第三話 悠生視点
待ち構える者
夜。時刻は……22時ちょうどか。
俺は愛用のバイクに跨がり、〝今回の相棒〟を後ろに乗せてある場所へと向かっていた。
雲が僅かにかかる夜空には、相変わらず〝二つに割れた紅い月〟がデカデカと輝いている。ナニカの視線を感じなくなったのは良いが、あの〝紅〟の正体を知った今となっては、以前よりも一層あの月が不気味に見えてくる。
首都高を降り、進入禁止の標識がいくつも並ぶ〝水没したエリア〟に入る。
この辺りは二十年前に起きた〝海面上昇〟で、今も工事と再建の真っ最中だ。
暗くてうっすらとしか見えないが、街の光に照らされて、水没したビルの上層部分が黒い海面から突き出してるのが確認できた。
どうして突然海面上昇が起きたのかは分かってない。月が割れたせいって言う奴もいれば、その前から始まってた温暖化のせいだって言う奴もいる。
だが、どっちにしろ地球全体で発生した〝三メートルほどの海面上昇〟は、日本にもとんでもないダメージを与えた。東京も結構な面積が水浸しになって、ここ〝旧港区〟の辺りもさながら水没した未来都市の景観だ。
津波や地震なんかで何もかもを壊されるより、数え切れないほどの高層ビルが中途半端に水に浸かったのは相当に痛かったらしい。水に浸かったビルの取り壊しも一向に進まず、危険だってんで観光地にもできない。
今、俺と相棒が向かっているのはその水没したエリアの真っ只中だ。
細い作業用の橋の上を器用に走りながら、夜中でも点けっぱなしになってる照明を頼りに廃墟と化した水没都市の奥へと進む。そして――――。
「こっからは徒歩だな。気付かれたら面倒だ」
「わかった……少し待て。イベントバトルを片付ける……イベントランキングの集計時間が近い……」
「おいおい……なんでそんな〝大事な時〟に依頼を受けたんだ?」
「問題ない……今回は先に〝二千万ほど課金〟して、他のプレイヤーに対してあらかじめ差をつけておいた…………待たせたな」
そう言うと、相棒はヘルメットを脱いで先に降りた俺に向かって投げ渡す。
に、二千万をスマホゲーに課金かよ……。
もし俺がそんなことをした日には、
ヘルメットから素顔を晒し、スマホを胸元にしまいながらバイクから降りたこの男――――今回の俺の相棒、レックス。
金色の髪は無造作に短く切られてボサボサ。
背は177センチの俺よりもさらに高い。
ぶっちゃけ、黙っていれば確実にイケメンの部類だと思うんだが……薄汚れてよれよれのジャケットや、今にも穴が空きそうな履きつぶした靴なんかの、それ以外の要素が全てを台無しにしてる感じの奴だ。
「全財産を課金に費やしても良い……自由とはそういうものだ……」
「限度ってモンがあるだろうが!? 普段の飯とかはどうしてんだよ?」
「食事は……安売りのクリームパン四個と水さえあればいい……」
「やっぱり切り詰めてんじゃねぇか!? 全く……俺も人のことを言えた生活感覚じゃねぇが……お前には負けるぞ」
「フッ……まあな……」
なにが面白いのかはさっぱり分からないが、俺の言葉を聞いたレックスはどこか照れたように目を閉じて笑った。
まあ、俺もこいつとはそれなりに長い付き合いだ。
朝、逃げだそうとした野良の三人を一瞬で捕まえたように、レックスの腕は本物だ。殺し屋マンションに住む殺し屋の中でも、五指に入る戦闘力なのは間違いない。
ただ、超のつく引きこもり体質のせいで一年通してこいつは殆ど仕事をしない。
こいつが仕事をするのは、ゲームに超廃課金して全財産を使い果たした時だけだ。
実は今回の仕事も、本当は俺だけでやるつもりだった。連れて行くとしても、レックスよりも〝鈴太郎の方が向いてる〟。そういう仕事だ。
だが課金ジャンキーのこいつは、全財産を課金に突っ込んだせいで仕事モードになっていた。俺が受けた仕事を見て、〝一緒にやらせてくれ〟って連絡してきやがったんだ。
「大体、なんでお前はいっつも俺の仕事にくっついてこようとするんだよ?」
「む……知らない人と話すのは怖い…………」
「子供かよッ!? いい加減親離れしろ!?」
「嫌だ……俺はお前にずっと養って貰いたい……!」
「お前の方が俺より年上だろうが……!?」
駄目だ、撤回する。
俺もこいつの性格には全然慣れてねぇ……!
