第四話 鈴太郎視点

望まなかった力


「クク……ッ! 随分と頑張るね……ッ! 他の二人はどうしたんだい……?」

「あ……その……。先に部屋に戻った……も、戻りました……」


 あれ……?


 この声……サダヨさんと……もう一人は、四ノ原しのはら君?


 時刻は夕暮れ時。最近はもうすっかり日が落ちるのが早くなって、まだ六時も回ってないのに辺りは薄暗い。


 近所のスーパーで買い物をして帰ってきた僕は、殺し屋マンションの裏手側から聞こえてきた声に足を止めた。


「アンタは戻らないのかい……ッ?」

「ひッ……!? ま……まだ、掃除が終わってなかったから……」

「ヒーッヒッヒッヒ……ッ! そうかいそうかい……そいつは感心だ……ッ! けど、アンタに掃除を押しつけて先に帰った二人は血祭りだねぇ……ッ!?」

「え……っ? ま、待って……! 待って、下さい……! 二人も悪気があって帰ったわけじゃなくて……えーっと……」


 すっかり二人の話に興味が出てしまった僕は、悪いと思いながらも物陰に隠れて、波の力で聞き耳を立てたんだ。実は僕も、四ノ原君については色々聞きたいことがあったから……。


 でも他の二人……。

 確か、金髪の子が峰岸みねぎし君で、もう一人が山口君だったかな?


 僕も、その二人に四ノ原君も加えた三人のやりとりをここ数日見ていて思ったんだけど……なんだか、四ノ原君だけはあんまり二人と友達って感じじゃないんだよね……。


 どっちかっていうと子分とか、使いっ走りみたいな……とにかく、二人の四ノ原君に対する当たりは相当にキツい感じだった。


 僕もこんな性格だから、同年代の勝ち気な子には弄られたり、殴られそうになったりしたことも何度かある。でも僕の場合は波を操る力があるから、そこまで酷い扱いをされる前になんとか出来たんだけど……もしかしたら四ノ原君は、他の二人に虐められたり、脅されたりしてたのかな……?


「ヒヒ……ッ! アイツらを〝庇う〟のかい……ッ? アタシの目には、庇うほどの仲には見えないけどねぇ……?」

「そ、そんなことない……っ! 二人共、俺が変な力が使えるようになっても一緒に遊んでくれて……っ!」

「へぇ……? そいつはつまり、あの二人以外の奴らとは〝上手くいかなかった〟ってことかい……? ククク……ッ!」

「……っ! それは……っ」


 で、出たっ!

 サダヨさんの謎の話術――――!


 確かに、サダヨさんの見た目はちょっと怖いけど、実際は凄く優しいし、みんなのことを誰よりも良く見てる。僕はそんなサダヨさんに何度も助けて貰ったし、今だって憧れてるんだ。


 そういえば、僕が悠生ゆうせい永久とわさんと一緒にこの殺し屋マンションにやって来たばかりの頃も、今みたいにサダヨさんが何度も僕の話を聞いて、慰めてくれたっけ……。


「ぼ、〝僕〟……学校ではずっと〝虐められてた〟んです……友達も、元から誰もいなくて……」

「そいつは難儀だねぇ……ッ! なら、偶然手に入れた殺し屋の力で、あの二人と一緒に世間様に復讐ってわけだ……ッ!」

「ち、違います……っ! 僕は……こんな力欲しくなくて……っ!」


 僕がサダヨさんと出会った頃を思い出している間にも、サダヨさんはするすると四ノ原君の内心を言葉にして引き出していく。


 っていうか、やっぱり四ノ原君のあの喋り方は作ってたんだ……自分のことを〝俺〟って言い慣れてない感じも凄かったし……。


「なんでだい……ッ? アタシから見ても、アンタの力はえらく便利に見えるけどねぇ……!? 未来から来た〝タヌキ型ロボット〟が、腹のポケットから出してくれる道具みたいじゃないか……ッ! クヒ……ッ!」

「だって……! だって、こんな力……〝ズルい〟じゃないですか……!? 他のみんなだって同じように頑張ってるのに……! 僕だけこんな力を持ってて……! そんなの、僕……っ!」

「ヒヒ……ッ!? 変わった奴だねぇ……!? アンタは学校で虐められてたんだろ……ッ!? 友達もいなかった……ッ! なのに、それでも自分だけに特別な力があるのはズルいと思ったってのかい……ッ!?」

「そんな……虐められるのは、僕が何をやっても駄目だったからで……っ! だから……いつかみんなにも認めて貰いたくて……勉強も運動も、もっと頑張ろうって……中学になってからは、お父さんにも手伝って貰って……少しずつ、成績も上がってきてて……っ! なのに……っ」


