第五話 悠生視点

円卓の矛先


『住民の皆様、ただ今当マンションは円卓からの攻撃を受けています。繰り返します、当マンションは攻撃を受けています。今から120秒後、当マンションは〝迎撃形態〟に移行します。迎撃形態移行後は、独自の判断にて反撃を行って下さい』


『みなさん……誠に申し訳ありません。私の不覚から、円卓の急襲を許してしまいました。この件に関する謝罪は必ずさせて頂きます……! しかし今はまず、この脅威を乗り越えなくては! ただ今より、殺し屋マンション内部での戦闘及び力の行使を許可します――――!』


 鳴り響くアラート。明滅する通路の照明。


 マンション全体の防衛を統括する河井さんと山田の館内放送を耳に入れつつ、俺は地上へと続く通路を駆け上がる。


「チッ……円卓の奴ら、このタイミングを待ってやがったな……!」


 地上に出た俺が見上げた夜の闇。そこには星明りを縫うようにして飛ぶ輸送機と、次々と〝広域宣戦ドゥームズデイ〟の聖像イコンを輝かせて降下する、無数の円卓の殺し屋共の光が見えた。だが、本当にヤバイのはそんな有象無象共じゃない――――!


「な、なんだよ!? お前ら、なにやってんだよ!?」

連理れんりのやつ……どこいっちまったんだ!?」

「馬鹿野郎ッ! 部屋から出てくるんじゃねぇ――――ッ!」


 マンションの更に上を目指して疾走する俺の視界に、動揺した様子で通路に飛び出してきた四ノ原しのはらの二人の仲間が映る。だがそれと同時、俺は二人の間を一瞬で駆け抜けると、二人の背後に迫っていた〝三体の殺し屋〟を刹那で殴り抜ける。


「ギェ……ッ!」

「ひ、ひえっ!?」

「死にたくないなら絶対に部屋から出るな! 風呂場にでも隠れてじっとしてろ!」

「わ、わかりましたぁ……っ!?」


 俺は半ば強引に二人を元いた部屋の中に放り投げると、そのまま通路の柵を乗り越えて跳躍。一瞬でマンション最上層まで到達すると、既に屋上に降り立っていた数人の円卓の殺し屋へと肉薄。そいつらが能力を発動する前に、光速の拳で意識を刈り取る。


「マンションから迎撃が上がってきたぞ!」

「だが待て……! こいつは――――まさかッ!?」

「ええい、怯むな! 王といっても所詮は過去の話ッ! 我ら円卓の力、思い知るがいいッ!」


 確殺の風となって駆け抜けた俺の背後で次々と倒れていく仲間の姿に、他の殺し屋共が驚愕の声を上げた。

 だがその停滞も一瞬。数的有利を頼みにした円卓の殺し屋共は、渦を巻くような軌道で加速。それなりに連携の取れた一斉攻撃を俺めがけて仕掛ける。


「来い……! 全員纏めて受けて立つ――――!」


 炎が、冷気が、雷が、刀身が、銃火器が、俺の体を拘束しようとする不可視の力が。無数の力が津波となって俺に襲いかかる。


 俺は拳を突き出し、その力の渦に身を躍らせて拳を振るう。

 炎を抜け、冷気を打ち砕き、雷すら叩き潰す。


 だがそうしながらも、俺は未だに円卓の意図を測りかねていた。

 

鏡の女王ロード・ミラー〟との遭遇と、円卓が四ノ原を探しているらしいということは山田にもとっくに伝えてある。山田のことだ、当然それを元に円卓との交渉には入っていたはず。


 そしてその交渉が既に決裂していたのなら、山田がここまで完全に不意を突かれるなんてことはなかったはずだ。その時は俺たち全員に事の次第を説明した上で、万全の状態で円卓とやり合う準備を進めただろう。


 ここまで強引に……これだけの戦力を集めて、殺し屋マンションをこのタイミングで襲う理由が円卓にあるってのか?


 永久の奪還?

 四ノ原のレアな能力?

 裏切り者の粛正?


