かつての王は何処へ


「フフ……こうしていると、昔に戻ったみたいで嬉しいよ。まさかこんな所で〝円卓の王〟が三人も揃っているなんてね。君たちもそう思わないかい?」

「ば、馬鹿なーーーーッ!? 百万課金して……ピックアップされたキャラが……で、出なかった……だと……!?」

「馬鹿はお前だろッ!? なんでそんなクソゲーやってんだ!?」

「……うん。全然聞いてないね君たち?」


 絶望の悲鳴を上げ、〝課金用の白いカード〟が散乱する地面に白目を剥いてばったりと倒れるレックス。今のこの姿を見て、こいつがかつて円卓最強と呼ばれた〝刃の王ロード・エッジ〟だったと信じる奴はいないだろう。


「ねぇ悠生ゆうせい……レックスって、もしかして〝君のせい〟でこうなっちゃったの?」

「さあな……だが確かに、俺とやり合った時のこいつはこうじゃなかったかもな」

「だよねぇ? 聖像も壊れたままだし……そもそもまだ力が残っているのなら、君に負けた後に円卓に戻ってくれば〝治してあげられた〟のに……」


 目の前で仰向けに倒れ、ぶくぶくと泡を吹いて灰になったレックス。

 ユールシルはそんなレックスの傍にかがみ込むと、そのすらりとした指先でレックスの頬をつついた。


 どうやらこいつが最初に言っていた、〝戦うつもりはない〟ってのは本心だったらしい。目の前に俺とレックスがいるってのに、さっきまでのヒリつくようなユールシルの殺気は完全に消えていた。


「ここにいた野良共はどうした? 俺たちはそいつらを潰せって依頼で来たんだが」

「それなら全員〝鏡の中〟さ。久しぶりに会ったことだし、このまま私が〝始末〟してあげてもいいよ? 手柄は君とレックスの物にすればいい」

「止めろ。殺しの依頼じゃない」


 弛緩した空気の中、俺はフロアに置いてあったパイプ椅子に腰を下ろす。

 俺の返答を聞いたユールシルは、何を思ったのか笑みを浮かべて肩をすくめた。


「レックスもそうだけど、君も随分と変わったじゃないか? もう〝殺し〟はしてないのかい?」

「〝極力〟な。スティールのジジイだって、死なねぇように落としただろ」

「うん、今はもうピンピンしてるよ。君に砕かれた殺し屋の力はまだ戻りきってはいないみたいだけどね」

「そいつはなによりだ」


 ユールシルの言う通り、レックスが持つ殺し屋の力は〝ぶっ壊れたまま〟だ。

 だが一度俺に殺し屋の力を破壊されても、この前俺がぶちのめしたスティールのように、円卓に戻りさえすれば〝修復〟することは出来る。


 レックスの持つ聖像イコンが砕けたままなのは、あいつが俺に力を砕かれてから一度も〝円卓に戻っていない〟ってことを意味していた。


 俺はパイプ椅子の上で腕を組みながら、油断なくユールシルへ目線を向ける。


 俺はともかく、こんな無防備を晒すレックスを人質にでも取られれば、それはそれで面倒なことになる。まあ……この女に限ってそういう〝下らねぇこと〟はしないと思うが――――。



 ――――――

 ――――

 ――



 あの時――――。



 永久とわを連れて円卓から逃げ出した俺を抹殺するため、〝最初の刺客〟として差し向けられたのが〝刃の王〟――――レックスだった。


 当時、円卓最強の名を欲しいままにしていたレックスの強さは常軌を逸していた。

 

 レックスの持つ、〝殺し屋の力を断ち切る力〟。

 それは俺の不死身を切り裂き、自慢の拳を打ち砕いた。


 それでいて、レックスは傷ついた俺を助けに入る永久からの妨害は相手にせず、まるでいたぶるように俺だけを執拗に狙った。それはイレギュラーな力を持つ永久を相手にせず、〝格下の俺〟をまず確実に仕留めるという冷徹な戦術だったんだろう。


