出て行け
円卓の父。
その人の話は母さんから何度も聞かされた。
二十年前に起きた〝虐殺の二月〟。
全世界で二十億以上の命が奪われたこの大量虐殺で、この人はたった一人でその内の半分。十億人以上を殺したって言われてる。
〝殺して欲しい奴を言え。気に食わぬ奴を言え。報酬さえ払えるのなら、我々はお前たちが望む全てを殺してやろう〟
今も当時の動画や音声が残っている、この有名な言葉。
この言葉も、円卓の父の言葉だって言われてる。
虐殺の二月の最後の日。
二月二十九日。
円卓と
その戦いで六業会は母さんとシュクラさん以外の九曜全員が殺されて、戦力の殆ど全てを失った。
だけど、円卓も無傷じゃなかった。
円卓にとって一番大切な〝円卓の母〟が、太極の力で月に追いやられたんだ。
それで月は割れて、紅く染まった。
僕がこの目で見たように、全く違うナニカに作り替えられてしまった。
海の高さが一気に上がって、円卓に殺された人と同じくらいの人たちが死んだり、住む場所を追われた。世界は殺し屋の恐怖に支配されて、野良って言われる殺し屋の力を持つ人たちが溢れるようになった。
二十年前、確かに変わってしまった世界。
その何もかもを変えた張本人が、この円卓の父なんだ。
『いいですか、
僕がまだ六業会の九曜だった頃。
戦いから戻った僕に、母さんはいつもそう言っていた。
ありがとう母さん。
母さんは、本当に僕のことを心配してそう言ってくれていたんだよね……。
だけど。
それでも――――。
「エリカさんは……僕が守るッ!」
『いいだろう。見せてみろ、お前の今生の願いを』
奔る。
目の前に立つ、殺意の渦めがけて。
ここはエリカさんの心の中。
僕の力がどこまで出せるのかも分からない。
だけど、それでも分かる。
この人を……エリカさんの心に置いてちゃ駄目だ!
たとえ倒せなくても……こいつをエリカさんの中から追い出さない限り、きっとエリカさんは解放されない。
「星よ!」
弧を描くように
「あまねく輝きを束ね、闇進む道を切り拓け――――!」
その光の中、僕は掲げた月輪の錫杖を振り下ろす。
数万を超える光球と、より強い輝きを放つ二十七個の星が一斉に創世主に降り注いで、もしそれが現実世界で炸裂すれば山一つ、町一つ消し飛ばすほどの衝撃と爆発を起こした。だけど――――!
『懐かしいな……』
「……っ!」
閃光と渦を巻く白煙の向こう。
そこには、僕が攻撃を仕掛ける前と何も変わらない様子で立つ創世主がいた。
『あの時もお前は、最後までエールを取り戻そうと俺に挑んでいた。他の者が皆膝を折り、エールの破壊へと舵を切った後も、お前だけはそれを良しとしなかった……』
「あの時……っ? 何を言ってるの……!?」
『ただの感傷さ。既に遙か過去に過ぎ去った、俺が認めた男との記憶。お前はそれをよく〝再現〟しているが、ただそれだけだ……』
本当になんなのこの人……!?
相変わらずこの人が言うことはさっぱり分からないけど……なんだか僕がもの凄く馬鹿にされてるのは分かるんだけどっ!?
そしてやっぱり、単純な力押しじゃこの人には絶対に勝てない。
分かるんだ。この人が持つ殺し屋の力と比べたら、僕の持つ〝
信じられない……あの本気を出した母さんと戦ったときだって、そんな風には全然感じなかったのに……!
