炎の理由


「エリカさん、大丈夫……?」

「……なにがです」

「だってエリカさん……。その……朝からずっと怒ってる、よね……?」

「…………」


 今朝からのゴタゴタも落ち着いた昼下がり。

 あの子たちの面倒を悠生ゆうせい永久とわさんにバトンタッチした僕とエリカさんは、休憩も兼ねて近くのカフェにやってきていた。


 このカフェは殺し屋マンションからも近くて、大通りからはちょうどテラス席が隠れるような感じになってるから、ゆっくり話すのには最適なんだよね。



 ――――結局、脱走を阻止された後の三人はすっかり大人しくなった。



 三人の内、悠生に能力を殺された二人はもう普通の人だし、頼りの四ノ原しのはら君の能力もあの時に外で待ち構えていたパジャマの人――――〝レックスさん〟に通用しないんじゃ、もう逃げる方法なんてない。


 僕はレックスさんと話したことはあまりないんだけど、実はあの人も悠生の友達で、自分の力で殺し屋の能力を〝断ち斬る〟ことが出来るんだって!


 悠生の力で四ノ原君の〝力を殺す〟ことは出来なかったけど、〝干渉〟する分には問題ないみたい。だから、四ノ原君が瞬間移動しようとしてもレックスさんがその力を見て、〝斬って〟しまえばもう逃げ出したりできないんだ。


 そうして――――当面の問題にも目処をつけた後。

 僕は僕で、今度はエリカさんにお話しを聞いてみることにしたんだ。


 結局、あの後も三人を見るエリカさんの様子はずっとおかしくて、やっぱり怒ってるような……でも、いつもみたいな炎が燃え上がるような激しさじゃない、ちょっと心配になるような雰囲気だったから……。


「すみません……。もう……怒ってはいませんので……」

「そうなんだ……じゃあ、何か別の悩みとか……。あ、ごめん……っ! エリカさんが話したくないなら、無理には……」


 あわわ……もしかして、まだ聞かない方が良かったかな!?

 

 そこで僕の言葉を聞いたエリカさんは、今朝みたいな怒った様子とは全然違う、とても悲しそうな……辛そうな表情になっちゃったんだ。

 

 正直、エリカさんのことだからまた〝ガッ〟……って怒られたりはするかなって思ってたんだけど……エリカさんとは最近よくお話ししてるから、ちょっといい気になって突っ込み過ぎちゃったのかもしれない……。

 

 でも、〝言わなければ良かったああああ……!〟っていう後悔と申し訳なさが心の中でぐるぐるしてる僕に、エリカさんは静かにお話しを続けてくれた。


「きっと…………羨ましかったんです」

「え……?」


 羨ましい?

 それって、どういうことだろう……。 


 エリカさんが言ったその言葉に、僕は一瞬で色々と考えて――――もしかしたら、四ノ原君のお父さんが警視総監で、それで特別扱いされてることかなって思ったんだ。


 でも確かに、四ノ原君はお父さんの人脈で殺し屋マンションに預けられたけど……悠生が言うにはこれも彼の力がなんとかなるまでの話で、それが終わったらちゃんと裁判にかけられて、警察の保護観察対象になるらしい。


 まあ、どんなにお父さんが警察の偉い人でも、お客さんが大勢いる場所であんなことをしたら流石に揉み消したりはできないんだと思う。


 実際、野良の殺し屋の起こした犯罪には日本だけじゃなくて、世界中の国が苦労してる。中には野良の殺し屋の殺害を、円卓や六業会ろくごうかいにおおやけに依頼している国もあるくらいだから――――。


 でも……僕のそんな当たり障りのない考えは、すぐに打ち砕かれた。


「いえ……そういうことではありません。あの方たちは……全てを失う前に、マスターや永久さんに〝止めて貰えた〟から……」

「あ……っ」

「私は……そうではありませんでした。マスターに助けて頂いた時には、もう母も父も……弟も妹も、友達も……っ。家も街も何もかも……私が……っ。私が自分の力で燃やしてしまった後でした…………っ」


 そうだった。

 僕はなんて馬鹿なんだ。


 エリカさんの境遇は、ちゃんと悠生から聞いてたのに……っ!


「あの日は、妹の誕生日を家族でお祝いしていて……。でも突然……何の前触れもなく私の中に炎が灯って……目の前が真っ暗になったんです……。私は……その暗闇がとても怖くて……っ。少しでも明るくしたくて……さっきまで一緒にいたはずの、みんなを探そうとして……!」



〝火を灯した〟


 

 いきなり辺りが真っ暗になって、みんながいなくなって。

 その闇の中で、なぜかエリカさんは闇の中に火を灯すことが出来て。


 だけど……エリカさんが闇を照らそうとして火を灯した何もかもは、全部……エリカさんの大切な街や家族だったんだ――――。


 エリカさんは静かに涙を流しながら、絞り出すようにそうお話ししてくれた。


「許せなかったんです……っ。あの方たちは、まだ〝戻れる〟のに……! マスターが止めてくれて……力を殺してくれたお陰で、まだ〝償うことが出来る〟のに……! それなのに、あのような態度で……! 私には、もう……みんなに謝ることも、償うことも……できないのに……っ!」

「……っ」


 ごめん、エリカさん……。

 本当にごめん……。


 僕は、エリカさんの語るあまりにも辛過ぎる……慟哭どうこくのような告白に、胸が限界まで締め付けられて、息をするのもやっとなくらい……とにかくエリカさんが可哀想で、苦しかった。


 確かに……あの三人は、リーダー格の金髪の子が最近傷害事件を起こしてるくらいで、まだ誰も〝殺人〟には手を染めていなかった。


 でも悠生や永久さん、サダヨさんがいなかったら、きっとあのショッピングモールでの事件は、あの三人が今までやってきた事件とは比較にならないような、本当に大勢の人が傷ついていたはず。


 下手をしなくても、きっと死ぬ人だって出てたと思う。


 あの三人はそれを不運だって思ってるんだろうけど……〝止めて貰えなかった〟エリカさんからすれば、それは〝奇跡〟にも近い……本当に幸運で恵まれたことだって分かってるんだ――――。


「ごめんなさい……っ。小貫さんにこんな話をしても、もうどうにもならないのに……っ。でも、どうしても我慢できなくて……っ」

「僕の方こそごめん……っ! エリカさんに、とっても辛いことを思い出させちゃって……」


 いつの間にか僕は、自分でもびっくりするくらいに奥歯を食いしばって、目の前のエリカさんを見つめてた。


 すごく嫌だったんだ。


 エリカさんが本当に辛そうな顔で涙を流しているのを見るのが、自分でも驚くくらいのストレスで。


 そして……そんなエリカさんに何もしてあげられない僕自身が、一番嫌だった。だから――――。


「あ……」

「僕も一緒だから……っ! 僕もエリカさんと一緒に、頑張るから……っ」


 気付いたら、僕はテーブルの上に置かれていたエリカさんの手の上に、自分の手を重ねてそう言っていた。


 今まで、戦いの時に何度かエリカさんの手を握ったことがあったけど……その時とは違って今のエリカさんの手は、びっくりするくらい冷たかった。


「ありがとうございます……小貫さん……」


 いきなりこんなことをして、エリカさんに失礼なことをしちゃった。

 嫌われたらどうしよう。

 

 でも、そういう色んなことが僕の頭を駆け巡る前に、エリカさんは僕が重ねた手はそのままに、泣きはらした瞳を真っ直ぐ向けて、柔らかく笑ってくれたんだ――――。

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