もし俺と永久に子供が出来たら、絶対にこんな奴には育てねぇからな……ッ!?
レックスの相変わらずっぷりに
それほど深くはないが、完全に水没した地面から伸びる頼りない足場。
その上を進む俺たちの左右には、ぱっと見まだ普通に使えそうに見えるビルがどこまでも立ち並んでいる。
だが、薄暗い照明に照らされたその基部を見れば、灰色のコンクリがひび割れ、ちょうど水面との境界になっている部分に、赤さびた水が漏れ出していた。ああなったらもう使い物にはならねぇってことなんだろう。
「あの三人……単独犯ではなかったのか」
「だな。あいつら三人が起こしたあの襲撃は、〝入団テスト〟だったんだよ。殺し屋グループのな」
夜の闇を更に黒く染めるビルの影の下、珍しくレックスの方が俺に尋ねる。
「あのショッピングモールを潰せば、仲間として認めてやる――――あの三人にそう言った奴らがいる」
「大きいのか……?」
「いや、どこにでもある野良の集まりさ。円卓からも、
息を潜めて進みながら、最後に俺たちは今回の仕事内容の確認をする。
今回のこの仕事は、例の
〝元〟ってのは、この親父が今日付けで警視総監を辞任したからだ。息子はまだ十五歳。ガキの起こした事件の責任は、十分親の監督不行き届き扱いになる年齢だ。
だが表面上は辞任しても、殺し屋マンションとのパイプは変わらずその親父が握ってる。なんでも、四ノ原の親父は息子を事件に駆り立てた件とは〝関係なく〟、そのグループを追っていたらしい。つまり――――。
「円卓が接触していた……」
「そうらしいな。それまで相手にもされてなかった小さな野良共に、円卓がなんの用なのか……もし円卓にとってそいつらが重要なら、円卓が何か事を起こす前に、治安維持の名目でそのグループを潰してしまいたい。四ノ原の親父はそう考えてたみたいだ」
「なるほど……〝円卓には攻撃できない〟が、野良共相手には動けるか……」
「山田もしばらくは大人しくするって言ってたしな。それこそ春先までは、こういう〝野良相手の仕事〟が増えるんじゃねぇか?」
そうして――――。
その野良殺し屋グループが根城にしてるっていう廃ビルをようやく確認した俺たちは、確かにそこにいくつかの明りが灯っているのを確認した。だが――――。
「妙だな……〝なにも感じねぇ〟ぞ?」
「む…………俺もだ」
「野良なら殺気だってダダ漏れのはずだろ? ってことは……こいつは〝先を越された〟かもな!」
瞬間、俺は頼りない足場を大きくたわませて跳躍。軽く百メートルは離れていた目の前のビルの窓枠目掛けて加速し――――壁面に音も無く着地する。
そしてガラスも割れ、風通しの良くなった四階部分……大きく開けたエレベーターホールらしき場所をそっと覗き込むが――――。
「…………」
そこには誰もいなかった。
いや、正確にはつい〝さっきまでは居た〟んだろう。
ビルの内側から外へと流れていく空気で分かる。
スナックやアルコールの匂い。そして人がいた場所特有の生暖かさだ。
俺は十分に警戒しつつ、割れた窓枠を超えてビルの内部へと足を踏み入れる。
足下に散乱するガラスが、俺に踏まれて僅かな音を発した――――だが、その時。
『やあ――――久しぶりだね〝
「チッ――――!」
どこかくぐもった、しかし〝聞き覚えのある女の声〟が俺の耳に届く。
その声がした瞬間、俺は即座に足下目掛けて拳を叩き付けていた――――。
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