「っ……まだ!」
『あの時俺が感じた敬意は、今も俺の中にある。さて……お前はどうかな?』
それでも僕は全ての力を振るって。
それこそ命も、魂だって燃やして創世主に挑んだ。
だけど、僕の力は何一つ通じなかった。
反対に、この人がまるで埃を払うみたいにして繰り出す力は、簡単に僕の月と星を打ち砕いた。
「なら……ッ! そっちの力を使わせて貰う!」
僕の力が通用しないなら、ここに残ってる〝この人の力〟を使えば良い。
そう考えた僕は、月の錫杖に創世主が行使した力の残りをかき集めて収束しようとした。でも――――。
『――――
「……っ!?」
でも駄目だった。
一度は集まった創世主の力が突然荒れ狂う大波みたいな渦になって、僕の生み出した月の器を内側から簡単に食い破る。僕の錫杖を粉々に砕いて暴れ出したその力は、そのまま僕の体を巻き込んでズタズタに引き裂く。
そんな……母さんの太陽も、
「うあ――――ッッ!? な、み……よ――――ッ!」
回る視界の中でなんとか印を結んで、使い慣れた〝波の力〟で渦の流れを僕から逸らす。でも、そうして渦から脱出した時には、僕はもう全身血まみれだった。
「が、は……ッ。ゲホッ! ゲホ……ッ!」
『全ての力は〝俺の物〟だ。たとえ俺の手を離れたとしても、それは変わらない』
全部の力が、この人の……?
今僕が巻き込まれた渦の力……力の大きさは比べものにならないけど、あれは僕も戦ったことがある〝
も、もしかしてこの人……他の殺し屋の力を自由に使えるんじゃ……!?
『その通りだ、察しが良いな月の使徒』
「へ、へぇ……そう、なんです、ね……っ? でも、それなら……ッッ!」
瞬間、僕は最後に残った力を振り絞って創世主から離れる。そしてそれと同時、血塗れの両手で印を結んで、もう何度砕かれたかも分からない月の光輪を顕現させる。
最後だ。
きっと……これが僕の最後の一撃。
見えたんだ。
今の僕に出来る、最後の方法が。
この人は、他の殺し屋が持っている力を使える。
でもそれはつまり、たとえこの人の力がどんなに強くても、それは永久さんが教えてくれた、〝円卓の母〟に貰った力に変わりはないってことでしょ――――!?
それなら……僕にやれることはまだあるっ!
「はぁあああああああああ――――ッ!」
僕は再構築もおぼつかない月輪の錫杖を構え直すと、星の光を周囲に展開して一気に踏み込む。ただそれだけなのに、全身が軋んで激痛が走る。
やるんだ。
今ここで、僕がやるべき事を――――!
『あの時……確かにお前は最後まで折れなかった。そしてそれ故に、九人の中で〝最初に死んだ〟……俺が殺したからだ』
「が……っ」
挑みかかった僕の胴体を、創世主の腕が貫いた。
全身から一気に力が抜けて、意識が遠ざかる。
波も星も、月の力も乱れて消えて、母さんの太陽に焼かれたときとは違う、ここで僕が終わるんだっていう喪失感が僕を襲う。
『精神の領域であれば、物理的な死はないと踏んだか……? だとしたら愚かなことだ……ここでの死は、より確実な死をお前にもたらす』
ああ……駄目だ。
今度こそ、本当に僕は死ぬ。
けど、ね……!
『なに……?』
「で、て……い……け……ッ」
僕の心臓を潰した創世主の腕を、僕はもたれかかるようにして掴む。
不思議と意識ははっきりしてて、恐怖も痛みも感じなかった。
「で、て……いけ……! えり、か……さんの……こころ、から……ッ!」
『この力……まさか、エールの……?』
一度は消えた月と星の光が、死にかけの僕と創世主の周囲にもう一度だけ現れる。
それは僕ごと創世主の体も包囲して、今まで使わずにとっておいた、永久さんから預かった〝殺し屋殺しの力〟を収束、乱反射させて加速する。
『おのれ……ッ! よくも、俺から奪ったエールの力を……ッ!』
「えり……か……さ……ん……――――」
僕はそのまま、僕の命も、創世主の力も、何もかもを道連れに飛んだ。
すぐに僕の全ての感覚が途切れて真っ暗になって。
何もかもが消えた闇の中。
僕が最後に見たのは、月でも星でも、光でもなくて。
僕に向かってまっすぐに伸びる、蒼い炎だった――――。
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