殺し屋の世界
「わーい! サダヨさん、オモチャ買ってー!」
「ダメー! サダヨさんはわたしと遊ぶのーっ!」
「クックック……ッ! リア充だらけ……ッ! イイ……ッ! 幸せ……ッ!」
家族連れで賑わう休日のショッピングモール。
並んで歩く俺と
その様子をニコニコと笑みを浮かべて見つめる永久は、黒のショートパンツとニーハイソックス、ロングネックのセーターに、普段とは違う少し幼い印象の白いPコートを着込んでいて、その光り輝くあまりの可愛さは、まともに直視すれば俺が〝一瞬で即死〟しかねない危険領域に突入している。
そしてサダヨさんと遊ぶ二人の子供のお母さんでもある碧さんは、その小柄な体には明らかにオーバーサイズのジャケットを着て、さらに腕の中にはついこの前生まれたばかりの三人目の赤ん坊を抱いていた。
碧さんは見た目が相当幼いせいか、まるで親に育児を押しつけられた中学生みたいなことになってるが……これでも俺たちの中では最年長だ。
さらに俺たちの前で遊ぶサダヨさんは端から見れば相当に不気味……なんだが、そこは無邪気にサダヨさんの周りをくるくる回る二人の子供のせいか、意外とキモカワ系のキャラクターに見えなくもなかった。
「二人ともー、サダヨさんに迷惑かけちゃだめだぞー? ごめんねサダヨさん。せっかくの休みにさ」
「クヒ……ッ! 全然大丈夫……っ! アタシも楽しんでるから……ッ!」
「サダヨさんは近所の子供からも大人気だもんな。朝は横断歩道で旗振りもやってんだろ? 凄いよな」
「そーなんですっ! 子供たちが車に轢かれそうになると、サダヨさんが逆に車を吹き飛ばしちゃうってママさんから聞きましたっ!」
「そいつはヤベェな!?」
「クヒヒ……ッ! あんまり褒めないで……ッ! 照れちゃうから……ッ!」
とんでもなく長い髪で隠れて顔は見えないが、俺や永久にそう言われたサダヨさんは箒を手にクネクネと体をよじらせる。
時期は冬真っ只中。
クリスマスを目の前にして、建造中の軌道エレベーターアマテラスが完全崩壊するとかいうとんでもない大事件があったが、少なくとも日本は落ち着いている。
年の瀬年越しも変わりなく。今もこのショッピングモールには、このクソ寒い中大勢の客が詰めかけて賑わっていた。
ある意味、殺し屋が起こす事件にもみんな慣れっこだってことだ。
ショッピングモールの壁一面に貼り付けられた馬鹿でかいディスプレイには、最近良く見るようになった、男五人組のダンスグループのプロモ映像が流れていく。
碧さんのお子さんのうち、走り回る弟の方を肩車しながら歩いていた俺は、特に意味もなくその映像に目をとめた。
「こいつら、人気なのか?」
「全然わかりませんっ!
