼れるダチになったレックスに、嘘偽りない感謝を伝えた。


「どういうこと……? この炎……私の鏡が、燃える……?」

「チッ……! 俺の渦も出が悪ぃ……! クソ忌々しいぜ……!」


 そして二人を出迎えた俺が周囲に意識を向けると、俺たちのいるこの屋上にも信じられない異変が起きていた。

 さっきまで戦っていたユールシルと渦の王は二人とも炎によって王の力を押さえ込まれ、他の名も無い殺し屋共に至っては、ただ〝炎に触れただけ〟で気を失う奴までいた。


 そしてそれとは逆に、必死に戦い抜いていた俺たち殺し屋マンションの殺し屋殺しや、俺の目の前に座り込むレックスまでもがこの蒼い炎によって〝癒やされて〟いく。


 嘘だろ……?

 これじゃまるで、俺が初めて永久と出会ったあの戦場と同じじゃねぇか……!?


 俺はその光景に、かつて俺が永久に教えられた命の炎を思い出す。

 全ての命が絶えた戦場に、再び命を呼び戻した永久の姿を。


 そして確信する。


 こいつは〝違う〟。

 こいつは、今までのエリカの炎とは違う。


 ただ激しさと力強さだけを吐き出していた前のエリカの炎とは、何もかもが。


「――――皆さんのおかげです。皆さんのおかげで私は……私の炎を取り戻すことができたんです」


 あまりのことに驚く俺たちの目の前。

 地下から空目掛け、一直線に立ち昇る蒼い炎が収束する。


 そしてその炎を従えるようにして、大きな二つの瞳を〝金色〟に変え、気を失った鈴太郎をその細い両腕で慈しむように抱きしめたエリカが現れる。


 整った三つ編みに銀色の髪。

 どこか神々しさすら感じさせる大人びた表情。


 そしてその背にはこの俺も見たことがない、〝円環の炎を胸に抱く少女〟の聖像イコンと〝Ring of Fire転輪の炎〟の文字が刻まれていた。


 完全に生まれ変わった、エリカの新たな聖像。

 それを見た俺は込み上げてくる感情を抑えきれず、思わず安堵の笑みを浮かべた。


「エリカ……もう、大丈夫なんだな?」

「はい、マスター……。皆さんにも、沢山ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。私……ちゃんと生きてます……っ」


 そう言って……エリカは俺たちに向かって精一杯の笑顔を見せると、そのままゆっくりと俺たちの前に舞い降りて、腕の中で眠る鈴太郎の横顔に視線を向けた。


「ありがとう、〝鈴太郎〟さん……」

「う……えり、か……さん――――」


 頷きながら、エリカは鈴太郎をそっと俺たちに預ける。

 どうやら、鈴太郎も大丈夫そうだな……。


「ここからは私も戦います……! 私が受けたご恩をお返しするため……そして、私たちの家を守るために、一緒に戦わせて下さい……っ!」

「ああ……!」

「はいはーい! もちろん私も頑張りますよっ! それが素敵な妻の務めですからっ!」

「クヒ……ッ!? おかしいねぇ……? ここから悠生と永久とは別の……新しい〝リア充の匂い〟がするよ……ッ!? くんかくんか……ッ!」

「俺もまだイベント開始までは時間がある……やれるぞ」


 昇華する蒼い炎。

 

 俺たちには癒やしを。

 敵には災いをもたらす、無限に回り続ける生滅の炎。


 エリカが取り戻した炎に照らされ、俺たちは互いに頷き合う。

 そして、まだこの場に現れていない〝真の災禍〟に身構えた。


『なるほど……忌々しいが、俺も奴の筋書きに乗せられていたか……』

「来たな……!」


 エリカが生み出す清浄の炎。その向こう。

 蒼い炎を散り散りに砕きながら、そいつはやってきた――――。


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