炎の影に
「むー……!」
「えいっ……! えいっ……!」
「うわぁ……二人共とっても頑張ってるね!? でもそろそろ休憩にしない? 飲み物も持ってきたからさ!」
僕はそう言うと、学校の体育館みたいな広々としたホールの隅に持ってきたバッグを置いて、中から大きな水筒やマグカップを取り出す。
ここは殺し屋マンションの地下にある〝トレーニングルーム〟。
もちろん日本の法律では違法なんだけど、ここには自由に銃火器を試し打ち出来る練習場や、殺し屋同士が戦っても大丈夫なように作られた試合場なんかもある。
もっと奥には
とにかく、僕たちもこの前乗った〝ムラサメ〟や、他の乗り物の格納庫もあるんだ。アニメや映画の秘密基地みたいで凄いよねっ!
「ありがとうございます
「全然っ! そんなにエリカさんの役に立てることもないけど、もし他にも何かあればいつでも言ってねっ!」
「はいっ!」
カップに注いだ紅茶を手渡すと、いつもみたいなふわふわした服じゃない、上も下もぴったりした紺色のジャージを着たエリカさんが、僕を見てにっこり笑ってくれた。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
「
「ありがとう……ございます……っ」
エリカさんより少し遅れてやってきた四ノ原君も、見た感じ朝からずっとここで訓練してたみたい……ホールはちゃんと空調が効いてるけど、それでも四ノ原君の体は湯気が見えそうなくらいに汗びっしょりだった。
僕は飲み物と一緒に持ってきたタオルを四ノ原君に手渡すと、ぺたりと床に座る二人と一緒に腰を下ろした。
「それでどう? 二人とも、何か進展はあった?」
「いえ……」
「僕もまだ……」
「そっか……でもまだ始めたばかりだし、焦る必要はないと思うよ。特に四ノ原君の方は、
「はいっ。がんばりますっ!」
数日前に参加した永久さんの殺し屋授業の後から、二人はずっとこんな感じで、一日中トレーニングを頑張ってる。
まだ力を完全に制御出来ていない四ノ原君は当然としても……もう自分の力を立派に使いこなしているエリカさんも、それこそ疲れて動けなくなるまで頑張ってて、僕も心配で毎日見に来るようになっちゃったんだ。
「四ノ原君はどんなトレーニングをしてるの? 昨日と一緒?」
「いえ……今日は二つの台の上に置いたボールを、交互に入れ替えるっていう……」
「そっか、昨日は片方の台にだけボールを置いてたよね? 今日は二つを入れ替えないといけないんだ?」
「そうなんです……昨日ようやく、ボールをあの台の上に飛ばせるようになってきたんですけど、二つの物を入れ替えて飛ばすなんて試したこともなくて……」
四ノ原君は汗を拭きながら、身振り手振りを交えて僕の質問に答えてくれた。その時の四ノ原君の顔は前よりもずっと明るくて……それを見た僕も、思わず笑顔になって何度も頷いた。
うん……こうして見てても、やっぱり四ノ原君は目標を立てて頑張るのが得意な子なんだ。学校では虐められてたらしいけど、そんなに辛い環境でも頑張って成果が出てたんだから、やっぱり凄いと思う。
このマンションに来た時は、この世の終わりみたいな顔で俯いていた四ノ原君だけど……今の彼を見てると、きっとこの子はやり直せるって、なんだか僕の方まで励まされてるような気持ちになってくる。だけど――――。
「それで、エリカさんの方はどう? さっきはまだ上手くいってないって感じだったけど……」
「わかりません……殺し屋の力に目覚めて、マスターに救われて……それからずっと、私はこの炎と一緒でしたから……」
そう言って表情を曇らせるエリカさん。
この様子だと、エリカさんの方が四ノ原君より大変そう……。
殺し屋の授業で永久さんが教えてくれた――――僕たちの持っている力は、僕たち自身の願いで〝変化させたり強く出来る〟っていう話。それを聞いて一番にやる気を出したのは、実は四ノ原君じゃなくてエリカさんだったんだ――――。
