深淵の底は見えず
『レーザーフェンス射出三連。マンション住民の皆様は回避を推奨。直撃は自己責任となり、保険適用対象外となります』
巨大な装甲壁と赤熱するレーザーの網。そびえ立つ鈍色の要塞と化した殺し屋マンションから、無数の熱線と火砲が次々と撃ち放たれていく。
殺し屋マンションの上空には、今も円卓の輸送機が不気味な音を響かせて殺到している。この物量……こいつは千人や二千人ってレベルじゃねぇな――――!
「はぁあああああああ――――ッ!」
俺は辺りに瞬く閃光と闇の影を縫うようにして鋭角なステップを踏むと、俺目掛けて斬りかかっていた三人の殺し屋をすれ違いざまに穿ち抜く。
「拳の王、アンタと戦えるのを〝楽しみに〟していた……」
「やるな。どうやら、そっちも雑魚ばかりってわけでもないらしい」
だが三人の内の一人。〝閃光を纏うナイフ〟を構えた殺し屋が俺の拳を正面から受け止める。なるほど、数だけじゃなく〝質〟もそれなりに整えてきたか……ますます厄介だな。
「さあ見せてくれ、俺が憧れたアンタの――――」
「いい腕だ。〝またな〟」
「な……っ!?」
瞬間。俺はそいつの刃と拮抗する拳の手首を軽く返して力の均衡を崩すと、身を屈めて足払い一閃。地面から切り離されて無防備になったそいつの鳩尾に、矢のような蹴りを叩き込む。素質は良さそうだが、まだまだだな。
俺は吹っ飛ばしたそいつが夜の闇に消えたのを確認することもなく、再び乱戦の中へと身を躍らせる。
だが……俺の拳を止めるレベルの奴が〝雑魚の中に混ざってる〟。
まともな軍隊ならそんなのは統制を乱すだけなんだろうが、こと個人戦だらけの乱戦ではそれは逆に厄介だ。
「気をつけろ! こいつら、雑魚の中にちょいちょい手練れが混ざってやがる!」
「あ、やっぱり? そうかなと思ってた!」
「ぬう……! どうやら、〝雑魚を壁にして〟こちらの隙を伺っているようだ……! 俺たちが雑魚を攻撃する時にだけ前に出て背後を取ってくる……卑劣な奴らめ!」
「いや……腕の良い殺し屋は逆に〝気配が薄すぎる〟。この混戦でも気配を消しきっている奴から先に潰すのが良策……」
互いに死角をカバーし合いながら、俺たちは津波のように降ってくる殺し屋の群れの中で孤立しないように位置取る。向こうは全員殺し屋だ。どんなに気を張っても、予想外の力を叩き付けられることは絶対にある。
しかしそうこうしている間に、殺し屋マンションの上空にはいくつかの〝黒い影が滞空〟していた。あれは輸送機じゃねえ……この前潰した〝機動要塞ノア〟と同じような、空中プラットフォームだな。
『警告。上空から大量の熱源を感知。防空射撃開始――――』
マンション全体に河井さんの注意を促す放送が響く。
上空の闇に無数の光が浮かび、それは一直線に俺たち目掛けて加速する。
「月城さん、ミサイルだ!」
「面倒だ! 一気に片付ける――――!」
それを見てとった俺は全身のバネをしならせて高空へと渾身の跳躍。
殺し屋マンションの屋上から放たれた弾幕の雨を縫うように飛翔する。
視線を一度下に向ければ、一瞬で殺し屋マンションの屋上が米粒のように小さくなる。逆にそこから見上げた視線の先に浮かぶ、円卓の空中プラットフォームの影はみるみる内に大きくなった。
そして俺は飛翔した途中ですれ違う生身の殺し屋共と、雨のように放たれた数十のミサイル全てを〝光速の遠当て〟で粉砕。無数の爆炎の華を背後に咲かせ、その炎の光に照らされて姿を晒した全長100m程のプラットフォームに、灼熱に燃える拳を叩き付けた。
「〝降りてこいッ〟! いつまでも高みの見物決め込んでるんじゃねぇッ!」
炸裂。
叩き付けた俺の拳を基点として、巨大なプラットフォームが一瞬にしてひしゃげ、砕け、真っ二つに裂けて爆発する。
そしてそれによる衝撃と爆風が、俺の体を今度は地面に向けて後退させる。だが――――!