 そこからの彼の話は、まだ中学生の子にどうにかできるような物じゃなかった。


 突然手に入れた殺し屋の力のせいで、学校での授業も、部活も……だんだんとめちゃくちゃになっていく、そんな生々しい話が続いた――――。


 僕も今まで何度か見てきたんだけど、制御されていない殺し屋の力はとても隠し通せるような物じゃない。


 四ノ原君の場合は、バスケットやサッカーをしている時に、突然ボールが消えて自分の所に現れたり、逆に突然ゴールに入ったりするようになって。


 虐めようとしてきた同級生を思わず離れた場所に飛ばしてしまって、まさか殺しちゃったんじゃってショックを受けたことも何度もあったみたい。


 だんだん学校にも行かなくなって、家族とも疎遠になって……でも、どこからか四ノ原君の噂を聞きつけてきたあの二人が同じ力を持っていたことで、彼はあの子たちと一緒に行動するようになった――――。


 僕の波の力で伝わってくる四ノ原君のその話からは、彼のとても複雑な気持ちが凄く良く伝わってきた。


 結局、それで大勢の人に迷惑をかけて……悠生やサダヨさんがいなかったら、色んな人を傷つけていた筈のことをしてしまったのはもう覆らないことだけど……。


 学校で虐められて、それまでの日々が上手く行っていなくても……それでも彼なりに一生懸命に向き合って頑張っていたときに、突然殺し屋の力が目覚めてしまって……四ノ原君の日常も狂ってしまった。


 その話を聞いた僕には、四ノ原君もエリカさんと同じ、欲しくもなかった殺し屋の力の被害者なんだって、そう感じたんだ――――。


「クックック……ッ! だとしてもね……もうアンタは立派な〝前科持ち〟、ご大層な父親はクビ……ッ! アンタのやらかしで何かもめちゃくちゃ……ッ! ヒーッヒッヒッヒッ!」

「うっ……うぅ……っ。そう……そう、です……っ。ぜんぶ……僕が……っ。ごめんなさい…………うぅぅ……っ」

「ヒーーーッヒッヒ! 本当に反省してるのかい……ッ!? 本当にぃ……ッ!?」

「うぅううう…………っ。僕は……どうして――――ッ!」


 っ……。

 たしかに……それはサダヨさんの言う通りだけど……。


 でも四ノ原君も、今は不真面目な他の二人だって、とりあえず今は大人しくここにいて、言うことを聞いてくれてる……。


 三人ともまだ子供だし……悠生たちのおかげで、本当に〝引き返せない一線〟は越えずに済んでるんだ。なら、きっとまだやり直せるはず……。


 このマンションに住んでるみんなも、僕も……もうその一線をとうに越えてしまった人ばかりで……だからこそ、それを超えていないならいくらでもまだやり直せるって、そう思ってる。

 

 だから僕は、サダヨさんの言葉についに泣き出してしまった四ノ原君を庇いたくて、その場で声をかけようとしたんだ。だけど――――。

 

「そうか……なら、私は許す」

「え……?」


 え……っ!?


 なに……?

 一瞬、サダヨさんの波長が……。


〝顔〟……?


 いつも長い髪で隠れてるサダヨさんの〝素顔〟が、波紋越しに見えたような……。


「クックック……! 泣かせて悪かったね……ッ! 安心しな……アタシだって、アンタに偉そうなことを言えるような女じゃないのさ……ッ! アンタが本当に反省してるってんなら……それは親父さんに聞かせてやりな……ッ!」

「サダヨ……さん……」

「クヒ……ッ! いいかい〝連理れんり〟……もう片付けはいいから、ちょいとアタシについてきな……ッ! ついでに……そこで〝聞き耳立ててる鈴太郎りんたろう〟……ッ! アンタも来るんだよ……ッ!」

「あひんっ!? バレてたああああああ――――ッ!?」

「クク……ッ! このアタシの話を盗聴……ッ! プライバシーの侵害……ッ! 血祭り……ッ!」

「ごめんなさああああいッ! 僕も反省してますうううううう!」


 っていうかなんで僕も!?

 まだ買い物袋も部屋に置いてないのに!?


「いいからきな……ッ! アンタがいると色々便利なのさ……ッ! なんなら、他の奴らも呼びな……ッ! 今夜はうたげだよ……ッ!」

「なにそれーーーーーッ!?」


 結局、僕は巻き込まれる形で四ノ原君と一緒にサダヨさんに連行されてしまった。

 その日の夜は〝悠生が仕事〟でいなかったけど、エリカさんや永久さん、他にも何人かのマンションの人が来てくれて、みんなで楽しい晩ご飯を食べたんだ。


 結局、四ノ原君以外の二人はそこには来なかったけど……今日こうしてサダヨさんにお話しをしてくれた四ノ原君みたいに、いつかはあの二人も話を聞かせてくれる日が来るといいなって、そう思ってた――――。



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