『では……私の炎も、別の力に変化させたり、より強力な力に成長させることが出来るのですか……っ!?』
『もちろん出来まーす! って言いたいんですけど、私もその条件について全てを知っているわけじゃないんです……でも、殺し屋のみなさんに力を与えている〝あの人〟は……あの歌の通り、この世界に生きている〝みなさんのことが大好き〟なんだと思います。だから、こんな力を……』
『俺はあの時、永久をここで一人にしたくないと願った……永久が無理矢理押しつけられたふざけた宿命を、俺が減らしてやりたいってな……その結果が〝
永久さんと
ちょうど自分の力の限界に悩んでいたエリカさんは、誰よりもその話を真剣に聞いて、それからは毎日こうして自分の力と向き合あってるんだ。
「でも難しいよね……〝願いが力の形を変えるかも〟なんて、いくら何でもふわっとし過ぎっていうか……」
「私も今まで、この力についてそこまで真剣に考えたことがなくて……。でもそういえば、小貫さんはどうだったのですか?」
「え? 僕っ!?」
「はい……っ! 私はマスターが新たな力に目覚めた瞬間を見ていません……でも小貫さんなら、この目で確かに見ましたので……っ! 小貫さんはあの時、どんなことをお考えになっていたのでしょう……ッ!?」
「えーっと……!? 僕は――――」
ど、どうしよう!?
なんて答えたら良いのかな……!?
あのお話しの時も思ってたんだけど……なんだか僕のソーマ様の力って、やっぱり他のみんなとちょっと違うような気がしてて……。
だって、確かに〝円卓の母〟だって言われてる女の人の歌声は聞こえたけど、その後はずっと〝ソーマ様っぽい人〟が、僕にアドバイスをしてくれていたから……。
でも結局――――少し迷った後で、僕はなるべく分かりやすいように、エリカさんと四ノ原君にあの時の僕の体験を話して聞かせた。
別に秘密にしておくようなことでもないし……それにどんな形でも、僕の話がエリカさんの参考になればと思ったから。
「そうだったのですね……」
「すごい……っ」
「ど、どうかな? 何か参考になりそう?」
「僕は小貫さんって、とっても凄い人なんだって思いましたっ! 本物のヒーローみたい……!」
「ほんとに!? ありがとう四ノ原君っ!」
僕が話し終わった後。
四ノ原君の方は興奮した様子で僕にそう言ってくれたんだけど……エリカさんはさっきまでよりもっと何かを考えているみたいに、何故だかじっと黙ってしまったんだ。そして――――。
「エリカさんはどうだった? 何か気になるところでもあった?」
「小貫さんは……ご自身の力を〝拒絶〟していて……だから、力が弱く…………?」
「え……っ?」
その時。
きっと僕の声に答えた訳じゃない、思わず呟いた感じのエリカさんの言葉。
それは僕がたった今二人に話した、
エリカさんの呟きを聞いた僕は、自分でもびっくりするくらいにドキっとして、瞬間的に、頭の中の色んな情報が繋がっていくような感覚を覚えた。
そうだよ――――。
どうして僕は今まで、この〝違和感〟に気付かなかったんだろう!?
だって……普通に考えたら絶対におかしい。
エリカさんみたいに優しくて素敵な人が。
今でも〝その時のこと〟を思い出して、僕の前でも涙を流すエリカさんが。
エリカさんは僕と同じで……ううん、僕よりも〝もっと辛い出来事〟を、自分の力で引き起こして、今も凄くその事を〝後悔している〟はずなのに、どうして――――?
「わ、私……っ。私は……そんな、こと……っ!」
でも、僕がそう思ったその瞬間。
「あ――……」
「エリカさん――――!?」
エリカさんは僕と四ノ原君の目の前で、いきなり気を失って倒れてしまったんだ――――。
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