 もしくは、その〝全て〟か――――。


 駄目だな……考えてみると、逆に攻める〝理由が多すぎて〟分からん。

 むしろ、今まで襲われなかったことが奇跡ってことだ。


 分かるのは、円卓が本気で俺たちを潰しに来たってことだけだ。その証拠に、有象無象の殺し屋の力に混ざって、バカでかい〝王〟の気配も確実に近づいてくる。

 

 そして王を抜きにしたとしても、千人を超える殺し屋の物量は単純に脅威だ。


 このマンションにいる奴らは基本的に肝が据わってるが、あおいさんの家みてぇに、まだ小さな子供だって普通に住んでる。俺や鈴太郎りんたろうが一人でそいつらを相手にするのとはわけが違う。


 しかもその上、今のこっちはエリカに鈴太郎、永久とわだって戦えないときてる。 

 永久と鈴太郎は死にかけのエリカを救うため、今も全力で治療を続けてる。


 エリカの命は今この瞬間に消えてもおかしくない。こうして円卓が仕掛けてこようと、エリカの治療を後回しにするなんて選択肢はなかった。


 そして、だからこそ――――ッ!


「おぉおおお――――らあああああッ!」


 俺の渾身の拳を受けた五人の殺し屋が纏めて吹っ飛び、マンションの屋上から真っ逆さまに落ちていく。二度と戻ってくるなよ!


 永久と鈴太郎がエリカのために戦えない間は、俺が命を賭けてこのマンションを守り抜く――――!


 たとえ円卓の王が何人来ようが、俺がここから退くことは決してないッ!


 一瞬にして周囲を囲む殺し屋を片付けた俺は、僅かな間隙にも油断なく残心して呼吸を整える。


 そしてその瞬間。

 それまで沈黙を守っていた殺し屋マンションがついに〝変形〟を開始する。


 外側に向かって開けていたベランダやテラス、窓が一斉に向きを変えて閉ざされ、一部屋一部屋がまるでブロックパズルのように移動してマンションの全体像を組み替えていく。

 

 どこにでもあるマンションと同じような外観だった殺し屋マンションが、数十秒とたたずに〝巨大な要塞〟へと変貌する。

 

 俺が円卓の殺し屋共と対峙していた場所もすっかりその見た目を変え、外界に向かって解放されていた入り口は絞られて、外敵がマンション内部に侵入し辛く組み替えられていた。そして――――!


『迎撃形態、移行完了しました。ただ今より、火器統制システムを作動。迎撃戦闘、開始します――――』


 瞬間。俺の左右の壁面が割れ、白い卵のようなつるりとしたフォルムの砲塔がいくつも突き出してくる。その砲塔は無数の殺し屋が降下してくる上空に砲口を向けると――――。


 閃光。


 現れた対空砲が弾丸の雨を降下する殺し屋共目掛けて連射。瞬くような閃光が小刻みに俺のいる屋上を照らす。


 実は俺も初めて見たが、このマンションの変形や火器管制をやってるのは、普段殺し屋マンションの会計係になってる〝河井さん〟の能力らしい。なるほど、こいつは確かにすげえな――――!


「――――よおおっし! 待たせたな月城つきしろ! 中はあらかた片付けた!」

「あっちこっち雑魚が入り込んでたけど、〝大物〟はまだ外っぽいね!」

「だな……! 〝王〟の相手は俺がする。お前らは無理するなよ!」

「ほっほ! 流石は月城さん、なんとも頼もしいことで!」


 明滅する光の中。俺の死角をカバーするようにして、他の〝殺し屋殺し〟も屋上に上がってくる。


 とっくにお互い知った仲だ。強大な力を持つ組織を裏切り、それでもここまで生き抜いてきた〝殺し屋殺し〟として、やるべき事は全員分かってる。


「やるぞ! 俺たちに喧嘩を売るとどうなるか……円卓の奴らに教えてやる――――!」


 俺たちは互いに背を預け合って円陣に構えると、それぞれ手を掲げ、印を結び、自らが持つ力の輝きをその場に刻んだ――――。


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