「あはは、永久ちゃんは相変わらずだねー。この子ら、結構前からいたんだよ。半年前くらいに〝モデルチェンジ〟して、今の見た目になってから売れ出した……って感じだったかな?」
「へぇ……道理で見たことねぇと思ったぜ」
「こんな世の中だからねー。人目に付く仕事はどれも命がけよね」
碧さんの話に頷きながら、俺はもう一度だけディスプレイの中で踊る五人のイケメングループに目をやる。
そいつらはどこからどう見ても本物の人間のように見えるが、全員〝架空の存在〟だ。昔は実際に踊る人間の動きに映像を貼り付けてたらしいが、今はそれも危険だってんで、実在する人間の要素は完全に排除されてる。
そしてそれはこいつらだけじゃない。
今の世の中、テレビだろうがネットだろうが、人目に触れる全ての映像から生きている実在の人間は消えた。
出てきたとしても、名前は偽名で顔も加工された別物。容易には本人を特定できないような処理をされた状態でしか登場しない。
流石に政治家なんかは実名を公表してるが、それでもそうそう自分が今どこにいるかを特定されないように動いている。
なんでそんなことになってるか。
その理由は、どんな人間だろうと一度でも目立ってしまえば、すぐに誰かが雇った〝殺し屋に殺される〟からだ――――。
円卓が起こした〝虐殺の二月〟から二十年。
この期間、円卓の殺し屋はとにかく殺しに殺した。
当時、世界に存在した国の首脳で生き残った奴は殆どいない。活動家、資産家、宗教家、テロリスト、ジャーナリスト、ミュージシャン、、アーティスト、スポーツ選手に俳優。とにかく名前が売れていた奴はみんな殺された。
当然、殺し屋と戦おうとした国もあったが……当時の円卓は〝父〟に加えて〝母〟まで揃う万全の状態だった。抵抗した奴らもみんな殺された。
そうして円卓に追い詰められた当時の奴らがどうしたか――――奴らは裏で円卓と協定を結び、忠誠を誓った。そうすることで、表向きの秩序を保とうとした。
実際今も世界中で円卓は好き勝手やってるが、奴らは世界的には〝テロ組織〟扱い。虐殺の二月にしろ、史実としては各地の警察や軍隊に〝無事鎮圧〟されたってことになってるが――――裏では円卓の活動は国家から黙認されている。
殺しの相場は安ければ〝数百万〟で依頼できる。
さすがにすれ違った相手を殺すように依頼する事件はそこまで起きちゃいないが、こんな世の中でおおっぴらに名を売ろう、何かを表現しよう、主張しようなんて考える奴はすっかりいなくなっちまった。
「私なんかは恵まれてるよね……私は殺し屋じゃないけど、今みたいに君たちに四六時中守って貰えてるみたいなもんなんだからさ」
「何言ってんだ、俺の方こそ碧さんには世話になってばっかりだろ。お互い様だよ」
「私も、この前は危ないところを助けてくれてありがとうございましたっ! 碧さんがいなかったら、今頃は私もお星様になってたと思いますっ!」
「はは、ありがとね。また何かあればいつでも言ってよ、すぐに飛んでくからさ」
碧さんはそう言って、その子供のような横顔に僅かな不安の色を浮かべた。
確かに、碧さんの言う通りこんな特殊な境遇でもない普通の奴らは、みんないつ殺し屋に殺されるかもわからない生活を送ってる。
いや……そうは言っても実のところ円卓や
あいつらは組織の目的のために人を殺す。
円卓は殺し屋として請け負った仕事を遂行しろと言い、六業会はこの前俺たちが止めようとしたあの根の化け物に捧げる生け贄を求めてる。
だがそれでも、あいつらにとって殺し屋じゃない民間人は、大事なクライアントだったり資金源だったりして、別に根絶やしにしようって訳じゃない。
この二大勢力に所属してる殺し屋は、少なくとも殺し屋としての力を仕事以外で無闇に振るうことはしない。そんなことをすれば、途端に制裁を喰らって自分が殺されることになっちまう。だが――――。
「――――っ? 悠生っ!」
「わかってる、永久は碧さんとこいつらを。 ――――サダヨさん!」
「クヒヒ……ッ! 馬鹿だねぇ……ッ! まさかこのアタシがいるときに、〝殺し〟をしようなんてね……ッ!」
瞬間、永久が俺の腕を掴む。
俺は頷き、肩車していた碧さんの子供を降ろして永久に任せると、サダヨさんと碧さんに目配せして身構える。
殺気――――。
殺し屋同士でしか分からない、しかし殺し屋ならば相当に離れていても感知出来る独特の気配が、このショッピングモールのどこかで、まるで鎌首をもたげる蛇のように立ち上がった。
そんでもってこの抑える気のねぇ粗暴な気配……こいつは円卓でも六業会でもない。たった今俺が考えていた、ある意味一番厄介な殺し屋――――〝野良〟だ。
「クククッ……! 分かってないなら教えてやらなくちゃねぇ……ッ! リア充は……愛でるもの……ッッ!」
和気藹々としたショッピングモールのど真ん中。
周りの目も気にせず身構えた俺たちを振り向きながら、サダヨさんはその両目を赤く輝かせ、手に持った箒をぎりと握りしめて笑った――――。
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