「フフ……さすが〝
「……ッ!」
その時、その爆風と黒煙の渦を抜けて閃光が煌めく。
それは大気そのものを切り裂くような〝鋭利な蹴り〟。
事前に攻撃が来ると分かっていた俺ですらその一撃に反応しきれず、不安定な空中でその一撃を受けた俺の腕がミシミシと嫌な音を立てて軋み、火花を散らして拮抗する。
「やあ
「悪いが俺は間に合ってる。別の奴に頼め」
「嫌だね、今度は逃がさないよ……!」
黒煙の尾を引いて俺の拳と拮抗する蹴りを放ち、正に獲物を見据えた肉食獣のように赤い舌を覗かせて笑う完璧な美貌の女――――ユールシル・バルトレミー。
普段と変わらない黒スーツ姿のユールシル。そのしなやかな肢体の背後に眩く輝くのは奴の
だが、俺が感じた〝王の気配〟はこいつだけじゃない――――!
ユールシルへの挨拶を済ませた俺は、即座にその蹴り足を弾いて拮抗を解除する。そうして俺が地上へと落下するのと同時、それまで俺とユールシルが居た場所に、空間そのものがねじ切れるような湾曲と共に、巨大な〝渦〟が叩き付けられる。
「話が早くて助かるぜ、拳の王……! ようやくテメェをぶち殺せると思うと、嬉しくて泣けてくるからよぉ……ッ!」
「同感だ。こっちもお前はいつか絶対に始末しようと思ってたんでな」
その渦の放たれた先。
そこには自身の周囲の空間そのものを〝湾曲〟させて浮遊する、目つきの悪い白髪の男が凶暴な笑みを浮かべていた。
そしてユールシルと同様、その男の背にも〝広域宣戦〟の聖像が顕現する。
そこには〝荒れ狂う大海と、全てを呑み込む漆黒の渦〟のイメージと共に〝
「誤解しないで欲しいんだけど、前に会った時に言った〝私の話〟は本当だよ。ただ、あの後すぐに事情が変わってね」
「知ってるぜ……? そっちは〝
「だからどうした? お前ら二人の相手なんざ、俺一人で十分ってことだ……!」
〝鏡の女王〟と〝渦の王〟。
ついに現れた二人の王と二つの聖像。
口ではああ言ったが、対峙しただけで俺を襲うとんでもない圧力は、ただそれだけで俺の全身を震わせる。だが――――。
二人……?
二人だと……?
本当にこの〝二人だけ〟か?
あそこにはもう一つ、俺が〝感じたことのある気配〟があったはず――――。
落下に身を任せてマンションの屋上へと着地した俺は、身構えながらも油断なく気配を探り続けた。だがさっきまで確かに感じていたはずのその気配は、まるで幻だったかのように完全に消えていた。
「無事か
「いよいよ〝大物〟の登場ってわけね……!」
「だな。〝鏡〟と〝渦〟だ。さっきも言ったが、お前らは雑魚を頼む。王の相手は俺がやる……!」
「あはははっ! やっぱり君が私の相手をしてくれるんじゃないか!? 嬉しいなぁ……ッ! 楽しいなぁ……ッ! 考えただけでゾクゾクしちゃうよ……ッ!」
「聞いてた通り、王二人倒して調子に乗ってるみてぇだな……? テメェ一人で王二人同時に相手に出来ると思ってんのかゴラァ……ッ!?」
「ご託はいい。さっさとかかってこい」
俺はひとまず脳内の疑念を脇に置くと、握りしめた左拳を前に。右足を後ろに引いて大きく息を吐く。
それと同時に、俺の背に〝輝く太陽と放射状に広がる陽光〟の聖像が浮かび、それは王二人を相手にしても引き下がる気はないという俺の不退転の決意をこの場に示した。
円卓の急襲。その全貌はまだ何も掴めていない。
むしろ戦えば戦うほど、敵を潰せば潰すほど……俺の心の中に拭いきれない影が浮かび上がる。
目の前に立つ二人の王。
しかし俺は、その背後により大きな闇の気配があることを感じ始めていた――――。
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