 そう……あの時のレックスは、俺と永久にとって正に死神だった。


 レックスを倒す策はなく、ただ狩られるのを待つだけの〝兎〟。それが俺だった。だが――――。


「永久と約束した……! もう二度と、俺の心を曇らせることはしないと……っ!」

「ほう……?」


 降り止まない雨。

 荒れ狂う黒雲。

 轟く雷。


 かつてないほどの力が俺の鼓動を激しく打ち、俺の全身が灼熱に燃え上がる。

 永久への想いと、永久と結んだ約束とで極限まで引き上げられた俺の力。


 左拳に刻まれた〝輝く太陽と放射状に広がる陽光〟の聖像が限界まで輝き、俺の拳はその光に導かれるままに目の前に立つ〝刃の王〟目掛けて奔る。


「はぁあああああああ――――ッ!」

「なるほど……どうやら、ただのカミカゼではないようだな……?」


 衝撃。


 俺の灼熱の拳と、刃の王が持つ〝亜空の聖剣〟が正面から激突する。


 俺と刃の王を中心に発生した熱が高速の渦を巻き、雨粒と雷を巻き込んで大気を励起させる。うずたかく折り重なった廃墟の石壁が砕け、凄まじい衝撃に跳ね飛ばされていく。


「……!? 斬れない……?」

「永久は死なせない……ッッ! それが……それだけが俺の意味だッ!」


 渦巻く力。激突する拳と刃。


 今までは拮抗することすら出来ずに砕かれていた俺の拳が、初めて奴の刃に届く。それを見た俺は即座に奴の聖剣を受け流して滑るように後方へ、全身をしならせて渾身の裏拳一閃。


 しかし奴の反応速度はそれを上回る。刃の王は俺の赤熱した裏拳をギリギリで躱すと、背後の俺目掛けて足を蹴り上げにかかった。


「はぁ――――ッ!」

「ぐっ……!?」


 だが俺は刃の王の後ろ蹴りを先に踏み込んだ左足で〝踏み潰す〟。渾身の踏み込みは奴の足ごと大気すら圧縮させ、足下に蜘蛛の巣状の地割れを発生させながら暴風の渦を巻き起こす。


 片足を潰され、体勢を崩した刃の王。


 俺は半ば俺の方を振り向いていた刃の王の胸ぐらを強引に掴んで一気に加速。奴の体を盾に廃墟の壁面目掛けて突撃すると、そのまま加速の勢いが止まるまで、何十枚というコンクリに奴の体を叩き付け、ぶち抜きながら目の前の顔面めがけて〝頭突き〟を繰り返す。


「調子に、乗るなよ……! 〝たかが王〟の分際で……ッ!」

「がッ……!? があ……ッ!」


 奴の鼻骨を叩き割り、鮮血塗れになった俺の顔面を刃の王のばかデカい手の平が鷲づかむ。メキメキという嫌な音が俺の耳に直接響き、俺の顔中の穴という穴から盛大に血が噴き出す。


 俺の脳裏に一瞬にして〝死〟が過ぎる。しかし――――!


「ま、だ……だあああああ――――ッッ!」

「なに……!?」


 俺は掴んでいた奴の胸ぐらを速攻で手放すと、俺の顔面を掴む刃の王の手首にアッパーを叩き込む。そしてその一撃によって頭部へのロックが外れると同時、奴の手の平から放たれた〝聖剣〟が俺の肩口から辺り一帯のビル、更には空の黒雲までをも〝無数のサイコロ状〟にカットする。あと一瞬遅れていたら、俺の顔面がああなってたってことだ。そして――――!


「馬鹿が……ッ! 貴様一人がどう足掻いたところで、貴様が守るあの〝神の近似値〟はいずれ跡形もなく消え去る定めだ……!」

「やってみろ――――ッ! 出来るモンならなぁあああああ――――ッッ!」


 とっくに拳は砕けていた。

 全身、傷のない場所なんて残っちゃいなかった。


 それでも俺は拳を握ることを止めなかった。


 永久を死なせない。

 永久を笑顔にしたい。


 ただそれだけが、死にかけの俺の魂を――――。



「――――はいダウト。そこからなにをどうしたら〝こうなる〟のさ?」

「嘘じゃねぇ! 俺だって何度も死ぬかと……」

「お、おおおお、落ち着け……! 大丈夫……大丈夫だ……! まだ焦るような時間じゃない……ッ! この依頼が終われば三千万を俺と悠生で山分け……つまり俺の取り分は千五百万……千五百万あればさすがに出る……出るはず……ブツブツ……」

「…………」

「…………」


 ま、まあ……ユールシルが嘘だって言う気持ちは分かる。


 正直、俺も〝俺より先に〟殺し屋マンションに住んでいたレックスと再会した時には、双子の兄弟かドッペルゲンガーかなんかだとマジで思った。


「ねぇレックス。君は円卓に戻る気はないのかい? 他のみんなも君を心配していたし、その壊れた力だって円卓に戻ればすぐに――――」

「…………嫌だ」


 だがその時。


 特に他意もなく言ったんだろうユールシルのその言葉に、レックスははっきりとそう答えた。


「なんでさ? 円卓に戻りさえすれば、君の好きなその〝ピックアップガチャ〟ってやつも、お金なんて気にせず無限に出来るんだよ?」

「俺は……〝今の俺〟を気に入っている……。たとえ相手が誰であっても……もう二度と、俺の〝自由〟を奪うことは許さない……」

「自由……?」


 ぼそぼそと、しかし強い意志が込められたレックスのその言葉。それを聞いたユールシルは、何のことか分からないとばかりに首を傾げていた――――。


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